第73話 母は何でも知っている!
怒熊を倒した俺達は討伐証明部位や素材として高額で売却出来る部位の選別を師匠に任せて先へと進む事にした。
出来る事なら雪が降り出す前に旧侯爵領へと戻りたい手前、あまり時間をかけていたくは無いからだ。
そして二日目の夕方に漸く目的地の村へと到着する。
「おいおい、田舎ってのは実は時が止まってるじゃねぇか? 昔と比べて全く変わってる感じがしねぇんだがよ……」
チラッと横目で通りを見れば婆さんがベンチに腰掛けて町並みを眺めているんだが、あの婆さんは十数年前に町を飛び出す時にもあの場所に座ってた気がするんだが…… まさか置き物じゃねぇよな?
うおっ、婆さんがコッチを見やがった。
ちゃんと生きてるな。
「ねぇ、もう着くのかしら? 緊張して来たんだけど……」
アンナが幌を捲って御者席へと顔を出す。
そこまで緊張する事もねぇと思うんだがよ。
「ああ、着くって言うよりも着いたぜ! あの赤い屋根の家が俺の実家だ」
「やっと着いたのですね。 義父様や義母様にお会い出来るのが楽しみです」
隣に座っているライリが嬉しそうに実家を眺めているのに対してアンナは溜め息を吐いていた。
十数年前ぶりだが…… あの頃とちっとも変わってねぇな。
家の前に馬車を停めると家の前の木に馬を繋いでおく。
馬房なんてもんはねぇからな、後で庭にでも放しておくか。
馬の嘶きが聞こえたせいか、気が付くと玄関からお袋が顔を覗かせていた。
「あらあら、やっと来てくれたのね。 久しぶりね、アンナさんにライリちゃん。 私がこの子の母親だなんて驚かせちゃったかしら?」
相変わらず呑気な性格だぜ。
「義母様、お久しぶりです。 あの時はご主人様のお母様とはつゆ知らず大変失礼を致しました」
お袋はペコリとお辞儀をするライリに早足で近寄ると腰を下ろしてギュッと抱き締めていた。
「ああ、本当に可愛らしい子ね。 この子が私の娘になるなんて夢みたいだわ」
何だか随分と嬉しそうだな。
まぁ、ウチの子供は男の俺一人だけだったからな。
小さな女の子なんか可愛くて仕方がねぇんだろうよ。
「お久しぶりです、アンさん。 いえ、義母さんとお呼びした方が良いでしょうね」
アンナもお袋のいきなりの行動に驚きながら声を掛ける。
「アンナさんも良く来てたわ。 私に会いに来てくれたと言う事は、漸くこの子にプロポーズして貰えたのね。 うふふっ、どうかしら? 見たがってた親の顔は?」
アンナが気にしてた奴か…… 言われて気まずそうな顔をしてるぜ。
「うっ、優しそうな顔で安心しました。 あの時は失礼な事を言って申し訳ありません!」
最敬礼で腰を曲げて謝罪する程の事じゃねぇだろうが……
「あらあら、いいのよ。 私ったらダメねぇ、もう娘がいっぱい出来るのが嬉しくって…… そうなのでしょう? アナタは昔から大事な事になると選べない子だったから全員を選ぶと思っていたのよね」
チッ、何もかもお見通しかよ。
「ああ、恥ずかしい話だが母さんの言う通りになっちまってよ。 アンナとライリは知ってるみたいだから他の奴を紹介するぜ。 まず最初に……」
「ヴィッチさんにマリンちゃん、それにクレアさんでしょ」
紹介しようとする俺の話を遮って他の奴らの名前を呼んだ事に驚く。
「ヴィッチさんは元侯爵様で五人の結婚相手を亡くして女郎蜘蛛って呼ばれていた方ね。 でも安心しなさい。 今度の結婚相手は当たりよ、幸せになれるのは私が保証するわ」
「マリンちゃんはハイランド王国軍軽装歩兵団第三師団先遣隊に所属していたのよね。 軍を抜けた事はちゃんとご両親に報告しなければいけません。 今のままじゃ心配させるだけなんだからダメよ。 私からの可愛らしい娘へのお願いだと思って聞いて欲しいわ」
「クレアさんは王宮付きの侍女さんだった方ね。 私が幽霊のアナタを見る事が出来るのを驚いたかしら? 私の家系はそう言う人が多いのよ。 だがらウチの子にも最初から見えたでしょ。 成仏しなさいなんて言わないから、満足するまでウチの子と過ごすといいわ」
おいおい、何でそこまで知ってるんだ?
「母は何でも知っている! なんて冗談は通じないかしらね…… 私はウチの人と結婚する前は軍の諜報部隊に所属していたのよ。 あの人には内緒にしている過去だから、言わないで貰えると嬉しいわ。 昔とった杵柄ってところかしら…… そうね、ライリちゃんがウチの子の家で働き始めた頃から気になって色々と調べてみたのよ」
諜報部隊に所属とかお袋の奴は一体何者なんだよ! だが道理で色々詳しい訳だよな。
「そうそう…… ヴィッチさんが裏で手を回して殺そうとした乗り合い馬車の御者の青年は私が助けて逃しておいたから安心なさい。 あの事がアナタ達の間でシコリになっていた筈でしょ? 彼は今頃故郷の村で働いていると思うわ」
ヴィッチが驚いて口を手で塞ぐと涙を流して俯いていた。
そうか…… アイツは生きてるのか、良かったぜ。
自分の身を犠牲にして誰かを守れる優しい奴だったからな。
「ご主人様、その話は……」
ライリには話さなかったからな。
悲しませたく無かったしよ。
「ああ、本当だ。 男爵位を授けるって会見の時にヴィッチから聞いたんだが、とてもライリには言えなくてな…… 済まん。 それをヴィッチの口から聞いた時は怒りに我を忘れちまってよ、あの時にクレアが止めてくれ無かったら、きっと俺はヴィッチを殺していたと思う」
貴族殺しは大罪だからな。
乗り合い馬車を襲わせたって言う罪があるから死罪にはならなかったかも知れねぇけど、今の幸せは無かったかも知れん。
俺の話を聞いたヴィッチがクレアを見て頭を下げていた。
「さぁさぁ、立ち話も何だから家に入りなさい。 そうそう…… 今ウチの人は釣りに出掛けていて留守だから安心しなさい」
俺に向かってウインクなんかするんじゃねぇ。
「もう娘が五人も出来るなんて幸せね。 本当だったら一人だけなんだもの。 グッジョブ!」
更に俺に向けて親指を立ててやがる。
相変わらず明るくて優しい性格してるが、本当に頑固親父の何処に惚れたんだかな。
「今夜は泊まって行くんでしょ? だったら今夜は六人でガールズトークに花を咲かせましょうね。 アンナさんとヴィッチさんはお酒は飲める筈ね」
ガールじゃねぇのが混じってるが…… それはいいのかよ?
しかも飲み会に突入しそうな雰囲気だしよ。
それにしてもお袋の奴は本当に嬉しそうだな。
三人で暮らしている時はあそこまでハイテンションじゃ無かったからな。
「アナタはあの人とちゃんと話し合う事がある筈でしょ? お酒でも飲みながら男同士ゆっくり語り合うといいわ」
お袋が声のトーンを下げて真面目な感じで俺に言ったのは、今回こんな遠くまで俺達がやって来た目的でもある訳だよな。
喧嘩にならないように気をつけなきゃならんのだろうが…… 俺には自信がねぇよ。




