第9話 メイドの鎧
早朝にパープルトン子爵領から出発した俺達一行は昼過ぎには最初の宿場町へと到着していた。
「ヴィッチ達はユナを確保したら子爵領に戻るんだよな?」
後の事を任せる者も決めずに治める領地を長期に渡り放ったまま離れるのは何かと問題があるらしい。
「ええ、そのつもりです。 貴方と一緒に王都に行きたい気持ちを必死に抑えていると言う事は知っておいて下さい」
随分と残念そうだが、仮にも広い領地を治める領主だからな。
「アンナも冒険者ギルドの仕事があるんだろ? まだ辞めた訳じゃねぇからな」
ギルド長も一目置いている人材だから、ギルドを円滑に運営して行くには欠かせないポジションにいるらしい。
「何よ…… 私達がいなくなって嬉しいとか言うんじゃないでしょうね?」
そんな事は口が裂けても言う訳ねぇだろ。
何言われるか分かったもんじゃねぇからな。
「そんな訳ねぇよ。 急に寂しくなるなと思ってな。 何だかんだといつも賑やかなのが俺達だからよ。 ライリが一緒にいてくれるのがせめてもの救いだぜ」
まぁ、煩いのがいないと気は楽になるけどよ。
心細いって言うのは嘘じゃない。
「はい。 ご主人様には私が付いていますから、安心して下さい」
二人っきりって言うのが分かった時点でライリは怖いくらいにご機嫌だ。
ずっとニコニコしながら俺の横に座ってやがるし、たまに何やらモジモジしてるのは何なんだ?
この先がどうなるかは置いておくとして、まず何とかしなきゃならねぇのはユナの事だ。
大人しく家に帰ってくれるとは思えねぇしよ。
一体どうしたもんかね。
「ご主人様、あそこにいるのはユナ様ではありませんか?」
どうやら中々戻って来ない俺を心配してくれたんだと思うが、宿屋の軒先に置いてある椅子に座って道行く人々を眺めていた。
そしてパープルトン子爵家の馬車を目にしてあからさまに嫌そうな顔をしている。
「ラナ、見ての通りだ。 お前を連れ戻しに両親が来てるから、今日の所は大人しく帰るんだ」
一緒に来てくれたのに済まねぇな。
「嫌ですわ。 私も王都に行って旦那様のお役に立ちたいのです。 それとも…… もうユナは必要無いのですか?」
俺のために必死になってくれたユナを邪険にするつもりはねぇが、今回は殆ど駆け落ちみたいなもんだったからな。
「そんな事はねぇ。 俺のために痛い尻を我慢して馬に乗ってこんな遠くまで来てくれたんだからな、嬉しかったよ。 お前の行動力には本当に驚かされたんだぜ、ありがとうな…… ユナ」
皆が俺を子供だからと止める中でユナだけが味方になってくれたからな。
俺は結構嬉しかったんだ。
「旦那様のためならばユナは痛みすら嬉しく感じるのです」
俺を旦那様と呼ぶユナを誰も責めなかった。
昔のライリを見ているみたいに感じていたのかも知れねぇな。
まぁ、ライリはユナ程の無茶振りはしなかったと思うが……
「一度家に帰ったらどうだ? 俺も王都から戻ったら真っ直ぐ会いに行くからよ」
無言で俺を見つめていたユナだったが、流石に無理だと悟ったらしく小さく頷く。
「分かりました。 ユナは旦那様の帰りをお待ちしています。 それと…… あの約束を忘れないで下さいませ」
キラキラと期待に満ちた瞳を俺に向けていた。
婚約指輪か…… 今の俺には買ってやる金が無かったりもする。
ただの甲斐性無しになっちまったからな。
「ああ、だけどよ。 今の俺には稼ぎもねぇからな。 一人前の冒険者になって自分の稼いだ金で買えるようになるまでは待ってくれよ。 それでも良ければ…… それが条件だ」
多分その頃には気が変わってるだろうよ。
華やかな貴族の生活を送っていれば、俺みたいな普通の生活なんか嫌になるだろうからな。
「はい、勿論承知ですの。 子爵領の英雄の帰りをお待ちしております」
ペコッと頭を下げると嬉しそうに微笑む。
こうして見れば可愛い妹が出来たみたいだぜ。
「それと私の愛馬ヘンリエッタに乗って行って貰えませんか? そうしたら…… 旦那様は帰って来たら私の元へと返しに来てくれますもの」
ユナの愛馬ヘンリエッタは屋敷に戻さずに他の馬達と一緒に馬車へと繋がれていた。
本来は馬車馬じゃねぇんだが、屋敷に戻る時間も惜しんでの事だった。
「ユナ! それは……」
「ああ、喜んでそうさせて貰うかな。 頼むぜ、ヘンリエッタ!」
慌ててユナを止めようとしたヴィッチには構わずにそれを了解した俺はヴィッチに黙ったまま頷いて見せてから繋がれているヘンリエッタに声を掛けてやる。
乗り合い馬車と馬に乗っての旅では安全性に問題があるからな。
領主が運営に携わる乗り合い馬車を襲えば理由を問わず極刑が待っているから襲う奴も殆どいない。
それは領主においても同じだ。
ヴィッチはそれで助命はされたが、侯爵の爵位を失ったんだからな。
「じゃあ、気を付けてね。 絶対に無理はしないように…… ライリちゃん、後は宜しくね」
「はい! お任せ下さい」
何となく元気の無いアンナと対照的なライリ。
「大丈夫だから安心しろよアンナ! 今の俺は酒も飲めねぇからな…… まぁ、不覚は取らねぇさ」
前はそれが命取りだったからな。
「うん…… 気を付けてよ」
寂しげな雰囲気を漂わせながらパープルトン子爵家の馬車は去って行った。
ペコッと頭を下げる御者のコルツに手を上げて応えておいたが、アイツも苦労するよな。
「さて…… 小さな子供には優しいご主人様は、この後どうなさるのですか?」
何か引っかかる言い方だな。
ライリが横から俺を覗き込むように聞いて来る。
今やライリの方が背が高いからな…… 屈辱的だぜ。
「何で小さい子供限定なんだよ……」
文句を言おうと振り返ると目の前が胸の高さになるからタチが悪い。
慌てて視線を逸らす俺。
結構立派に育ったもんだぜ…… まぁ、色々と。
そんな俺の素ぶりにライリも気付いたようで嬉しそうに微笑みを浮かべていた。
以前は俺に応えられない幼い身体をしている自分に悩んでいたからな。
今や逆の立場だから不思議なもんだよ。
「ユナ様とどんな約束したのかは大体察しが付きますけど…… 良いのですか?」
ライリが先程とは一転した真面目な顔で聞いて来た。
「あの年頃はそんなもんだろ? 貴族の生活に戻れば俺との平民としての暮らしなんか望まなくなるさ。 ましてや小さな子供だせ?」
それを聞いたライリが小さな溜め息を吐く。
「私もご主人様と出会った時には子供でしたが、好きな気持ちは誰にも負けないつもりでしたし、それは今でも変わりません。 きっと後で後悔する事になりますからね。 ユナ様は…… 昔の私と同じです」
そんな事を言われたってなぁ…… まぁ、なるようになるだろ。
ユナが結婚するなんて、まだ10年くらいは先の話になるだろうからな。
「じゃあ、そろそろ俺達も行くかって…… ライリがメイド服のまま馬に乗るのもな……」
乗馬用に何か服を買った方がいいだろうか。
「私はこのままで構いません。 戦士に例えるならば、これが私の鎧みたいな物です」
なんか格言みたいな事を言いやがったな。
ライリが良いのなら俺は構わねぇがよ。
ならばとヘンリエッタに跨った俺は下から見上げるライリに手を差し出す。
「さぁ、乗れよ。 女戦士!」
ニヤリとする俺にライリがクスリと笑う。
「はい、宜しくお願い致します」
俺の手をしっかりと握ったライリが引き上げられるようにヘンリエッタへと乗ったが、その視線の高さには少し驚いている様子だった。
ちなみにライリはユナとは違って跨らずに横乗りをしている。
メイド服の下はスカートだからな。
そして俺の背中に豊かな胸を押し付けるかのように背後から抱き付いて来やがる。
……これが王都まで続くのか?
思春期の少年の身体には毒だぞ……




