第70話 似顔絵の秘密
真新しいメイド服に身に纏ったライリは鏡に映った自分の姿を見て驚いていた。
「これが…… 私?」
長く美しいプラチナブロンドは湯を沸かして洗った後に昨日露店で購入した櫛で念入りに梳かしてある。
それを後ろで一纏めに縛っている可愛らしい色合いの紐も一緒に購入した物だった。
「ライリお姉ちゃんキレイだね!」
「凄〜い、別人みたい!」
集まって来た子供達が口々にライリの変わりようを見て褒め称えるのを見て孤児院の院長も目を丸くして驚いている。
「御免なさいねライリ。 貴女にばかり苦労をかけてしまい申し訳ありません」
院長は複雑な思いでライリを見ながら溜め息を吐く。
まだ幼いライリを働かせる事になった自分の無力さを感じずにはいられなかったからだ。
「いいえ、私に出来る事をするだけですから。 今日から研修に入る身ですけど雇い先が見つかれば、正式にお給料も頂けるので少しはみんなの暮らしも楽になると思います」
ライリは今日から一般常識を始めとし、礼儀作法や学問に至るまで習う事になると昨日の面接で侍女組合の組合長から説明を受けていた。
研修中も僅かだが組合から給金が払われると聞き驚いている。
それも仕事の内だと言う事になる。
「それでは…… 行って来ます!」
「いってらっしゃい、ライリお姉ちゃん!」
孤児院の皆に見送られて侍女組合に向かうライリの脳裏には昨日の帰り道で暴漢から自分を助けてくれた冒険者の男性の事が浮かんでいた。
出会うなら今の自分の姿で出会いたかったとしみじみ思う。
自分のみすぼらしい姿を名も知らぬあの人はどう思ったのだろうか?
今の姿を見たら似合ってると言ってくれるだろうか?
つい、そんな事を考えてしまうのだった。
それが彼女の心に生まれた初めての恋心だと言う事にライリはまだ気付いてはいなかった。
「おはようございます! 今日からお世話になるライリです。 どうか宜しくお願い致します」
侍女組合に着いたライリが皆に挨拶をしていると奥から組合長が現れる。
「まぁ、私の思った通りですね。 中々に似合っていますよ。 今日から研修に入りますが、しっかりと学び早く一人前のメイドとして働けるように頑張るのです」
ライリの可愛らしい姿を見た組合長は、ライリについては他の者には任せず自分の手で育ててみようと考えていた。
そうしたいと思えるモノを彼女が持っていると確信めいたモノを感じていたのだ。
「はい、宜しくお願い致します」
その日からライリの研修が始まり、二週間に渡り組合長直々の教育を受けたライリは同僚達が驚く程に礼儀作法や知識を身につけていった。
優秀な彼女にとって惜しまれるのは幼過ぎる事くらいだろう。
「わ、私の似顔絵を描くのですか?」
ライリは驚きのあまり声をあげる。
「ええ、侍女として雇ってくださる方々に見せるファイルに載せるのです。 文字だけでは伝わらない事もありますからね」
雇う側にとっては容姿も重要なポイントの一つになり、王侯貴族などは特に容姿に優れた女性を望む事が多い。
「私みたいな子供の似顔絵を載せて選んで貰えるのでしょうか?」
子供だと知られたら雇って貰えないのでは無いかと不安になるライリ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。 こう言う物は少し本物よりも美化して描くモノです。 貴女の場合は少し年齢を上に描いて貰うつもりです」
少し悪戯な顔を自分に向ける組合長を見て、堅そうな印象の彼女にもそう言う一面がある事を知ったライリは何だか嬉しくなるのだった。
そんな会話をしていると組合が契約している絵師が訪れて来たため、ライリは椅子に座らされ緊張した時間を過ごす事になる。
完成した自分の似顔絵を見たライリは5、6歳は歳上に見える事に驚いていた。
少し狡いとは思いながら、数年したら自分はこんな感じなのだろうかと未来の自分に思いを馳せてみる。
「あらあら、可愛く描いて貰いましたね。 早速ファイルに載せておきましょう。 早く仕事先が決まると良いですね」
出来上がった似顔絵を手にした組合長は事務所へと戻って行く。
「素敵な似顔絵をありがとうございました。 それと…… 無理なお願いを聞いて頂き申し訳ありません」
「嘘は描いていないよ。 あと数年したら間違いなく君はあの可愛らしい少女に成長するんだからね。 あの絵を長く使えると思えば良いだろう」
お礼と謝罪を述べたライリを見た絵師は微笑みながら、そう口にしていた。
その日で研修の終わったライリは明日からニ、三日の休みを貰っている。
溜まっている孤児院での家事をこなすつもりでいた。
自分がいない間に残っている子供達が協力して家事をこなしており、院長先生一人に負担がかからないようにはなって来ている。
後もう少しすれば子供達だけでも対応出来るようになるだろうと思える程だった。
休みが明けてからは侍女組合で事務の仕事を手伝いながら、雇われるのを待つ事になる。
翌朝は早くに起きたライリは子供達と一緒に掃除と洗濯を始める。
廃屋に近い孤児院の建物は奇跡的に雨漏りはしていないが隙間風は吹き込む酷い有り様だ。
だが自分達の大切な家なのだから、皆で一生懸命綺麗にしている。
お昼になり皆で質素な食事をしていると、慌てた様子の組合長が孤児院を訪れて来たためライリは驚く。
「ライリさん! 貴女の事を雇ってみたいと言う方が先程訪れたのです。 先方も初めて侍女組合をご利用される方で、まずはお試しコースのご利用ですが、気に入って貰えれば無事契約と言う運びです」
「いきなり決まるなんて思ってもみませんでした…… 気に入って貰えるでしょうか?」
似顔絵の件を思い出してしまう。
実際に会った際に文句を言われたりしないだろうか?
「それは私にも断言は出来ませんが、一生懸命に誠心誠意尽くして働いて見せなさい。 それなら貴女にも出来る筈です」
組合長の言葉に黙って頷くライリ。
「明日の朝、この紙に書いてある住所の家を訪れてください。 相手の方は冒険者の男性で留守がちな家の管理を頼みたいと言っていました。 住み込みも可能と依頼書には記載がありました」
冒険者と聞いたライリは以前出会った男性の言葉を思い出す。
漸く帰って来たのにベッドがカビだらけで床で寝なきゃならないと嘆いていた筈だ。
彼に限らず冒険者とは皆そうなのだろうかと思ってしまう。
「ありがとうございます組合長。 明日、その家を訪れて吉報をお届け出来るように一生懸命働いて来ます」
「ライリさん、その意気です。 しっかり尽くして差し上げるのですよ」
組合長が帰った後になってから、早くも仕事が決まりそうな現状に喜びと不安が入り混じった複雑な心境になるライリだった。
明日は一生懸命頑張ろうと気合いを入れる。
(優しい方だと良いのだけど…… どんな方かしら?)
夜になりベッドに横になりながらも、その相手が冒険者の男性だと言う事しか分からずにいる事から、色々と想像をしながら眠りに就いたのだった。
朝になってどうにも落ち着かないライリは時間よりも早いが昨日組合長から渡されたメモに記された住所の家を訪れる事にする。
「ここだわ…… 二階建てで庭もあって、もしかしてアレはお風呂? 個人でお風呂のある家なんて冒険者って儲かるのでしょうか……」
ライリの目の前に建つ家は中々にしっかりした一軒家だった。
庭にある白いベンチが可愛らしく思える。
この家の主人の趣味なのだろうか?
あのベンチに座り景色を眺めるご主人様にお茶を勧める自分を想像して思わず頬が緩む。
そして意を決して玄関に向かうとドアをノックするライリ。
だが返事は無い。
再びノックしながら呼び掛けてみたが反応が全く無いのだ。
「ごめんください。 侍女組合から派遣されて来たライリと言う者ですが… あの〜 お留守でしょうか?」
不安になりながら再び呼び掛けるとドタバタ走り寄る音が聞こえて来たためホッとしながらも騒々しい方なんだと思わず笑みを浮かべるライリ。
「済まない。 どうやら疲れて寝過ごしてしまったらしい! ライリさんだったよ… な…」
ドアが開き中にいた主人が現れたかと思えば自分では無く、彼女の遥か頭上を見ていた。
そして…… 目の前に誰もいない事に気付いた彼の視線がライリのいる下へと向けられて行き、二人の目が合う。
ライリは彼を見て驚きと喜びに胸が高鳴るのを感じていた。
あの時助けてくれた男性が目の前にいるのだから当然だろう。
「初めまして、私はライリと言います。 この度は私を指名して頂き、本当にありがとうございます。 では… どうか宜しくお願い致します!」
(この方がきっと私のご主人様になる)
ライリはそう確信していた。
どうやら彼はあの路地裏での出会いには気付いていないようだった。
その事を自分から言うつもりも無い。
あれがみすぼらしい姿で出会ってしまった恥ずかしく思い出だと言う事もあるが、秘密にしておきたい嬉しい思い出でもあるからだ。
ライリはこんな素敵な出会いをくれた神様に心から感謝するのだった。




