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Filling Children  作者: 笹座 昴
2章 人の心。機械のこころ
18/56

6話 カザネ先生


 早いもので、今日で1学期が終わってしまった。期末テストは中間テストよりも若干順位が下がっていた。夏休みは勉強ちゃんと頑張ろう……


 少し重い足取りで、美術室に行くと、今日はマリアがいなかった。

「よお、しおりんええとこに」

分厚い黒のカーテンの隙間から、ひょいひょいと手招きされてカーテンを潜ると、「はい着けて」とCOMNを渡された。


 私が椅子に座ってCOMNを着けると同時に、

「はい。スタート」

いつものように何も説明されずに始まってしまった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『ハイスコア更新!!』

「これは、惜しい! あともうちょいで90点やったのに!」


 もっつんは、宙に浮かぶ『88点』の文字を見上げながら、くーっと悔しがっている。もっつんは先月、COMNを介した興奮度測定に新しくスコア表示機能を追加した。それからもっつんは私に90点を出させることを目標として日夜頑張っている。恥ずかしいので止めてください。

「でも、しおりん、ほんまこの人好きやな……」

もっつんの言葉に横をちらりと見ると、中国風の赤い服を着た男性はまだ私をじっと見つめていた。


 実は、これまで結構調べた。だけど、分からなかった――

「あ、あのさ……もっつん。この人にモデルとかいるの……?」

もっつんは、私の言葉ににやぁと邪悪そうに笑っていたけれど、そのあと正直に教えてくれた。


 残念ながら、著作権の問題でモデルの男性は全員昔の人らしく、その男性は100年以上前の中国の俳優さんだそうだ。当然もう亡くなっている。それを聞いた瞬間、心がぎゅっと締め付けられる思いがしたけれど、今日は帰ってからもっつんがくれた、その人が主演の古い映画を見よう。勉強は明日からだ。


 学期末なので、私は明るい日差しの中、学校を出た。

 この高校での1学期を振り返れば、Fチルだとばれなかったし、平和に過ぎた。本当に、私が想像していたよりも平和な日々で、忙しかったけれど充実していた――そう私は生まれて学校と言うものが楽しかったのだと思う。

 マンションの前をせっせと掃除するロボットや、空を飛んで宅配物を運ぶロボットを見上げながら、家までの道を歩く。

「ただいま!」

いつも通り誰もいないと思っていたのに、

「お帰りなさい」

珍しく声が返ってきた。慌てて靴を脱いで、リビングに向かうとカザネがリビングの扉を開いてくれた。

「カザネ、なんでいるの?」

「詩織は、私に帰ってきて欲しくはないのですか?」

ひどいです……と続けるカザネに、慌てて否定をする。

「違うよ! 日が出てる時間に帰ってきているとは思わなくて」

「あの場所でも、頼めば休みぐらいくれますよ」

カザネはそう文句を言ったあと、まっすぐ私を見た。


「お帰りなさい、詩織」

笑顔で、もう一度そう言うカザネに「ただいま」と私は笑顔で答えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『到着しました。ICカードをかざしてください』


 機械音声に従って、ICカードで支払いを済ませ、私は自動運転車から降りた。

「ここかな……」

目の前には、大きな白い病院が建っている。今日はせっかくの夏休みなので、カザネの働く姿を見に来た。もちろん内緒でだけれども、敷地内に降りたった瞬間にカザネは気がついていそうだ。


 のんびりした日差しの中、病院の大きな自動ドアをくぐると、受付にまったく同じ顔をした女の人が3人並んでいた。

「……」

さすがに3つ子はないと思うから、ヒューマノイドだと思う。Fチルである私でもびっくりだ。

「今日はどのようなご用件ですか?」

空いているところに並んで、そう聞かれてから、何と言おうかと今更ながらに気がついた。

「え、あの、カザネ先生……はどこにいるかわかりますか?」

「詩織様ですか?」

顔認識だと思うけれど、何も言っていないのにバレている。

「は、はい」

そう返事をした私の顔を見て、ヒューマノイドの女性はにっこりと笑みを作った。

「カザネ先生は、今こちらに向かっておられます。あと23秒ほどこちらでお待ちください」

数えてはいないけれど、ぴったり23秒後にカザネは受付に現れた。


 白衣を着て、胸元に『風音』と大きく名前の書かれたバッチをつけたカザネを見上げる。

「詩織。何かあったのですか?」

真剣にそんなことを聞かれると、何だか申し訳なくなって私は正直に謝った。

「カザネ、ごめん。カザネがどんなところで働いているか見たかったんだ」

「……そうですか」

カザネはそう呟いたあと、一転して笑顔になった。

「ちょうど30分、時間をもらいましたので、少し歩きましょうか」

「うん」

ゆっくりと白い廊下を歩き出すカザネの後ろに、私は付いていった。


「『ここが、私が働いている手術室です!』なんて見せることはできませんし、病室も部外者の立ち入りは禁止されているので、詩織。その、すみません……」

カザネは病院の廊下を歩きながら、申し訳なさそうな顔でこちらを振り返り、そう言ったけれど

「カザネ先生。こんにちは」

「ソウタさん、こんにちは」

すれ違う患者さんと時々挨拶をする――私はそのときの患者さんたちのカザネを見る表情だけで、もう十分に満足していた。



「あとは、ここでリハビリなんかをします」

明るい雰囲気の公園に、ベンチが並んでいる。お年寄りが何人かベンチに腰掛けて、日向ぼっこしていた。そんなお年寄りたちや、公園で遊ぶ子どもたちを、カザネは私の隣で優しい顔で見守っていた。

 二人で静かにただ並んで立っていると、おばあさんがこちらに近づいてきた。

「あれ、カザネ先生。その子は……?」

おばあさんの言葉に、カザネは私のことちらりと見てから、その横顔がなぜか戸惑っているように見えた。

 私は……私は、カザネの何なんだろう。立場としては、カザネの『主人』だ。でも、ニコニコと答えを待っているおばあさんは、私たちからそんな言葉を聞きたいのだろうか?


「私はカザネの娘……です」

「詩織ちゃんかい?」

「えっ? あ、はい」

どうしてこのおばあさんは私の名前を知っているんだろう。そう思ってカザネを見上げると、カザネは珍しく私から目を逸らした。

「あらまぁ、こんなにかわいらしい娘さんだったら、わたし大歓迎よ!」

おばあさんの喜ぶ声に、戸惑ってカザネに聞く。

「カ、カザネ。何の話?」

「カザネ先生に、私の孫のお嫁さんになって欲しいって頼んでいるの。ひいき目もあるかもしれないけれど、優しい子なのよ」

えっ? と驚いていると、カザネは「リズムさん。その話はまた今度」と笑顔でおばあさんに答えてから、私の背中を押した。


 あのおばあさんから十分離れてから、カザネは私の背中を押すのをやめて立ち止まり、重そうな頭でこちらを振り返った。

「カザネ。お嫁に行くの?」

からかうように私がそう言うと、カザネは肩を落とした。

「詩織。あの女性は、私がヒューマノイドであることをすぐに忘れてしまうんですよ」

本当に困惑しているようにそんなことを言うカザネを見て、「ふふ」と笑みがこぼれた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「詩織、気をつけてくださいね」

「自動運転車で家まで送ってもらうから大丈夫だよ」

カザネは私がここにいると、気が散ってしまうだろう。私は、これ以上邪魔をしないように家に帰ることにした。

「ねぇ、カザネ。あの受付の女の人たち、ヒューマノイドだよね?」

「はい、そうですよ。ちなみに、あそことあそこのお姉さんもヒューマノイドです」

カザネはそう言いながら、調剤薬局で働いているおばさんと、待合室にいるお年寄りに中腰で話しかけている女性を示した。全然、分からなかった。

「ここにはたくさん居るんだね……」

「そうですね。この病院には本当にたくさんの人が来ますから、受付なんかは特に人の顔を覚えられるヒューマノイドが重宝されるようです。患者さんを間違えては大問題なので、私も良く聞かれますよ」

カザネはそう言いながら、患者さんたちを見つめている。きっとカザネの頭の中には、ここにいるすべての患者さんのプロフィールが入っているのだろう。


 ヒューマノイドが嫌いではない患者さんにとっては、カザネは自分のことをちゃんと覚えてくれている人――それは人かロボットかどうかなんて関係なく、きっと嬉しいんだろうな。


「詩織」

カザネの声に、「ん?」と振り返ると、カザネは眉を寄せて険しい表情をしていた。

「えっと……呼ばれています。5分以内に出頭しろと指示が届いたので、私は、もう戻りますね」

出頭?

「うん。わかった」

私が笑顔で答えると、カザネは「行ってきます!」と私に手を上げて、白い廊下を颯爽と行ってしまった。


 その白衣を着た背中が見えなくなるまで見つめてから、私は受付の3つ子さんに礼をしたあと、病院を出た。




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