第3話 一人の女として
俺が王都で死んだ後、アンナは冒険者ギルドに復職したそうだ。
ライリもメイドとして俺の家に残って一緒に子育てに協力してくれたが、貴族として生きる道を選んだヴィッチとマリンからも様々な援助もあったと聞いているし、言うなれば皆で俺を育ててくれたって事だな。
早く俺が稼げるようになってアイツらを楽させてやりてぇんだよ。
それが散々迷惑をかけた今の俺に出来る事だと思ってる。
「冒険者ギルドに来るのも久しぶりだぜ。 ギルド長は何処にいやがる……」
俺は冒険者になるために冒険者ギルドへと足を運んでいた。
まぁ、そう簡単には行かないだろうけどよ。
当然の如く、隣にはライリの姿があるのは俺が浮気しない様に見張るためだろう。
そんなつもりはねぇんだがな。
昨夜はライリの宣言通りに可愛らしいお仕置きもされたしよ。
内容は恥ずかしくて言いたくないが……
おっ、いたいた…… 随分と余裕そうじゃねぇかよ。
椅子に座って口を開けながら居眠りしてやがる。
「おいおい、若いのに任せてギルド長がサボリとはアンナが休みだと思って気を抜き過ぎじゃねぇのか?」
アンナと言う名前にビクッとしながら辺りを見渡すギルド長。
そんなにアイツを恐れてるのかよ…… まぁ、気持ちは分からなくもねぇがよ。
「こんにちは、ギルド長さん。 今日はご主人様が貴方に話があると言う事で一緒に来たのですが、お時間はあるでしょうか?」
俺と目があったギルド長が驚いた顔をしてやがるな。
さっき声を掛けたのが俺なのかと信じられないんだろうぜ。
「ご主人様って…… アンナちゃんのお子さんの事か。 確かライリちゃんは今まで坊ちゃんって呼んで無かったかい?」
「ライリがご主人様と呼ぶのは俺だけだ。 だったら俺が帰って来たに決まってるだろうがよ」
俺を見たギルド長が怪訝そうな顔をしてやがる。
「ライリちゃん、この子は一体何を言ってるんだい?」
こうなったら俺だと分からせるしかねぇだろ。
お前とは長い付き合いだったからな。
「裏通りにある酒場のエルザとはまだ宜しくやってるのかよ。 嫁さんに隠れて良くやるなと思ってはいたが。 あとは…… 髪の事はまだ皆にバレてねぇのか?」
コイツは嫁さんに隠れてエルザって言う若い娘と浮気してやがったんだぜ。
あとはコイツがカツラなのも俺しか知らない秘密だったからな。
「な、何でそんな事を知ってる! それを知ってるのは飲み仲間だったその子の父親だけだぞ? まさか帰って来たって言うのは……」
漸く気付いたか、ワナワナ震えながら俺を指差してやがる。
「ああ、そのまさかだ。 息子の中身はお前の良く知る俺だよ」
「な、なんだって!」
まぁ、信じられないのも無理ないがな。
「あまりデカイ声を出すんじゃねぇよ。 目立つだろうが!」
俺は奴を怒鳴りながら辺りを見渡す。
冒険者ギルド内にはそれなりの数の冒険者達が仕事を求めて来てやがるからな。
俺の見知った顔もチラホラといる。
「ご主人様も十分目立つし喧しいですよ」
ライリが呆れたように口にする。
「一体どうなってるんだ…… かなり頭が混乱して来たよ。 そのお前が今頃になって何しに来たんだ?」
どうやら俺だとちゃんと理解してくれたようだな。
「この身体で生きて行かなきゃならねぇからな。 それならば今の俺を新しく冒険者に登録して貰うためだよ。 大剣使いとしての俺は既に死んじまったから登録は抹消されてるだろ」
「えっと…… 確か息子は10歳だったよな。 そうなると、あと四年は無理だ。 規則だからな」
「やっぱりダメか? まぁ、ギルド長の権限くらいじゃ変えられねぇのは分かってたさ。 そのために王都に行くつもりだからよ。 それは再確認したかったくらいで、本題はアンナの事だ」
「アンナちゃんがどうかしたのか?」
「俺が心配だと言って冒険者に復帰するつもりなんだよ。 母親同伴の冒険者なんか聞いた事ねぇぞ! 絶対に阻止だ、断固阻止!」
こうでもしないと俺に付いて来ちまうからな。
「ご主人様、そのために来たのですか? 私はまた無理を言って冒険者に登録して貰うつもりだとばかり……」
ライリが意外そうな顔をしてやがる。
お前なら俺の考えなんて気付いていたと思っていたんだが……
「お前が許可しなきゃ、アンナも冒険者に復帰は出来ねぇだろうがよ! だったらお前がする事は一つだ。 分かるよな?」
「ああ…… 逆らっちゃいけない事だけは分かってる……」
何だよ、随分と物分かりが良いじゃねぇか。
「お前の後ろに居る人物にはな」
な、何だと! 後ろに居る奴って……
「ふぅ〜ん…… そんなに私と一緒に冒険するのが嫌なの? わざわざギルド長にまで根回ししに来るなんてね……」
ア、アンナ! いつから居やがった。
何てこった…… もうこうなったら言いたい事は全部言ってやる!
「母親同伴の冒険者とか聞いた事ねぇよ! 昔は散々ロリコンとか陰口言われて、今度はマザコンって言われるのが確定だろ! 俺は嫌だ!」
俺が言い終わるとアンナの奴は心底悲しそうな顔をしやがった。
「良いわよ…… じゃあ、今日限りで親子の縁を切ってあげる! それならいいでしょ! どうせ…… もうアンタが私を母親だと呼ぶ事は無いんだから…… あの子はもういないんだから……」
お前にそんな顔をさせるつもりは無かったよ。
ただ…… ガキみたいで恥ずかしくてさ……
俺は自分の事ばかりで…… 本当にガキだったって事か。
「ご主人様……」
バシッと言う乾いた音が建物内に響き渡る。
ライリが俺の頬を引っ叩くなんてな。
それに随分と悔しそうな顔をしてやがるぜ。
お前にもそんな顔をさせちまったのか。
「私の知ってるご主人様なら、そんな事は言いません! 全部まとめて受け止めてくれる大きな方でした…… 私を失望させないで下さい……」
済まねぇ…… アンナ、ライリ……
俺が間違ってたよ。
床に膝をついて土下座する俺。
「済まなかった…… ずっと自分の事ばっかり考えててさ、俺がガキみたいだったんだよ。 俺を許してくれ!」
ガキのなりをしているから卑屈になっちまってた訳じゃねぇと思うが、俺らしく無かったよな。
ライリが言うんだから間違いねぇよ。
なんて言ったってアイツがいつも俺を一番に分かってくれている奴だったからな。
「もう…… アンタって本当に馬鹿なんだから。 でもやっぱり親子の縁は切るわ。 私の事は…… 一人の女として見て欲しいの」
アンタの言葉に騒めいていた冒険者ギルド内の空気が一瞬にして凍り付く。
単なる親子喧嘩くらいに思って見てたんだろうが、こりゃあ予想外の展開だからな。
驚いた俺が顔を上げると熱を帯びた眼差しを俺に向けるアンナがいた。
それは息子に向ける目じゃねぇだろ……
チラッとライリを見れば、口に手を当てて目を丸くしてやがる。
流石にライリも驚いている様子だ。
まさかアンナがライバルに名乗り出るとは思わなかったろうよ。
この調子で人妻になったヴィッチやマリンまでも俺の所に戻って来るとか言い出したりしねぇだろうな。
先行きにかなりの不安を感じるが、俺が次に訪れなきゃ行けねぇのはヴィッチの所だからな。




