第77話 幸せの定義
マリンの実家にやって来た俺は彼女の実家が予想外の豪邸だった事に驚いていた。
どうやらヴィッチとクレアは知っていたらしいんだが、二人の話じゃ実は酔った俺も知っていたらしい。
全く記憶が無いんだけどよ。
「お〜い…… アンナ、ライリ。 マリンの実家に着いたぜ。 挨拶して行きたいんだが……」
馬車の幌を捲るとアンナとライリが下を向いて俯きながら座っていた。
「今度は婿養子ですか? 本当に困ったご主人様ではなく…… 時期御当主様ですね」
いつもやらかした俺を助けてくれるフォローの女神、ライリ様も呆れ顔だぜ…… 本当に済まん!
「アンタって…… お酒を飲むの辞めた方が良いわよ。 周囲を不幸にするから……」
アンナが真剣な表情で俺にそう忠告して来たんだが…… 今回は俺もそう思えて来たよ。
馬車はジーニアス家の門番が馬房へと移動してくれるのと言うのだが、そんなに長く滞在する時間も無いと言う理由で屋敷の入口に停めさせて貰ってある。
そうすれば何か面倒な事になってもすぐに逃げ出せるだろ。
「旦那様、こちらへ。 父が出迎えに来たようであります」
嬉しそうに俺の手を引いたマリンは父親の元へと連れて行く。
「良く来てくれたな婿殿。 先の王宮にて行われた武術大会での折に其方の事は拝見していたが、まさか娘の婿になるとは思わなかったぞ。 だがランス国王陛下からの子爵への誘いを無にしてまでの婚約者たるパープルトン侯爵を救った其方が我が娘と婚約とは一体どう言う事なのかと疑問に思っているのだが…… その辺りを説明して貰えるだろうか?」
まぁ、そうなるわな。
あの場にいたのなら話も早いだろ。
チラリとヴィッチを見たジーニアス準男爵が無言で会釈をするとヴィッチも同様に応えていた。
「俺は礼儀とかはまるっきりだから勘弁して欲しい。 ダスト伯爵に捕らえられたウチのメイドの両親を助けるためにヴィッチと共闘する形になってよ。 奴と対決するには侯爵の婚約者って言う肩書きが必要になったから、偽りの婚約だった訳だ。 だが予想外の事態でヴィッチが処断されそうになっちまったからな…… 子爵位を蹴って助けたら本当に惚れちまったって所だな」
大体そんな所だよな。
「ふむ…… ならば我が娘との馴れ初めは?」
馴れ初めって言われてもな…… 俺にも何が良かったのかサッパリなんだが。
とにかく正直に思っている事を話すしかねぇよな。
「ダスト伯爵に捕らえられているライリの父親を助けに行った際に、伯爵領を接収に来ていた先遣隊と出会ってな。 その時に俺の世話役を任されたのがマリンだった。 それが縁なんだが……」
そんな感じだったよな。
「父上、旦那様は素敵な方なのであります。 慣れないドレスを着て化粧をしても部隊の仲間にすら気付いて貰えない惨めな私を"見る目の無い奴は放っておけ、俺はお前がいい!"って言ってくれました。 それに兵士姿の私を見て可愛らしいとまで言ってくれたのであります」
マリンが黙っていられなくなったらしく話に加わって来やがった。
確かにそんな事もあったな。
「ほぉ、そのような事があったのか。 気になって色々と探らせたのだが、お前が婿殿に惚れ込んだ理由が分からなくてな…… いきなり軍を辞めて婿殿の家に押しかけた挙句、家にも入れて貰えずに庭でテント暮らしをしていると言う報告も受けておるのだ」
おいおい、あながち嘘でもねぇが聞こえか悪くねぇか?
俺のお袋の件もあるが、何処から誰に見られているか分かったもんじゃねぇな。
「父上、それは違うであります。 旦那様の家には空き部屋が無く、私が自分から率先してテント暮らしを望みました。 その後は私のために新しい部屋を増築して貰っております!」
ジーニアス準男爵がマリンの言う一言一句を頷きながら噛み締めるようして聞いてやがる。
マリンが言う事に嘘はねぇぜ。
「そうか…… やはり直接聞かないと分からない事が多いな。 マリンが選んだのだから間違いは無いのだろう。 幸せにすると約束してくれれば満足だ。 婿養子の件は考えておいてくれると嬉しく思う」
「ありがとうございます、父上! 旦那様、母を呼んで来ますから是非お会いして下さい」
俺達は屋敷へと走って行くマリンの後ろ姿を見送ってから顔を見合わせて笑い合う。
本当に元気な奴だぜ。
「実はマリンは当家で働いていた侍女が私との間に産んだ娘なのだ。 どうやら妻は子供が出来ない体質だったようでな。 私はマリンの事を隠し続けたよ…… 妻が不憫に思えてしまい昨年亡くなるまでの間ずっとな。 だから二人に私は報いなければと思い母親とマリンを引き取ったのだ。」
ジーニアス準男爵が深い溜め息を吐いた後、そんな真実を俺に話してくれた。
マリンの奴が令嬢っぽくないと思ったが、そう言う訳があったのか。
母親と二人、町で普通に暮らしていたのなら納得も行く話だ。
「俺にも何の因果か婚約者が五人いるんだ。 その内の誰かに子供が出来ないとかあっても俺は全員を幸せにすると断言するぜ。 だからってアンタの選択が間違っていたとは言わねぇよ。 奥さんの幸せを考えて悩んだ末の選択だったんだろうからな」
「五人だと? 私が受けた報告では四人だった筈だが、それ以外にもいるとはな。 流石は英雄と呼ばれる男だ。 やるではないか…… ハハハハハッ!」
俺の言葉にジーニアス準男爵が笑い出す。
確かに"英雄色を好む"ってあるが、俺の場合はちょっと違うと思うんだがよ。
「旦那様ぁ! 母を連れて来ました。 さぁ、早く行きましょう!」
マリンに手を引かれて現れた女性が母親に違いないだろうな。
何となくマリンの面影があるのが分かる。
幸せそうな笑みを浮かべて愛する夫の元へ、娘に手を引かれてやって来る。
ジーニアス準男爵も待ち切れない様子で、足早に二人へと歩み寄って行くと嬉しそうに妻とマリンを両腕を広げて抱き締めていた。
「幸せそうな親子ですね。 私にもご主人様の子供を産む日が来るのでしょうか……」
その姿を見ていたライリが俺の横で呟いた。
「ああ、きっとライリそっくりな可愛らしい女の子か、俺みたいに腕白な男の子のどっちかだ」
俺がそう答えてやるとライリは真っ赤な顔をして俯いちまった。
そう言えばライリは赤ちゃんがどうやって出来るかを知ってるんだろうか……
「ちなみにアンタが欲しいのは男の子と女の子のどちらかしら?」
アンナも話に加わって来たが、急に聞かれても考えた事も無かったからな。
「う〜ん…… どっちでも元気に産まれてくれればいいと思うが、俺の家は女性が多いからな。 男の子がいたら俺の味方になってくれるかも知れねぇか…… そうなると男の子だ!」
いつなるかは分からんがな。
そりゃあ、賑やかになるだろうぜ。
「そっか…… 男の子ね。 ふふっ」
そう言いながら笑みを浮かべるアンナを俺は特に不思議にも思わなかった。
この時にアンナの左手がお腹へと当てられていたなんてな。




