第81話 ジーニアスの思惑
王都残留が決まった俺達は、この地で暮らすための行動に入っていた。
俺はヴィッチとマリンを連れて買い物に出ているがライリも一緒に連れて行かなかったのは、ライリへの軽い性教育をクレアに頼んでおいたからだ。
キスで赤ちゃんが出来るって思ってとかは流石にどうかと思ってな。
誰に頼もうかと思ったがヴィッチだけは無いなと言うのが最初に思い浮かぶ。
なんかドギツイ事まで教えてくれそうでよ…… マリンも経験は無いだろうからな。
そうなると知識も豊富なクレアが最適だと思い当たった訳だ。
まぁ、ライリだって近い内に初潮も来るだろうから、その時でもいいんだが良い機会じゃねぇかな。
ちなみにアンナには赤ちゃんの事もあるから部屋でゆっくりして貰っていた。
慣れない雪道を歩いて来た俺達は王都にあるカフェで少し休憩を取る事にする。
雪のせいだろうが暖を取るために客も多い。
道行く人を眺めながら温かい紅茶を飲んでいると、どうやらマリンの様子がおかしい。
「旦那様が暫く王都にいる事を父は随分と喜んでいたであります。 どうもこのまま王都で暮らして貰えないかと考えているみたいでした……」
マリンが申し訳無さそうにそんな事を口にした。
「俺を婿養子にしてジーニアス家を継がせたいって事か。 考えてみればパープルトン侯爵家とジーニアス準男爵家の女性を妻にする事になるとは思いもしなかったぜ」
まだ完全に決まった訳じゃないがな。
「ふふふっ、古来から英雄呼ばれた者が貴族に取り立てられた例が無かった訳ではありません。 貴方だってまだ分からないと私は思っています。 やり手のジーニアス準男爵やランス国王陛下が貴方を放っておく筈が無いわ」
ヴィッチが何やら怖い事を言い出しやがった。
俺をどうしたいと言うんだよ。
気のせいか女郎蜘蛛と呼ばれていた頃の余裕みたいなモノが一瞬だけ感じられた。
今更、権力者になりたい訳じゃねぇだろうな。
「また俺を貴族にでも取り立てるって話があるって事か?」
「ええ、私はそう睨んでいます。 あれからかなりの日数が経ったけど旧伯爵領と旧侯爵領の後任が決まっていないのも、その証拠だと……」
それに俺がどう絡んで来るのかは予想もつかないがな。
「父は旦那様を貴族領の領主にしたいと言う考えのようであります。 旦那様がそう言う事に向いていないのは当然承知の上で、父が後ろ盾になるつもりのようですが」
おいおい、何だか話が出来過ぎてねぇか?
大切な一人娘で準男爵令嬢のマリンが俺に付いて来てもジーニアス準男爵は俺に対して取り戻すとかの行動を起こさなかったしな。
「マリン、貴女はアンダーソン伯爵領への接収任務に就く際にジーニアス準男爵から何か言われたりしなかったかしら?」
ヴィッチも何かあると思ってるようだな。
マリンがアンダーソン伯爵領へ来た事も、俺の世話役になった事もジーニアス準男爵が仕組んだ事じゃねぇかって事だよな。
「特には言われなかったであります。 任務に出る前に先遣隊の隊長を家に招いて私の事を宜しく頼むと話していたようでしたが、他には特に変わった事は…… あっ、そう言えば王宮での御前試合があった後に面白い事があったと嬉しそうにしていたので、私が聞いてもその内に分かるとしか教えてくれず一体何の事かと思っておりました」
それって隊長を抱き込んでの策略じゃねぇか?
俺がアンダーソン伯爵領にライリの父親を助けに行くのは分かってた筈だからな。
「ふふっ、ジーニアス準男爵も上手くやったものね。 マリンに貴方へ色仕掛けで近付けとか言っても無理があるのを承知の上で、ただ側に置いて成り行きを見守っていた感じなのでしょう。 貴方が女性に手が早いと言うのを考慮に入れて……」
どうやらヴィッチの言う通りかも知れねぇな。
権謀術数に長けた奴が言うんだから間違いねぇだろうよ。
「何か俺の周囲が怪しくなって来たな…… どうなってやがる」
俺が思ってもいない方向に進んでる気がしてならねぇよ。
ライリやみんなとあの家で楽しく暮らして行きたいだけなんだがな。
「私は心から愛している貴方を在野に埋もれさせたまま終わらせたくは無いと考えているわ。 多分、ジーニアス準男爵やランス国王陛下も同じ考えの筈ね。 どうやら隣国のアクバル帝国に動きがあるようだし、戦乱が起こるかも知れない状況で英雄と呼ばれている貴方の存在は貴方自身が考えているより大きいと言う事を承知して下さい」
随分と買われているみたいだな。
俺一人の力で戦局が変わるとでも思っているのかよ? そんな訳ねぇだろうに。
「どちらにしろ…… 近い内に王宮から使者が訪れる筈です。 貴方は平穏な人生は送れないでしょうね」
ヴィッチが少し哀れなものを見るような目を俺へと向けていた。
マリンも複雑そうな表情を浮かべて俺を見てやがるな。
「心配するんじゃねぇよ! 今まで通りに俺が何とかしてやるさ。 そうだったろ!」
俺にはお前達が側にいてくれるからな。
何だって出来る気にさせられるんだよ。
本当に女って凄ぇ生き物だぜ。
「うふふっ、本当に不思議な人。 貴方が言うと何とかなりそうな気にさせらるのだから……」
「私は馬鹿なので父の考えている事が良く分かりませんが、旦那様に出会わせてくれた事だけは感謝しているであります。 何か父が企んでいたとしても私は旦那様の味方です…… それだけは信じて欲しいであります」
状況から察して流石のマリンも落ち込んでいるみたいだな…… お前は何も悪くねぇだろうが。
「マリン、お前は馬鹿じゃねぇよ。 眩しいくらいに純粋無垢なんだと俺は思っている。 そんなマリンを俺は好きなんだぜ。 お前が俺を絶対に裏切らないと俺は知っている。 それはヴィッチも同じだ。 お前達は俺の大切な家族だからな」
俺はお前達を信じている。
「大切な家族で終わりかしら? まだ私達を愛しているとは言ってくれないのね……」
そう言って寂しそうに俯くヴィッチ。
マリンも答えを欲しそうに俺を見つめていた。
婚約指輪も渡して俺の両親にも紹介したのに愛してない訳も無いだろうが。
でも考えてみれば二人には言った事が無かったか…… 言わなきゃ分からないって前にアンナにも泣いて怒られたよな。
「済まねぇ…… 言わなくても分かってくれるって言うのは俺の傲慢だった。 ヴィッチ、俺はお前を愛してる。 マリンも一緒だ、愛してるぜ。 こんな事を二人一遍に言うもんじゃねぇのは分かってるが今言わねぇとダメな気がしてよ……」
サイテーな告白だな。
「愛してます、旦那様!」
いきなり椅子から立ち上がると俺に飛び掛かって来るマリン。
おいおい、人が見てるだろうよ!
周囲の目が俺達に集まる。
「私も愛してますわ、狂おしい程に……」
ヴィッチもマリンに負けじと俺にしな垂れ掛かって来る。
どうやら王都での俺の生活は波乱万丈な気がして来たぜ。
その後、やって来た店員に注意されて他の客に笑われながら店を出る事になったのは俺にとって恥ずかしい思い出だ。




