第68話 母の影
「最後にお前に会ったのは十年以上前の筈だったな…… 弟子にしてくれと押しかけて来たと思えば急にいなくなりやがって、全く図体だけは大きくなっても中身はガキのままだったからな。 少しはマシになったんだろうな?」
野営をしていた俺達の前に現れたのは俺が良く知る初老の男性だった。
酒瓶を片手にフラフラとやって来やがったが、口も悪ければ態度もデカイのは相変わらずだぜ。
俺はコイツに戦い方を教わったが尊敬なんかはしてねぇぞ。
酒と女が大好きで悪い大人の見本みてぇな男だからな。
「ご主人様、この方はお知り合いなのですか?」
さっきから黙ったままの俺の様子が気になったのか、ライリが奴に関して聞いて来たが、お前には一番会わせたくない人物だったんだが……
本当に自堕落を絵に描いたような男だからな。
「ああ、俺に戦い方を教えてくれた師匠みたいなもんだが…… 酒や女に目が無くてよ、早い話がろくでなしだよ。 俺が何度ひでぇ目に遭ったか分かりゃしねぇ」
酒屋の取り立てや水商売の女との喧嘩の仲裁とか思い出すだけでも嫌になるぜ。
俺の話を聞いて溜め息を吐くライリ。
奴のダメさ加減を分かってくれたのか?
「初めてまして、私はご主人様にお仕えするライリと申します。 今の話を聞き、ご主人様が今あるのは間違いなく貴方の影響だと確信しました。 色々と思う所はありますが、私がご主人様に巡り会えたのは貴方のお陰だと感謝を申し上げます」
おいおい、何か含みのある言いようだな。
俺が奴の影響を受けているみたいじゃねぇか。
「酒好き、女好きとか…… まるで誰かさんみたいよね。 アナタの師匠って事は戦い方まで一緒なんでしょ?」
アンナまで何言ってやがる。
俺をコイツと一緒にするんじゃねぇ。
「で、お前は一体何しに帰って来たんだ? 十数年間も家を飛び出したのに今更家族ヅラして会う資格があるとでも思っているのか?」
畜生…… 痛い所を突きやがって……
師匠の言う通りなのは当然分かってるさ。
それでも会わせてやりてぇのはダメなのかよ。
「親父に殴られる覚悟は出来てるよ。 お袋は泣かせちまうだろうがな」
全部俺のせいだからな。
俺を馬鹿にしたような顔で見ていた師匠が深く溜め息を吐く。
「大剣使い、竜殺し、更には侯爵領の英雄とか呼ばれていたそうだな…… 全部アンの奴から聞いたぜ。 お前は知らなかったろうが…… アンはお前を心配して年に一度は侯爵領を訪れてやがったからな」
「ちょっと待ってよ! その人を私は知ってるわ…… 何回か冒険者ギルドに訪れて来てたのよ。 何でも死んだ息子にアナタが似てるからって話を聞きに来ていたわ」
何やらアンナが焦り気味に口にしたのは、俺が全く知らない話だった。
「おいおい、そんなの初耳だぞ! 最後に侯爵領に来たのはいつだよ?」
「アナタが侍女組合にライリちゃんを取り戻しに行った日よ。 素敵な場面を見たと言って嬉しそうにしてたわね……」
待ってくれ…… よりによってあの日かよ。
俺は座り込んで頭を抱えていた。
全く気付かなかったぞ。
「実は私も…… その方にお会いした事があります。 『感動しましたわ、どうかお幸せに』と、ご主人様が離れている際に話しかけられました。 名前はアンと名乗っていましたから……」
ライリにもかよ! お袋の奴は何してやがるんだよ!
「あれがお義母様だったのですね。 とても優しそうな素敵な方でした」
嬉しそうに語るライリに対してアンナの奴は、ちょっと様子がおかしいんだが……
この世の終わりが来たかのような顔をして、その場に崩れ落ちたぞ。
「私はお義母さんに散々アナタの愚痴や悪口を言っちゃったんだけど…… 挙句の果てに親の顔が見てみたいとまで言った気がするわ。 ……最悪よ」
「お前…… 人の事をそんな風に言ってやがったのかよ」
まぁ、精神的に追い詰められていた時期だったから仕方ねぇか。
何かヴィッチやマリンまで黙ったまま俯いてるんだが心当たりがあるとか言うんじゃねぇだろうな。
チラッと見ればクレアまで様子がおかしいんだが、まさか幽霊とまで接近遭遇はしてねぇよな。
「親の心子知らずとは良く言ったもんだな。 この親不孝者が!」
師匠の一喝が荒野に響き渡る。
確かに返す言葉もねぇよ。
だからこそ会いに行くんだろうが、俺みたいのでも家族が持てるんだって伝えて安心させてやりてぇんだよ。
「そんな事はこの際どうでもいい! アンタはこんな場所で何をしてやがるんだ?」
腰に剣は吊るしているが酒瓶片手に散歩してるみたいにフラフラしてやがってよ。
「そりゃあ、討伐依頼があったからだよ。 この辺りに出没して旅人を襲う怒熊を退治してくれってな」
「おい、それって…… 巨大な奴か?」
「ああ、今までに聞いた事の無いくらいのな」
巨大な奴に村が襲われて全滅したって話を聞いた事があるぜ。
怒熊は凶暴で危険なだけじゃ無く狡賢いからタチの悪い奴だ。
「大きな熊さんですか?」
ライリが興味津々で聞いて来たが、どうやら完全に勘違いしてるんだろうぜ。
お前が大事にしてる熊のぬいぐるみとは全く別の存在だからな。
「焚き火が見えたから旅人が襲われないかと心配して来てみれば、偶然にもお前達だったと言う訳だ。 丁度いい、手を貸せ! それなりに出来るようになったんだろう? それともアレはただの噂だとか言わねぇだろうな」
師匠が俺に詰め寄って来やがった。
確かに一人で相手をするには厄介な奴だろうからな。
普段の俺ならそんな危険な奴を放置しておくつもりはねぇが、今はライリ達が傍にいるんだぜ。
俺の大切な家族を危険に巻き込む訳にはいかねぇんだよ。
どうすりゃいい?
判断を間違えてカイル達の時みたいな事だけは避けなきゃなんねぇんだ。
「ご主人様、戦ってください! そして私達も守ってください。 ご主人様になら… それが出来るって信じています。 そして私の元へ無事に帰って来てください。 信じて待ってますから……」
ライリが俺を真っ直ぐな瞳で見詰めている。
他のみんなも俺を見て、ただ黙って頷いてくれる。
「その嬢ちゃんの方がお前よりも根性が座ってるじゃねぇか。 お前には勿体無い、とびきりの良い女だ」
女には目が無い師匠のお墨付きかよ。
流石はライリだぜ。
「仕方ねぇな、やってやろうじゃねぇか!」
見せてやるぜ、お前達が惚れた男の勇姿をよ!




