第10話 子爵領の英雄
俺とライリの二人は王都カラミティを目指して街道を進んでいた。
普段なら一日かかる宿場町間の移動も半日と言うハイペースで進んでいる事からも考えると、明日には王都へと到着する見込みだ。
「ライリ疲れてねぇか? もしも辛かったら早めに言うんだぞ」
慣れない馬に乗っての旅だからな。
やっぱり心配なのはライリの状態だ。
「そんなに何度も聞かなくても大丈夫です。 ご主人様は心配性なんですね」
そんなに聞いたつもりはねぇんだが……
きっと俺が気付いていないだけなんだろうな。
ライリが言うんだから間違いねぇんだろう。
本人には恥ずかしくて言えねぇが、正直に言えば俺はライリを誰よりも信頼している。
コイツが言う事に間違っていた試しが無いのと、誰よりも俺の事を理解してくれているからだ。
「済まねぇ、ライリ。 こんな姿になって少し弱気になっちまっているのかも知れねぇな」
焦りが先行して自分の言動が空回りしてる気はしているがな。
「そのために私がいるのですから、頼りにして下さいませ」
そう口にしたライリは前にいる俺からは見えねぇが満面の笑みを浮かべているんだろうぜ。
宿場町の宿屋では当然の如く相部屋を選び、寝る時も俺達は二人で一緒のベッドに寝ていた。
俺を何処にも行かせないと言う可愛らしいライリの願いから、ギュッと抱き締められたまま悶々と朝を迎える日々が続いている。
「ああ、頼りにしているぜ。 久しぶりの王都だからな、ライリがいると助かる事も多いからよ」
「はい。 うふふっ、ご主人様が随分と素直で私は嬉しいです」
馴染みの高級旅館になる朱雀館や武具屋アルマの主人達もライリには一目置いているからな。
アイツらも元気でやっているんだろうか。
そんな事を考えていると前方で何やら争っている様子だ。
「順調に来てると思えば案外そうも行かないもんだぜ。 ライリはヘンリエッタから降りるなよ。 場合によっちゃあ逃げる事も考えろって言いたいが…… 馬を操れねぇよな」
ここは俺が何とかするしかねぇな。
少しずつ前方の様子が見えて来たが、どうやら何かに襲われているみてぇだな。
連なって走っていた筈の馬車が横転しているのも確認出来たが、こりゃあ商隊が襲われたのか。
けたたましい馬の嘶きが只事じゃない事を感じさせてくれる。
「オーガか…… 今の俺には厄介な相手だな」
俺の目に映ったのは食人鬼としても有名な魔物で、強靭で逞しい巨躯を誇る相手だ。
その力は半端じゃねぇ。
以前の俺なら力任せに大剣で頭から両断してやったんだろうが、小さくなった今の俺には無理な話だ。
商隊が雇った冒険者達も相手が悪かったみてぇだな。
既にオーガに殺られちまったんだろうよ。
辺りには無残な姿になった死体が転がっているのも確認出来た。
「このブロードソード一本で倒せるかね……」
どうも弱気になって仕方が無い。
「ご主人様…… この場は馬を飛ばして回避すると言う選択肢もありますよ。 それを選んでも誰も非難はしないと思います」
ライリはそれを望むのか?
また俺を失うかも知れないんだから、そう考えても仕方ねぇか。
「ライリ…… 俺はこの状況から逃げ出しちまったら、きっと一生後悔すると思うんだ。 そんな奴に冒険者を目指す資格は無いだろうしな」
俺は死霊使いの指輪を外すとライリの手に握らせる。
もしも俺が死んだとしてもライリが望めば俺の亡骸はアイツを守ってくれる筈だ。
「ご主人様…… これは?」
「もしもの時のお守りだ。 俺はライリには幸せに生きていて欲しいからな。 いつも我が儘ばかりで済まん」
ライリも俺の決意を察したようで途端に顔色が悪くなる。
だが、それも一瞬だ。
「絶対に私の元に生きて戻って来て下さい。 ライリはご主人様の勝利を信じています」
健気に笑顔を見せて俺を送り出してくれる。
お前にそう言われたら絶対に死ねねぇよな。
「ああ、約束する! お前の主人の格好良い所を特等席で見ててくれよ」
俺はライリに手綱を持たせてヘンリエッタから飛び降りる。
「頼むぞヘンリエッタ。 ライリを守ってくれ」
ヘンリエッタの頬を撫ぜながら声を掛けると黒い瞳が真っ直ぐに俺を見つめいた。
了解って事でいいんだよな?
「さぁて…… 鬼退治と行くか!」
ブロードソードを鞘から抜いた俺は剣を右肩に構えて走り出す。
オーガは一匹だが四人の冒険者が防戦一方になってやがるし、その近くには二人の冒険者の死体が転がっていた。
商隊に所属する商人には死者は出ていない見たいだが、下手すりゃ時間の問題だろうよ。
「お前達は退がれ! 俺が戦うのには邪魔なんだよ!」
背後からの俺の叫ぶ声に驚いたようだが、それを口にしたのが子供だと言う事の方が大きいみてぇだな。
抜き去る際に見た、奴らの表情がそれを物語ってやがる。
「なっ、何なんだ…… あの子供は?」
「どうして子供がオーガに挑むのよ?」
そんな声が俺の耳に届く。
どうもこうもねぇよ、俺が冒険者だからだ!
「食いやがれ!」
低い姿勢からオーガの足元に斬り込むと肩に担いいでいた剣を斜めに振り下ろす。
俺の狙いは奴の脚の腱だ。
まずはそれを斬り去って動きを封じてやれば勝機も見えるだろ。
ここは鍛えようがねぇからな。
オーガが振り下ろす武骨な棍棒が俺の頭の上を通過する。
俺の小ささに戸惑ってやがるな。
そして俺の剣が奴の右足首の腱を斬り裂いた。
「グガァアア!」
凄まじい咆哮が辺りに響き渡る。
一瞬バランスを崩しかけたオーガが棍棒を杖にするかのようにして踏みとどまる。
「これで終わりじゃねぇぜ!」
俺は身体を捻り回転するかの如く勢いを付けて今度は左足首の腱を切り裂く。
両脚の腱を斬られたオーガが堪らずに両手を大地について這い蹲る。
その隙を逃す俺じゃねぇさ。
飛びかかるように上段に構えた剣をオーガの首筋に力一杯振り下ろす。
流石に強靭な筋肉の鎧を身に纏う奴だけあって斬り落とす事は敵わなかったが頸動脈は切り裂く事には成功した。
噴き出す奴の血に染まる俺は弛緩した首筋に更なる斬撃を加える。
「グガァ! ガァアッ!」
苦し紛れに振り払ったオーガの腕を飛び上がって避けると再びオーガの首筋に剣を叩き込む。
そんな事を何回か繰り返していた俺は奴の頭が大地に転がって行ったのを見て肩の力を抜く。
「何だよ…… やれば出来るじゃねぇか……」
小さくなった俺だったがオーガを倒せた事に失いかけていた自信が蘇って来るのを感じていた。
「おい、君は一体何者なんだ? 子供が一人でオーガを倒すなんて……」
冒険者のパーティのリーダーらしき男が俺に近付き声を掛けて来る。
「俺か? 侯爵領の英雄と呼ばれた男の忘れ形見だ…… 今の俺は子爵領の英雄とか呼ばれているがな」
まぁ、呼んでくれたのはユナだけだけどよ。
「あの伝説の大剣使いの息子なの? どうりで桁外れに強いのも頷けるわ。 亡くなった彼の話は子供の頃に良く聞いた昔話みたいに思ったのに」
横にいる女冒険者が驚いた声をあげる。
そんなに昔じゃねぇだろうがよ、しかも俺は既に伝説なのかよ。
「ならば常に彼と一緒にいたと言う幼い侍女が彼女と言う事か……」
ヘンリエッタから降りてこちらへと急いでやって来るライリを目にしたリーダーが呟いた。
何気にライリも有名だったんだな。
「君は何歳なのかしら?」
血塗れの俺に仲間に取って来させたらしいタオルを差し出しながら聞いて来る。
俺はそれを受け取ると生臭くまだ温かいオーガの血を拭って行く。
「10歳になったばかりだ。 だからまだ冒険者じゃねぇがな」
「10歳でオーガを軽々と倒すなんて…… 子爵領の英雄って呼ばれているのも納得が行くわ」
何やら一人で呟きながら頷いてやがる。
「ご主人様! 見事な勝利でした……」
足早にやって来ると俺が生き残った喜びを我慢出来ずに俺へと抱きついて来るライリ。
俺は血塗れなんだがな…… どうやらコイツにとっちゃ、そんな事は関係ねぇみてぇだぜ。
そう言えば昔からそうだったよな。
「ああ、格好良さに惚れ直したか?」
「はい! 勿論です……」
そう言うや否やライリの唇が俺の唇に重ねられ、唇を離せば再び熱烈なハグが待っていた。
もうライリも容赦ねぇな。
「えっ、嘘!」
「随分と大胆なのだな……」
女冒険者が驚きの声をあげたのも無理はねぇ。
いつの間にか商隊の奴らも幌馬車から出て来て俺とライリを取り囲んでいた。
どうせ商隊の奴らが俺の噂を旅先でするんだろうが、どんな噂になっちまうのか考えるだけで怖えよ……




