第76話 逆玉?
「かなり冷え込むようになって来ましたね。 家に着くまでに雪が本格的に降り出さないと良いのですが……」
辺境伯領から王都へと馬車で急ぐ俺達だったが、日に日に寒さが増しているのを感じていた。
俺と一緒に御者席に座るライリも毛布を身体に纏ってはいるが、それでも寒さには参っているみたいだ。
悴んだ自分の手にハァーっと息を吐きかけて温めている。
幌馬車の中に入ってろと言うのに強情を張って聞きゃしないんだから参ったもんだ。
「ホラッ、ここに入れよライリ。 少しは暖けぇだろ」
俺は自分の纏っている厚めの毛布を捲り上げてライリを促す。
「はい、ありがとうございます。 うふふっ、とっても暖かいです」
俺にくっ付くようにしてたライリと、お互いの体温で温め合う。
出来れば王都にいると言うマリンの両親にも会って行きたかったが、どうやらそうもいかないらしい。
今にも雪が降り出しそうな曇り空に目を向けながらタイムリミットが近い事を感じでいた。
「残念だが…… 王都は素通りしなきゃならねぇかも知れねぇぞ」
ここから旧侯爵領までは馬車で数日はかかるからな。
その間に雪が降り出したら厄介な事になっちまうんだが…… マリンの事を思うとな。
帰り道では"旦那様を両親に紹介するのが楽しみであります!"とか言ってたからな。
マリンの悲しむ顔は見たくないし…… こうなったら賭けてみるか!
「マリン! もうすぐ王都に入るが、お前の実家はどの辺りなんだ? あんまりゆっくりしている時間は無さそうだが、せっかくの機会だし挨拶して行こうぜ!」
幌馬車の方に声を掛けるとマリンがヒョコッと顔を覗かせる。
「だったら私が道案内をするであります! ライリさん、席を変わって貰えますか?」
「はい、分かりました。 寒いですから気を付けて下さい」
そう言いながらマリンと擦れ違い様に毛布を手渡すライリ。
「了解であります! 旦那様、このまま大通りを王宮に向かって真っ直ぐ進んで下さい」
王宮の方か…… 金持ちなんだろうか。
あの辺りは貴族の別邸とか大商人の屋敷が建ち並んでいる筈だがな。
「分かった。 そう言えばマリンの両親って何をやってるんだ? お前の感じからして軍の関係者か何かか?」
どう見ても貴族や商人の娘とは思えねぇんだよな。
「えっ? 話した事があったと思いますが、忘れてしまったのでありますか? 酔った拍子に色々と聞かれて答えたのですが……」
普段あんまり話さない俺が色々聞くくらいだからかなり酔ってたんだろうな。
「済まねぇ…… 記憶にねぇ」
全くと言っていい程覚えてねぇぞ。
一体いつの話なんだ?
「珍しく私に色々と聞いてくれたので凄く嬉しかったのに……」
シュンとしたマリンが少し可哀想になり、ライリの時みたいに毛布で包んでやる。
「とっても暖かいであります! 気持ち良さで忘れる所でした…… 私の父はヨハン・ジーニアス準男爵と言います」
準男爵って言ったら俺がヴィッチから貰いそうになった爵位だったな。
確か身分は平民とか言う残念な爵位だったな。
「おいおい、準男爵の娘がなんで一兵卒なんかしてるんだよ?」
「準男爵と言っても領地もありませんし、身分は平民ですから他の貴族達と比べたら貧しい家です。 だから自分の道は自分で切り開こうと思い一兵卒として採用される道を選んだのであります!」
俺を見上げながらそう答えると最後にぺろっと舌を出しながら苦笑いを浮かべるマリン。
不器用だが真面目な奴なんだよな。
その辺りが俺がコイツを気に入っている一因なんだけどよ。
「良いんじゃねぇか? マリンらしくてよ。 俺は好きだぜ、そう言う考え方」
嬉しそうに頭を俺に預けていたマリンが指を指して俺に知らせたのが、どうやら実家らしい。
おい、さっき貧しい家だと言ってなかったか?
とんでもねぇ豪邸があるんだが…… ここかよ。
「おい、マリン…… ここなのか?」
そこには王宮みてぇな豪邸が存在していやがった。
その豪邸の前に馬車を停めると門番みたいな奴らが駆け寄って来るのが分かる。
「流石はジーニアス邸ですね。 領地を持たないけれど金融業で裏から王国を支配しているとまで言われている名家ですものね」
『貴族の多くがジーニアス家に借財があり、頭が上がらないと聞いていますわ』
ヴィッチとクレアが幌馬車から顔を覗かせて豪邸を眺めていた。
コイツらはマリンの実家の事を知ってやがるのか?
「何だよ、お前らは知ってたのか?」
まぁ、ヴィッチは元侯爵だし、クレアは王宮付きの侍女だったから知っててもおかしくはねぇのか……
『ご主人様も以前にマリンさんから聞いていた筈ですが。 その時はかなり酔っておられましたけど、何やら"こりゃあ、逆玉だぜ!"とか喜んでましたよ』
「あの日は確かアンナさんやライリさんは早くに寝てしまった日でしたわ。 "こりゃ、怒られずにたらふく飲めるぜ"と言ってましたけど……」
クレアやヴィッチが言う話が嘘とも思えねぇが、本当にさっぱり覚えてねぇぞ。
クレアが憑依していた訳じゃ無さそうだしな。
「その時に"そんな大金持ちになれるなら娘婿になっても良いな"って言ってましたから、父には旦那様の言葉を手紙で知らせてあります」
な、何だと…… ちょっと待てぃ!
駆け寄って来た門番が馬車の前に跪く。
「お帰りなさいませ、マリンお嬢様。 王都の門兵から早馬で報告を受けて、お父上が盛大な出迎えの準備をしてお待ちかねです」
俺達が王都に着いた事を既に掴んでいるとは随分と手際が良いな。
「ようこそジーニアス邸へお越し下さいました、旧侯爵領の英雄にして時期御当主様!」
時期御当主とか言ってるが、やっぱり俺の事だよな。
全く次から次へと色々ありやがるな。
今回は俺の酒癖の悪さが招いたみたいだが……
こんな状態になってもライリとアンナが未だに姿を見せないのはどうしたんだよ?
それが一番怖いのは俺の気のせいじゃないだろう。




