第7話 俺は無実だ!
習慣とは恐ろしい物で俺は朝早く起きる生活を送り続けていたら自然と時間になると目覚めてしまう体になっていた。
しかし時間になっても俺を起こしに来ないライリに違和感を感じて彼女の部屋を訪れると高熱にうなされているライリを目にする。
額に手を当てて確認してみるとかなり熱いようだ。
山葡萄狩りから帰った翌日に慣れない遠出をして疲れが出たのだろう。
俺はライリが熱を出して寝込んでしまった事に対して、もっと早くに気付いてやる事が出来たら良かったのにと思うのだった。
「かなり熱いな… こりゃすぐに冷やさなきゃいかんだろ」
俺は井戸から水を汲むとタオルを濡らしてライリの額を冷やしてやる。
かなり汗もかいているので顔と首周りを軽く拭いておく。
流石に服を脱がして身体を拭くのはマズイだろうしな。
何度か温くなったタオルを交換していた所でライリが目を覚ます。
「申し訳ありません… ご主人様… ゴホッゴホッ…」
「かなり辛そうだな… 大丈夫か? 風邪だと思うが治るまで安静にしていろよ。 こじらすと命に関わる事だってあるんだからな」
とにかく熱を下げないといかんな。
俺が良く怪我で熱を出す事があるから解熱の薬は常備している。
煎じて飲ませてやれば熱も下がるだろう。
「ちょっと薬草を煎じて来るから待っててくれ…」
そう言って椅子から立ち上がろうとした俺の手を握るライリ。
「行かないで下さい… 今は一人にしないで…」
熱にうなされて心細くなっているのだろうか、普段のライリならそんな事は口にしない。
仕方がなく、額のタオルを替えてやりながら彼女が落ち着くのを待つ。
少し楽になったのか眠りに就いた事を確認してから俺の手を握っていたライリの手を済まないと思いながらそっと剥がす。
そして急いで台所に行き、薬草を煎じてからライリの部屋へと戻る。
先程汗を拭いてやったばかりの筈が、また酷い汗をかいているのに驚いた俺は再びその汗を拭いてやる。
このまま寝かせておいてやりたいとは思ったが、薬を飲まさなければ改善する事は無いと判断して優しくライリを揺り起こす。
「あ、ご主人様… 何度も申し訳ありません」
「少し身体を起こせるか? これを飲んでから寝れば熱も下がって楽になるからな」
「はい… んっ……」
上半身を起こすのも辛そうな彼女の背中に手を当ててアシストしてやったが驚く程に軽い。
こんなに小さくて軽いのにあんなに働けるのかと感心してしまう。
椀に入った薬を飲み干すと再び横にさせ、すぐに眠りに就いたライリを俺は暫く見つめていた。
そう言えばライリの部屋にこうして入るのも初めてになる。
用があって部屋まで呼びに来た際などにチラッと見える事はあったが、女の子の部屋だからとなるべく見ないようにはしていた。
随分と可愛らしい部屋になるもんだよな。
窓にはレースのカーテンが取り付けられ、椅子にも熊のぬいぐるみが鎮座している。
ちなみに熊のぬいぐるみは以前依頼に出る前にお土産を持ち帰る約束をしたにも関わらず手ブラで帰って来たお詫びにと町で購入した物だ。
何が欲しいか聞いたら買い物に出た際に見かけた熊のぬいぐるみが欲しいと言うので買ってやったのだが、その際には服を着ていなかった筈だが今のソイツは服を着せられている。
ライリが作ったんだろうが随分と器用な事をするもんだ。
俺が依頼で家を離れている間、その熊のぬいぐるみを抱いて寝ているのを知るのは、ずっと後になってからになる。
「たまには洗濯でもしてみるか…」
普段ライリが井戸の側で洗濯しているのを眺めているから手順は分かるつもりだ。
俺しか居ない頃はタライの中に入れて適当にガシガシ洗っていたもんだが、ライリは服の材質によって洗い方を変えている。
まぁ、ライリの薄いブラウスを俺が力任せに洗えば簡単に破けてしまうだろうしな。
風呂場の脱衣場に置いてある洗濯籠を運び出して洗濯を始める。
「小さい服だよな… ライリの服は慎重にやらなきゃな。 破りでもしたら何言われるか分からんからんぞ。 んっ? こりゃ、ライリのパンツか…」
小さなピンクのパンツを手にした俺は、良くこんな小さいのが穿けるもんだと感心して眺めてしまう。
「アナタ… なんでライリちゃんのショーツを手にして固まってるの? 側から見たら変態よ!」
アンナか! 何しに来やがったって言うか、何時から見てやがった…
「何って… ライリが熱を出して寝込んじまったからな。 せめて洗濯くらいしてやろうかと思ってよ…」
なんかバツが悪いぞ。
「あのね、アナタに自分の下着を洗われたと知ってライリちゃんが喜ぶと思うの?」
アンナが溜め息を吐きながらダメ出しをする。
「たかが下着だろ… 何だよ、俺が洗ったらダメなのか?」
そんな恥ずかしいもんでもないだろうに。
俺のパンツだってライリが洗ってるんだぜ?
「本当に女心が分からない奴ね。 ライリちゃんも女の子なんだから… いいわ、私がやるから。 で、ライリちゃんはどんな感じなの?」
俺を退かせると腕まくりをして井戸端に座り込むアンナ。
「今は解熱薬を飲ませて二階の部屋で寝かせてある。 汗が酷くてな… 顔と首元までは拭いてやったんだが、それより下は流石にな… 後で頼めるか?」
「親切心で寝ているライリちゃんを脱がして拭いたりしなかったのは偉いわよ。 そんな事したら彼女立ち直れなくなるわ」
それくらいは俺だって分かるわ。
「そうそう、昨日のお礼にパンを焼いて来たのよ。 台所に置いて後で食べて頂戴。 あ、ライリちゃんの食事はどうしたの?」
「まだ食える状態じゃないからな、熱が下がったら何か食わせるつもりだ。 そう言えば汗をかいてるから何か飲ませてやらないといけないな」
既に洗濯を始めたアンナが色々と聞いて来る。
やっぱり手際が良く、次々と片付いて行く。
「そうしてるとまるで嫁さんみたいだよな」
俺の何気なく言った言葉にアンナの動きが止まり、急にギクシャクして手際が悪くなったのが分かる。
何だよ、そんなに変な事言ったのか俺は?
「先にライリの様子を見て来るよ。 それとパンありがとな。 お前の焼いたパンは美味いんだよ、食うのが楽しみだぜ」
「そ、それは良かったわね。 気が向いたらまた焼いて来るわ。 これが終わったら私はお粥でも作るから、アナタはライリちゃんをよろしくね」
(この馬鹿、さっきから随分と私の心を乱してくれるわね。 もう… 嬉しくてしょうがないじゃないの)
俺はパンが入った籠を台所に置くと二階にあるライリの部屋へと向かう。
熱冷ましの薬草を煎じた際に余った湯冷ましをコップに入れて行くのを忘れ、一度戻ったりもしたが…
ライリは相変わらず寝ていたが先程より顔色も良い気がするし、汗もだいぶ引いたようだ。
「おっ、熱も下がったみたいだぜ。 薬が効いたんだな」
額にはタオルを当てていたから首元を手の甲で触れて確認しているとライリが目を覚ます。
「ご主人様… なんだか恥ずかしいです…」
熱っぽい潤んだ瞳で言われたりしたもんだから思わずドキッとしてしまい慌てて手を引っ込める。
おいおい、相手は小さな子供だぞ… ゴクリと唾を飲む。
「熱も下がったみたいだし、汗も拭かないといけないな。 気持ち悪いだろ?」
首元に手を当てて見た時にベタ付きがあるのが気になっていた。
アンナが来たら早めに拭いて貰うか。
「はい… 夜着が身体中に貼り付いているみたいで気持ち悪いです。 ほらっ、こんな感じに足にも貼り付いちゃってます」
ライリが掛け布団を捲ると薄手な夜着が汗で肌が透けて見える程だった。
どんな感じか貼り付いている裾を少し引き上げてみると、ツルツルした脚が姿を現わす。
「こりゃあ、風呂入った方が早いかもな…」
アンナに一緒に入って貰うかなどと考えているとガチャリとドアが開く。
「洗濯は終わったわよ。 お粥なんだけど… ア、アナタ… 何やってんのよ!」
ライリの夜着の裾を摘んだまま考えて込んでしまった俺をアンナがワナワナした表情で見ていた。
ハッと思いライリを見ると両手で顔を覆って恥ずかしそうにしている。
「い、いや! 違うんだよ。 ライリが汗をかいててな……」
「この… スケベ!」
パァーン!
アンナが振り上げた平手が俺の頬を捉え、大きな音がライリの部屋に響き渡る。
誤解だ…… 誰か助けてくれ!