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Filling Children  作者: 笹座 昴
1章 家族
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最終話 家族



 公安に保護されたあと、俺はココアを持たされながら事情聴取を受けて、最後はルーの上司であるカーラさんが車で家まで送ってくれた。

「ただいま」

玄関の扉を開いて、誰の返事もないことに口をきゅっと結ぶ。自分で電気を点けてリビングに移動して、ソファに座って寝転んで天井を見上げると、ここに帰ってくるのが随分久しぶりな感覚がした。


『制服が皺になるので、ごろごろする前に着替えてください』

仁王立ちして俺にそう言うルーの声が聞こえたような気がして、立ち上がって自分の部屋に行き、クローゼットを開く。

 制服を脱ごうとして、そこに一つ空いたボタンで手が止まる。ルーが今日いたあのボタン型COMNは、ぷすぷすと怪しい煙を吐き出したまま公安に回収されてしまった。

 新しいボタンを自分で付けるか悩んで、ルーが帰ってくるまでそのままにしようと決める。ルーがやったんだからルーが直すのが俺の家のルールだ。不安を押し隠すようにそう決めて、制服をハンガーに掛けてから、クローゼットを閉じた。



 次の日は、起きたら10時だった。完全に寝坊した。

 しばらくベッドの上で、急ぐか急がないかについて悩んで――もう学校をサボることにした。そうと決まればのんびり自分でスクランブルエッグ作ってトーストを焼いて、コーヒーを入れて席に着く。

「いただきます」

たまにしか食べることのできない洋風の朝ご飯。手を合わせてから、静かなリビングで、一人黙々と食べた。


 洗濯機をセットしてから、午後からはカーラさんに会いに行く。

「春義君。お待たせてしてごめんなさいね」

いつもより少し髪が乱れているカーラさんが、急いだ様子で一階まで降りてきてくれた。

「学校は?」

「サボりました」

カーラさんは俺の言葉に、軽く子どもをしかりつけるようなお茶目な視線を向けたあと、一転して明るく笑った。

「あらあら、後でルーミスティに怒られるわね」

ルーに怒られる――またルーに会えるのがわかったとき、俺は安心して、無意識に掴んでいた白いマフラーの端をぎゅっと握った。


 ルーは廃棄処分にはならないことが決まったらしい。

 ただ今回の事件は、調べているうちに政府関係者が関与していることがわかったり、色々と大っぴらにするのはまずいきな臭い問題があったそうだ。だから、ニュースにはならないし、ルーに無事に(・・・)帰ってきてほしかったら俺も他言無用とのことだ。

「わかりました。俺はそれでかまいません」

「ごめんなさいね」

カーラさんは申し訳なさそうな顔でそう言った。

「すみません、それでルーはいつ帰ってくるんですか?」

「今はそれを決めるのに、また揉めているところなの。最終的に判断するのは人だから」

俺を守るためとはいえ、上の了承を取らずに独断で人に対して攻撃行動を行ったルーを、お咎めなしで解放することはできず、何か罰則が与えられるそうだ。それも含めて判断するのは『人』だから、処分が決まるのにはまだまだ時間がかかる。

「早くても、3日はかかると思うわ」

体は疲れることはないのかもしれないが、休んでいないように見えるカーラさんに「ありがとうございます」と礼をしてから、この日はそのまま家に帰った。



 次の日は大人しく学校に行った。自分で手配した自動運転車に乗り込み、いつも通り学校の1キロ手前で降りて、冬にしては少し暖かい気温の中をのんびり歩いて学校に向かう。

「春!」

その声に通りに顔を向けると、晃久が慌てた様子で車の中から降りてくるところだった。

「春、大丈夫か! 心配したぞ!」

俺を遮るように通学路のど真ん中に立って、珍しくふざけずに真面目な顔をしている友人の顔をぼんやりと見上げる。

「あれ、晃久なんで知ってんの……?」

俺は言ってないぞ……? 少し不安に思いながら晃久に確認すると、どうやら、俺が誘拐されたあの日、晃久も無事かを確認するために、ルーがレミーネに直接連絡を取ったらしい。

「俺は怪我もないし、無事だ。ルーはなんか揉めているみたいで、まだ帰ってきてないけど……」

「ほんと護衛なんて付けてないで、ルーミスティを返してあげればいいのに。あの子の方がよっぽど上手くするわ」

晃久の肩にもたれかかっているレミーネはそう言って、俺の斜め後ろに目をやった。

「護衛?」

レミーネが見ているものを追いかけるように後ろを向く。

「もう少し上よ」

レミーネの指示に少し視線を上に向けると、何の変哲もない監視カメラが見えた。普通のカメラにしか見えないそれと、目が合っているような気がしないでもない……

「学校行くか……」

ひとまず気にしないことにして、俺たちは学校に向かった。



 晃久は「家に泊まりに来てもいいぞ」と言ってくれたけれど、俺は毎日自分の家に帰った。

 ルーがいない家。それだけで自分の家なのに、自分の家じゃないように感じる家。


「ただいま」

4日目にもなると、もう言わなくてもいいのではないかと頭の片隅では感じながら――それでも若干ムキになって言いながら、玄関の扉を開いた。

「お帰りなさい」

靴にかけていた手を外して、顔を上げた。

「ルー……?」

「はい、ルーですよ。さっき帰ってきました。春、ただいま」


 ルーが笑顔で玄関に立っていた。


「お帰りなさい……」

うれしいのに、すごくうれしいのに、なぜか言葉と表情はぶっきらぼうになってしまった。そのことをごまかすように、平静を装って口を開く。

「ルー、それでどうなったんだ。罰はあるのか?」

「しばらくの間は政府からの仕事を断りにくくなりますが、主立った罰則はそれだけですよ」

「そっか、それはよかった……」

ルーの言葉に安心してほっと息を吐いた。


「ただ、春、ごめんなさい」

ごめんなさい――ルーのその言葉に、何か嫌な予感を感じながら顔を上げる。

「何?」

「私は、土曜の夜の定期バックアップ以降――日曜日からあの日までの3日間の記憶がありません。ボタン型のCOMNにデータは残っていたらしいのですが、すべて破棄されて、復元はされませんでした」

ルーは困ったような、あいまいな表情で俺を見つめていた。

「春が誘拐されたあの日、何があったのかは、聞いた話からしか知らないのですよ」

「そっか……」


 今、目の前にいるルーは、誘拐される3日前のバックアップデータから復元されたルーだから、俺の知っているルーであることには間違いはない。

 だけど、一緒に博物館に行ったルーや、あの日俺のために自分から誘拐犯たちに攻撃したルーは、もういない。


「ねぇ、春。私、春に何か変なことは言わなかったでしょうか……?」

ルーは俺から少し目を逸らしながらそう言った。


 変なこと? ルーは変なことなんて言っていない。

 あの日のルーが、俺に言ったことは――


 そのことを考えると、一度ぽろぽろと出てきた涙は、なかなか止まらなかった。


「ルー」

無理矢理涙を止めて、今日も俺のことを待ってくれているルーをまっすぐ見上げる。

「明日は空いているか?」

「はい」


 ルーと明日は、博物館に行こう。そしてそこで、もう一度約束をしよう。




 Fチルが間違っているかどうかなんて、俺は知らない。

 何が正しいかなんて、比較しようにも、俺は俺の人生しか知らないのだから。



 ただ、俺は――


 俺たちのことを『家族』だと思っている。



Fin.








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