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Filling Children  作者: 笹座 昴
2章 人の心。機械のこころ
15/56

3話 新しい町


2084年4月


 新しい制服に腕を通して、鏡の前で前、後ろと何度も自分の姿を確認する。

 Fチルは同じ人間だから、姿形だけではバレないはず。何度か深呼吸をしてから鞄を肩にかけて、机の上に置いているCOMNに一度目をやってから、部屋を出た。

「カザネ、行ってきます」

「詩織、行ってらっしゃい」

新しい高校は徒歩圏内で近いため、私よりも遠いところに出勤することになるカザネが見送ってくれるのは今日だけだ。カザネの目をしっかりと見上げてから、私は玄関を出た。


あの町では、転校生なんてものは滅多に来ないことから、転校生が来る場合は大騒ぎだった。だけど、この新しい町では、どうせクラス替えもあるということから、私は全校生徒の前で自己紹介すらしなくていいらしい。

 普通に他の生徒と同じように教室に案内され、席に着いて、新しい担任の先生の話が早速始まった。当然自己紹介をさせられると思っていて、ここ数日、家でリハーサルをしてきたから、何だか逆に拍子抜けだ。


「去年何組だった?」

隣の席の女の子に、休み時間にそう声を掛けられた。前の学校では、当たり前のように全校生徒が知り合いだったけれど、ここではそうじゃないのか。

「私、今年からここに編入してきたの」

「えっ? そうなの?」

女の子の驚く声に、周りにいた数人が集まってくる。新しいクラスメイトに、どこから来たのかと、練習していた自己紹介をした。

「じゃあ、詩織ちゃんはこれから部活決めないとね」

「部活?」

「ここでは、全校生徒強制参加なんだ。文武両道が我が校のモットー!」

どう見ても運動部員に見える、活発そうな隣の席の渡辺さんの言葉に驚いていると、周囲の数人はうんざりとした顔をしていた。

「大丈夫。ほとんど活動してない部活もあるから」

「幽霊部員もOK。かく言う私がそうです」

運動はあまり得意ではないから、ほっと息を吐いた。


 だけど、私も必ずどこかの部活に入らないといけないのか……どうしよう。

 あっそうだ。あの町は生徒の数が少なすぎてなかったけれど、ここだったら――

「文化部はあるの?」

「あるよ! 変なの多いけどね!」

渡辺さんが力強くそう言った瞬間、

「渡辺! 何か文句があるのか!」

派手な化粧をして、髪を明るめの茶色に染めた女の子がぐんぐんとこちらにやってきた。

「やだなぁ、マリア。『どこが』なんて、私は言ってないよ」

二人は元気に言い争いをしている。去年同じクラスだったのだろうか。仲が良さそうだ。


 それにしてもここは進学校なはずなのに、渡辺さんと会話しているマリアと呼ばれた女の子は化粧が派手で、スカートもやけに短い。制服に付いているリボンの色が一人だけ青色だった。そんなことを考えていると、そのマリアが渡辺さんの方からまっすぐ私に視線を移した。

「初めまして、私は美術部部長の山上 真里愛です!」

派手な子にまっすぐ目を見つめられたことがなかった私は、緊張して少しおどおどしてしまった。

「……わ、私は、佐々木詩織です」

「しおりん、私のことはマリアって呼んでね。よろしくね!」

「えっと……マリア、よろしく」

さっそく私には『しおりん』と言うあだ名が付けられ、マリアは私の目の前で明るくニコニコしていた。

「マリア。しおりんは転校生だ」

渡辺さんがマリアにそう伝えると、突然マリアは私の手を力強く握った。

「どうか! よろしければ、美術部をお願いします!」

「今年大量に卒業してしまって、そこのマリアも含めて今部員が2人で、つぶれそうなんだ」

驚いている私に、渡辺さんが淡々と補足してくれる。

「あ、そうなんだ。あの……今度見学に行ってもいいかな?」

「西棟の2階の美術室でやってるから、是非! もう一人はいつ居るかわからないけど、私は18時までは大体いるよ!」

興味があるので聞くと、マリアは嬉しそうに教えてくれた。



 その日は新しい教科書を受け取って、さっそく授業が開始された。約一月後の5月半ばには、中間試験が始まるらしい。

 編入試験に合格した日に、もうゴールを迎えた気分だったけれど、本当はこれからが本番だ。テストの点が悪くても退学にはならないと思いたいけれど、私は大丈夫だろうか……


 そんな風に別のことで悩んでいたため、思っていたよりもあっさりと初日が終わった。今日の私は、少しおどおどしていたけれど、それほど変なことはしていないはずだ。明日も頑張ろう。



 朝8時半から授業が始まり、7時間目が終わるともうクタクタだ。しかもこの学校は、授業のペースが早い上に宿題が出る。クラスの皆は、放課後部活をやって、そのあと塾に行くらしい。凄いなぁ。私も塾に行くべきなんだろうか。

 先生には、2週間くらいで部活を決めろと言われたけれど、今日は帰らせてもらおう。ぐったりと突っ伏していた机から顔を上げると、一人の女の子が教室に残っていた。

「あ、佐々木さん起きた?」

「う、うん」

あの子は確か……石川さんだ。

「えっと、石川さんは何をしているの?」

「私、今日は掃除当番なんだ」

石川さんの軽いその言葉に、私は心臓が止まりそうになった。

 何か言わなければ不自然だけれど、言葉が出てこない。

「もしかして、佐々木さんの前いた学校、掃除当番とかなかった?」

「……うん」

私は、嘘をつきたいわけじゃなかったけれど、ただ質問されたことに『はい』と答えてしまった。石川さんは、そっかそっかと呟いている。

「掃除当番って言っても、ロボットが通りやすいように机を整えたり、ロボットに回収されたら困る物が落ちてないか確認するだけなんだ。皆が帰るのを待たないと行けないけど、すぐに終わるよ。一日一人だから、だいたい2ヶ月に一回くらいかな」

石川さんはそう言いながら、しゃがんで通路に何かものが落ちていないかを確認している。

「もしかして、私が帰るの待ってた? ごめんね!」

慌てて鞄を持って立ち上がると、「大丈夫だよー」とのんびりした声が返ってきた。


「よーし、さすがに新学期だからきれいだね。出席番号1番で良かったよ」

石川さんはそう言って笑って、教室の入り口から廊下に向かって「2−Aいいよ!」と大きな声を出した。


「了解、しました」

石川さんの声に反応して、廊下から音声が返ってくる。


「佐々木さん。掃除の邪魔になると思うから、出よう」

教室の中に呆然と残っていた私は、鞄を持った石川さんにそう声を掛けられて、慌てて教室を出た。


 ウイーンとモータの動作音を鳴らしながら、仕事に向かうロボットとすれ違ったとき――

 私は無性に泣きたくなった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「詩織。ごめんなさい」

「いいよ。今日も忙しいんでしょ」

今日もカザネは、晩ご飯の時間までに家に帰ることができなかった。

 カザネはこの地域の一番大きな病院で外科医として勤務している。だけど、カザネがこれまでやっていたのは町の往診程度だから、しばらくの間は、研修生として再び修行をしなければならないそうだ。

 手術が始まると、当然何時間もその場を離れられない。けれども、カザネの勤務する大病院はどこでもネットワークに繋がるため、カザネが全能力を使うほどの仕事をしていない限り、COMNを介して話しかければすぐに返事は返ってきた。

 カザネと話しながら、私は最新の自動調理器で晩ご飯の準備をする。

「詩織。学校はどうですか?」

「大丈夫だよ。何人か話してくれる友だちもできたし、それよりも今は、勉強が思っていたよりも忙しすぎて大変だよ。これから宿題しなくちゃ」

「無理はしないでくださいね」

その声に、一度箸を置いて「うん大丈夫」と返事をした。


 あの学校には、彼女がいる。彼女が毎日私の代わりに働いてくれるなら、私はきっと大丈夫。


「カザネはどう?」

「いやー、忙しいです。まさかこれほどとは……」

ヒューマノイドのカザネにここまで言わせるなんて。

「カザネが今付いている人は、人間のお医者さんなんだよね?」

「はい、生物学的には。私も自信がなくなって、今日再スキャンして確かめた情報なので確実です」

「そ、そっか……」

「はい。でもだからこそ、私が多数の手術ロボットを同時に動かせるようになれば、彼らも少しは人らしく休めるようになるでしょう。私、頑張りますね!」

「うん。応援してるよ」

「はい!」

カザネのいつも使っているボディは、今家にはいない。私は、今家にひとりぼっちだ。

 でも、晩ご飯を食べながら、カザネとこうして会話していると、私はそんな些細なことは気にならなかった。




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