第79話 乙女心
路地裏で助けた子供がライリだったのなら、何で今まで黙っていたんだろうか……
突然のライリのキスにも驚いたが、俺に話してくれなかった理由が分からねぇ。
「あれはライリだったのなら、どうして今までその事を教えてくれなかったんだ?」
俺の問い掛けにライリは黙ったまま俯いていたが、ゆっくりと顔を上げた時には瞳にいっぱいの涙を溜めていた。
「あの時の私はボロボロの服を着て髪も乱れていましたから…… あれが私だったなんて知られたく無かったんです」
ライリが育った孤児院は経営難で着る物にも事欠く状況だったと聞いていたし、俺も最初に訪れた際に実際に目にしていたからな。
あの時にライリも同じだったのかと考えちまったのは確かだ。
やっぱり俺の想像通りだったって事か。
「ずっと私の心の中だけに秘めておくつもりでした。 だけど…… でもご主人様が輝く綺麗な髪だったと言ってくれたから」
乙女心って奴だろうな。
惚れた相手には見て欲しく無かった姿だったと言う訳か。
でもよ…… お前は勘違いしてるぜ。
「俺はライリとの思い出が一つ増えた事が嬉しいんだぜ。 俺は既に散々格好悪い所を見られてるけど、お前は全てを受け入れてくれる凄い奴だ。 俺だって…… お前の全てを受け入れてやれるんだからな」
俺は腕を伸ばしてライリを強引に引き寄せるとその腕で強く抱き締めてから耳元で囁く。
「ライリ…… 俺は誰よりもお前を愛してる。 それはどんな事があったとしても、この先もずっと変わらねぇと誓うよ」
こんなに小さな女の子に愛を囁く奴は他にいねぇだろうな。
だけど誰に揶揄されたって構わねぇさ。
「ご主人様…… この世の誰より貴方を愛しています。 この思いは生涯変わる事はありません」
ライリが俺の思いに真っ直ぐ応えてくれる。
いつだって俺を受け止めてくれる奴だからな。
だから俺達の心は繋がっているって思えるんだろう。
「あっ! ご主人様、雪が……」
抱き合ったまま俺の肩越しにライリが雪を目にして声をあげる。
どうやら間に合わなかったらしい。
昼間に無理して出発しなくて良かったと言う所だが、これが本格的に積もるようならば、春になるまで旧侯爵領にある俺達の家には帰れないって事になる。
俺一人ならまだしも皆を危険な目に合わせる訳には行かないからな。
「済まねぇな、俺の判断ミスだ。 こりゃあ春まで家に帰れなくなりそうだぜ」
窓辺からライリと二人で雪が降るのを眺めていた。
借りた馬車の延滞料金が頭を過る。
参ったぜ…… 全く。
それに冬の間、ずっと王都で暮らさなきゃならないからな。
みんなと相談しなきゃならないだろう。
「私はご主人様と一緒に過ごせるなら、何処にいたとしても幸せです」
ライリが励ましてくれたが、やっぱり俺としては家に帰りたかったぜ。
ガチャッと音を立てて部屋の扉が開いたかと思うとアンナが現れた。
「あ、ここにいたのね! ねぇ、どうやら雪が降り出して来ちゃったから、その件でジーニアス準男爵からアナタに話があるそうなのよ」
どうやら俺を探していたらしい。
「分かった、すぐに向かう。 済まねぇなアンナ。 もしかすると春まで王都に足止めかも知れねぇな」
アンナが俺の言葉に黙って頷く。
責めたりする気はないようだ。
「気にしなくていいわよ。 私は何よりもアナタの故郷に連れて行ってくれた事を感謝してるんだから……」
擦れ違いざまにアンナの肩に手を乗せてから、ポンっと叩いて応える俺。
「ありがとな、アンナ。 多分、みんなにも関わりのある話になるだろうから一緒に来てくれ」
俺達は客間にいたヴィッチとクレアを連れてジーニアス準男爵のいる執務室へと向かう。
アンナの話では、そこでマリンと一緒に俺を待っているらしい。
執務室の入口にいた執事の男が俺達の姿を目にするとドアを開けて部屋の中へと誘う。
中には装飾が施された大きなテーブルが部屋の中央に置かれており、これまた立派な椅子にジーニアス準男爵が座っていた。
そしてその横にマリンが立っていたが、俺の姿を目にすると嬉しそうに此方へとやって来る。
「おお、婿殿。 どうやら雪が降り出してしまったようだな。 無理に引き止めてしまい申し訳なく思う。 マリンとも話したのだが、春になるまで当家に滞在してはどうかと思うのだが…… 異存はあるか?」
異存も何も…… こうなっちまったら、本当にありがたい話だぜ。
明日になったら止む可能性もあるが、出発してからまた降り出したら厄介だしな。
「そりゃあ、願ってもねぇ事だが…… 申し訳ない気がしてならねぇな。 何か俺に出来る事があれば遠慮なく言ってくれないか」
俺の言葉を聞いたジーニアス準男爵は苦笑いを浮かべていた。
「何を水臭い事を言っているのだ。 聞けば馬車も借りたそうではないか。 延滞料金がかかるならば、いっその事当家で買い取ってしまおうと思うのだがそれで構わんか?」
流石は金融業で名を馳せているだけあるな。
マリンが貧しい家だと言っていたのが良く分からねぇんだが…… それが本当なら他の貴族はどれだけ金を持ってやがるんだよ。
まぁ、小国に匹敵する領土があれば途切れる事なく毎年税収があるんだからな。
それが無いジーニアス準男爵家にしてみれば、貧しいと言いたくなる気持ちは分かるけどよ。
「可能ならば頼むぜ。 馬鹿にならない金額になりそうだからな」
我が家の財政事情も悪化して来ていたしな。
単に俺のせいなんだが……
「ならば決まりだ。 旧侯爵領の方には明日にでも当家から文を送っておくから安心してくれ」
雪が降っても全てが閉ざされる訳じゃない。
そうなると雪の中を荷物や手紙などを運ぶ仕事を生業にしている者達が活躍する事になる。
それは狼とかに襲われる危険もある命懸けの仕事だ。
「迷惑ついでに住む場所なんだが…… こんな豪邸じゃ、どうにも落ち着かねぇんだ。 狭くてもいいから何処に空いている家はねぇかな?」
俺には息が詰まって堪らねぇよ。
「ふむ…… 将来の事を考えれば今の内に慣れておいて欲しいのだが仕方がない。 当家の敷地内にある使用人用の一軒家ではどうか? 幸い今は使われていないからな」
おいおい、婿養子は既に決定みたいに言わないでくれよ。
「そりゃ、都合がいいぜ! 他のみんなはどうだ? やっぱり狭い家は嫌か?」
後はみんな次第になるが……
「アナタが望むなら私は構わないわ」
「私もご主人様が良ければ構いません」
「私も構いませんわ」
『ご主人様の望むままに』
「旦那様にお任せするであります!」
満場一致って事だな。
帰れないなら仕方がねぇ、こうなったら春まで王都で暮らすとするか。
ちなみに使用人用の家って言うのが俺の家より遥かに立派な事を今はまだ知らない。




