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めいど・いん・はうす  作者: 池田 真奈
第二章 小さな冒険者と美しき侍女ライリ
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第8話 今だけの旦那様

忍び込んだヴィッチの部屋にまさか当人がいるとは思ってもみなかったぜ。

とりあえず謝っておくしかねぇよな。

知らなかったとは言え、人妻の胸を揉んだのも含めてな……


「えっと、あのよ…… 色々と済まなかったな、ヴィッチ。 あんなに俺の事を心配してくれたのに裏切るような事をしちまってよ。 だけどよ…… 俺は早く一人前の冒険者に、男になりてぇんだよ!」


大事な一人娘を巻き込んじまったからな。

どっちかと言えば巻き込まれたのは俺の方なんだが、そう言う問題でもねぇだろうよ。


「それは誰のためですか?」


俺の全てを見透かすような眼差しをが向けられていた。


「それは…… 俺の為だ! こんなガキのままじゃ……」

「嘘吐き……」


俺は最後まで口にする事が出来なかった。

俺の言葉が言い終わる前にヴィッチの唇で塞がれちまったからだ。

力強く俺を引き寄せた腕が背中へと回される。


「私達は貴方が戻って来てくれただけで嬉しいのです。 誰も貴方に守って欲しいなどとは考えていません」


ふざけるな…… お前は何を言ってやがる!

俺はヴィッチの腕を振り解いて立ち上がる。


「お前に俺の何が分かる! 今の俺は無力だ。 散々苦労して手に入れた栄光や名誉も全て失っちまったからな。 なんの肩書きも無くなっちまったよ。 今の俺には大切な家族を養う術もねぇ。 だから…… 早く昔みてぇな冒険者になりてぇんだよ!」


全て吐き出した俺は自分が涙を流している事に気付く。


「アレ? 何なんだよ…… 情けねぇな……」


頬を伝わる涙を拭った俺は情けなさに苛まれて顔を上げていられずに俯いちまった。

その時にヴィッチの枕元に俺が贈った婚約指輪の入れ物が置いてある事に気付く。


「そこにあるのは…… あの指輪の入れ物か?」


俺はポケットからヴィッチの婚約指輪を取り出して手の平に乗せる。

ヴィッチがそれを見つめてホッとした表情を浮かべる。


「大切な指輪が無くなってしまったので、今夜は仕方なく入れ物を抱いて寝ていました。 貴方が亡くなってから、この部屋で寝る度にそうしていたのですよ。 この家に帰って来た時だけは貴方の妻になれるの……」


恥ずかしそうに入れ物を手にしたヴィッチが胸に押し抱く。


「ユナが勝手に持って行っちまったんだよ。 気付くのが遅れて済まなかったな」


俺はヴィッチに指輪を差し出す。

ヴィッチの思いは嬉しいが今は人妻だからな。

旦那や娘がいるんだ、大切な家族がある。


「もう一度、貴方から婚約指輪を渡して貰えるなんて…… でもそれが一体どう言う意味になるのか分かっているのですか?」


なっ、そう言う意味じゃねぇぞ。

焦る俺を見たヴィッチが悪戯な笑みを浮かべる。


「ふふっ、アンナさんと約束しましたから大丈夫ですよ。 彼女が息子でも構わない、貴方を一人の男として愛して行くと言うものですから、私も家族を捨てて貴方を愛するって言ったんです。 そしたらお互いを止めようと必死になって。 やはり冷静に考えたら、そんな事は許されないって話になったのですけど、久しぶりに二人で笑ってしまいました」


そうか…… 少し安心したぜ。

あまりにも突拍子の無い話だったからな。


「でも…… その婚約指輪は慎んで受け取らせて貰います。 今だけの旦那様」


俺に向けて左手を差し出して来たヴィッチの薬指に指輪をはめてやると、心の底から嬉しそうな笑顔をしてやがった。


「じゃあ、そこまでね!」


バァーンと部屋の扉が開くとアンナとライリが姿を見せる。

ランタンに照らされた二人の顔は…… ありゃあ、完全に怒ってるぜ。


「あら、これからが良い所でしたのに……」


ヴィッチは残念そうだ。

何をするつもりだったんだよ。


「私との約束通り絶対に一線は越えないように! で、アンタは自分が仕出かした事がどう言う事か分かっているのでしょうね?」


アンナがヴィッチに釘を刺すと同時に俺を問い詰める。


「ご主人様はパープルトン子爵家の幼い令嬢を誘拐したのですから既にもう大罪人ですね。 立派な肩書きが付いて良かったではありませんか? 四年程は牢屋に入れて貰えば冒険者ギルドにも問題無く加入出来ますから良いかと……」


お、おい…… さっきのアレを全部聞かれてたのかよ。

四年も投獄とか冗談じゃねぇよ!


「指輪は返したから俺は行くよ! ユナは最初の宿場町の宿いるから迎えに行ってくれ。 俺は一人で王都へ行くわ!」


後ろ向きに歩きながら窓へと向かう俺。

二階からなら飛び降りても平気だろ。


「逃す訳無いでしょうが!」

「もう逃がしません!」


窓を開けて半分身を乗り出した状態で俺はアンナとヴィッチに拘束されちまった。

そんな俺をライリが冷ややかな目で見下ろしていたが、ポツリとある事を口にする。


「ご主人様…… またお仕置きが必要みたいですね」


ちょっと待ってくれ。

またアレか? おいおい、勘弁してくれよ!

俺にとっては屈辱の時間だ。

何をされるのかは、恥ずかしくて言えねぇ…






翌朝に俺はパープルトン子爵家の馬車に乗って王都へと向かっていた。

俺の横にはアンナとライリが座っている。

更に正面にはヴィッチと完全に囲まれていやがるし、俺の信用は完全に無くなったみてぇだな。

そう言えば御者はコルツの奴が引き受けてやがったが、普段からそうしているそうだ。

一応、子爵の夫なんだが後ろに乗っているのはどうも落ち着かないらしい。

流石は元乗り合い馬車の御者だよな。


「そう言えばユナから結婚して欲しいと言われたんだが、お前達は何か聞いてるか?」


あそこまで俺を見下していたユナが急に結婚したい程、俺を好きになるのかね?

何があったんだかサッパリなんだが。

皆にも検討が付かないらしく首を捻っていた。


「逆にご主人様に何か心当たりはありますか?」


ライリが聞いて来たが、あると言えば一つだな。


「乗馬の練習がしたいから馬になれとか、平民のクセに生意気だとか言いやがるもんだから尻をひん剥いて散々叩いてやったんだがよ…… なんか不思議と嬉しそうにしてやがったな」


俺の話を聞いた途端、一様に深い溜め息を吐く三人の女達。

何なんだよ、やっぱり俺が悪いのか?



今の俺は子爵の後ろ盾を得たは良いが、母親と言う保護者に常に見張られ、更には年上の侍女に一切の行動を管理されながら冒険者を夢見る一人の少年だ。

……こんな物語は場末の酒場にいる吟遊詩人さえも歌わねぇだろうな。

情けねぇ……



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