第89話 ロリコンって何?
「坊ちゃん、また泣かされて来たのですか? こっちにいらして下さい。 ライリが慰めてあげます」
美しい女性が小さな少年を優しく抱き締めていた。
気の小さな優しい少年は町の悪童達にとっては揶揄うのには格好の獲物なのだろう。
「だって…… 僕は小さいから力じゃ敵わないんだもん。 アイツら僕の父さんを馬鹿にするんだ。 ねぇ、ライリ。 ロリコンって何?」
少年の口から飛び出した懐かしい言葉。
その昔にご主人様が言われて怒っていたと思い出したライリが笑みを浮かべる。
「ふふふっ、小さな子供に優しい人って事です」
ライリの言葉を聞いた少年が黙って頷く。
「じゃあ、ライリもロリコンだね。 だって僕に凄く優しいんだもん」
「そうかも知れません」
ニッコリと微笑んだライリを見た少年は頬を赤く染めていた。
ある日、大剣使いと呼ばれた一人の冒険者が死んだ。
その死を悼む者は少なく無かったと言う。
彼の死を知ったランス国王は彼と約束した本来なら15歳で結婚出来ると言う法律を一日だけ10歳に変えると言う事を反故にしていた。
それは10歳で未亡人になる幼い少女を思っての事だったが、残される事になった彼女の思いは考慮されてはいなかった。
アンノウン伯爵と言う存在も白紙になり、その領地は新たに叙勲されたヴィッチ・パープルトン子爵とマリン・ジーニアス伯爵の二人が受け継ぐ事になった。
アンナとライリの二人は春になるのを待って思い入れの深い我が家へと帰り、予定通りアンナは夏に元気な男の子を産んでいた。
そしてライリはアンナと共に彼の忘れ形見を侍女として育てる道を選んだのだった。
美しい女性へと成人したライリには求婚者が後を絶た無かったが、彼女は全て断り彼を育てる事に心血を注いだ。
そして…… 十年の歳月が経とうとしていた。
「ライリちゃん、この子の10歳の誕生日にはヴィッチさんやマリンちゃんも来てくれるそうよ」
二人にとっては懐かしい人物との再会になる。
共に貴族としての道を選んだヴィッチとマリンと会うのは数年振りになる。
今では二人共結婚して子供にも恵まれて幸せな家庭を築いていた。
「それは嬉しいですね。 久しぶりに皆でご主人様の悪口で盛り上がりそうです」
ライリの口から出たご主人様と言う言葉に苦笑いを浮かべるアンナ。
「本当にそうよね。 こんなにいい女達を置いてさっさと一人で逝っちゃうんだもの。 結局、最後はクレアさんの一人勝ちだったわ」
あの雪の夜に姿を消したクレアと一緒に彼があの世へと旅立ったのだと皆は考えていた。
でなければクレアが成仏する筈は無いと思っている。
「私が勝ったと思ったんですが…… 残念でした」
ペロリとしたを出したライリを見たアンナは彼女がまだ彼を愛している事を痛い程理解していた。
彼が遺した死霊使いの指輪を抱き締めながら夜中に泣いている姿を何度も見ていたのだ。
(あの馬鹿、あの世に行ったらぶん殴ってやるんだから!)
アンナは心の中で、そう誓うのだった。
「久しぶりであります! ライリさんにアンナさん。 うわぁ、あの子がこんなに大きくなったでありますか?」
彼の忘れ形見へと数年振りに会ったマリンは驚きで目を丸くしていた。
「あらあら、あの人の子供ですもの。 まだまだ大きくなる筈よ」
一緒にやって来たヴィッチも彼の成長を見て喜びを隠せないでいる。
「さぁ、入って下さい。 お二人の部屋はそのまま残っていますから、今夜は懐かしい思い出に浸って下さいませ。 当然、ご主人様の悪口もたっぷりと!」
ライリの元気な様子を見た二人は少しだけ悲しそうな顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
彼女の気持ちが痛い程分かるからだ。
やはり…… まだ彼を忘れられないのだと。
「ほらっ、ヴィッチさんとマリンちゃんが来たわよ。 ちゃんと挨拶しなさい!」
アンナの後ろに隠れて出て来ない少年を二人は愛おしく思う。
自分達が愛した人の息子が目の前にいるのだ。
「坊ちゃん…… 勇気が出るように、10歳の誕生日プレゼントとしてライリの宝物を差し上げます」
ライリが死霊使いの指輪を少年の手に握らせる。
名前は不吉だが特に呪われる事も無いのは皆も承知しており、その事には別に驚きはしなかったが、大切な彼の遺品をライリが手放す事には驚いてしまう。
それは彼のように強く逞しく生きて欲しいと言うライリの願いからだった。
だが、死霊使いの指輪を手渡された少年が不思議そうな顔をして集まった皆を眺めている。
「おいおい、お前ら随分と老けやがったな。 全く…… 参っちまうぜ。 まさか、この俺が呆気なく死ぬとは思わなかったからよ」
少年の態度や口調は正しく彼の父親のそれだった。
集まった皆はすぐに彼が帰って来たのだと理解する。
理由は分からないが、ライリが渡した死霊使いの指輪が関係しているのだと思い浮かぶ。
「ライリ、待たせな! 漸く戻って来れたぜ!」
美しい大人の女性へと成長してはいるが、それがライリだと見間違う筈も無い。
なんと言っても自分が生涯を誓い合った相手なのだから。
「ご主人様! ご主人様! ご主人様!」
ライリが少年を抱き締めて涙を流す。
それは夢にまで見た幸せな時間なのだから。
「約束したろ? お前にはしてやりたい事がいっぱいあるんだってよ」
ニヤリと笑う少年はまだ気付いていない。
自分が10歳の子供になっている事を……
以前とは逆の立場に自分が置かれている事に気付いた彼が絶叫するのは…… この後すぐの事だった。
大剣使いの冒険者と小さな侍女ライリの物語は、これでお終いです。
小さな冒険者と美しい侍女ライリの物語は…… これから始まるかも知れません。




