第9話 女郎蜘蛛の噂
俺の住む侯爵領の女領主についての噂を聞いた。
何でも結婚すると相手が次々と不慮の死を遂げるらしい。
既に五人が死んだ事から女郎蜘蛛とか呼ばれているそうだ。
「そんな奴なら顔を一度拝んでみたいもんだな。 一体どんな面をしてるんだかな」
傷も癒えた俺は久しぶりに馴染みの酒場を訪れていた。
酒場に来れば当然酒が飲めるし色々な噂話とかも聞けて良い退屈しのぎにもなるからだ。
今日はライリとアンナが一緒にパンを焼くそうで俺は一人自由を満喫する事に決めている。
昼間から飲む酒は格別に旨い!
特にいくら飲んでもライリに叱られないと言うのが素晴らしい。
「おい、酒が無くなったぜ! お代わりだ。 追加をくれよ」
手を上げて空になった酒瓶を振りながら店主へと告げる。
だが一向に追加の酒が出て来る気配が無い。
何かおかしいなと思っていると思い詰めた顔をした店主が現れたのだ。
「ライリさんからあなたがウチに来ても、その一本だけにしてくれと言われてますので…」
何だよ…… 全てお見通しか。
それにしても何だが歯切れの悪い物言いだな。
コイツ、何かライリに弱みでも握られてるんじゃないかって疑いたくもなる態度だな。
「おい、何か他にライリに言われたのか?」
まさかとは思うがな。
「いえ… ライリさんの言う事を聞かないのなら冒険者の皆さんがウチに飲みに来るのを止めると言うのです。 それじゃあ、商売にならないですからね。 あ、私を恨まないでくださいよ」
何なんだよ、人の事をロリコンとか言ってた癖にお前らがライリの虜じゃねぇかよ。
「そうかい…… じゃあいい!」
酒場を出た俺は酒屋に向かう。
だったら直接買えばいいんだよ。
「いらっしゃい! あっ!」
あっ!って何だよ。
ここにもライリの手が廻っているのかよ。
「どうした? 俺の顔に何か付いてるのか?」
何か言い難そうな店主が口を開く。
「いえ、あなたが来てもライリさんから酒は売るなと言われてましてね。 私としても商売ですから売りたいのですが… アンナさんからライリさんの言いつけを守らなければ冒険者ギルドとの取り引きを停止すると言われてまして…… はい」
アンナまで絡んでるのかよ……
俺が飲んだら何か悪い事でも起きるのか?
「どいつもこいつも女子供の顔色ばかり伺いやがって情けねぇな!」
「ひぃいい…」
俺の剣幕に酒屋の店主も顔を青くしていた。
そんな店主が俺の背後に視線を送ると更に狼狽え始める。
何か急に背筋に冷たい物を感じる。
おいおい、ドラゴンをも倒した俺が恐怖を感じるのか?
「……ご主人様。 一体、何をしているのですか? 私達がパンを焼く間、暇だからと夕食の買い物を引き受けてくださったのでしたよね?」
うぉ、すっかり忘れてたぜ。
そうだったよな…… そんな理由を付けて逃げ出して来たんだった。
「いやぁ、何…… それはこれからだな……」
んっ、何だよ? ライリが"ちょいちょい"と指で俺を呼ぶ。
何なんだと思いながら顔を近付けると耳をむんずと掴まれて酒屋から引っ張り出される俺。
「いてっ、マジで痛いぞ! おいっ… ちょっと待ってくれよライリ!」
俺の耳を引っ張りながら顰めっ面で歩くライリの姿を見た街の奴らが更にライリの事を恐れる様になったと言う事を俺だけが知らない。
「何よ、それでアナタは昼間っから外で飲んでたわけ?」
当たり前のように俺の家にいるアンナが呆れた顔をして言い放つ。
最近ライリとアンナは仲が良く暇さえあれば一緒に何かを作ったりしている。
確かにいい歳をして魚も捌けないアンナにはライリ先生から料理を教わる良い機会かも知れんがな。
「ご主人様は目を放すとすぐにお酒を飲みに行くんです。 最早アルコール中毒なのではないのでしょうか? 大怪我をした際も今日は飲んでいいか? 明日からならいいか? など… 情けない」
お前らが満足行くまで飲ましてくれないから欲しくなるんだろうが!
「そうそう… 近々アナタに侯爵様からの直々のお誘いがある筈よ。 前のミノタウルス退治の英雄へのお礼とか聞いてるけど」
何だと? 俺に貴族様に会えと言うのかよ。
礼儀とか作法なんか全く分からんぞ?
「流石は私のご主人様ですね! ライリも鼻が高いと言うものです」
ライリが嬉しそうにしてくれるのはいいんだけど、侯爵様とかに会っても無礼打ちとかで首を刎ねられるだけな気がするのは俺だけか?
「だから… アナタに会うのもこれが最後になるのかもね」
だよな、アンナもそう思うよな。
酒場で聞いた女郎蜘蛛の噂。
一体どんな侯爵様なんだよ…
「大丈夫です! 無礼の無いように私が一緒に付いて行きますからご主人様は大船に乗ったつもりでドンと構えていてくだされば良いのです」
「おっ、おう! 頼りにしてるぜ……」
そうは言っておいたが、それって泥舟の間違いじゃねぇのか?
ライリみたいな小さな侍女を連れて行っても、ロリコン扱いされるのがオチな気がするんだが。
保護者同伴で謁見とか随分とみっともない英雄もいたもんだよ。
だが全く作法も分からんし、ここはライリを頼りにしておくか。




