第64話 ヴィッチの行方
「ねぇ、本当に良かったの? 報酬を貰わなくて。 家計が苦しくなりそうって言ってたのに」
公爵領での骸骨戦士の討伐依頼だったが結局の所、俺が解決した訳じゃねぇからな。
自分の最期を看取ってくれたシャルロットに渡した筈の形見の槍を取り戻し、再びシャルロットに手渡したカイルの奴は満足して自ら消えて行ったんだからよ。
そうなれば報酬を貰える筈がない。
それでもと言ってくれた公爵の好意を断わっていたのがアンナには不満のようだった。
「本当に男って馬鹿な生き物よね」
随分な評価じゃねぇかよ……
瀕死の重傷を負った時のカイルの最期がどうだったのか気になっていた俺はシャルロットに聞いてみたんだが、幼い頃の記憶が曖昧で憶えてないと言われちまった。
ただ憶えているのは「君ともっと早く出会いたかったなんて気持ちをアイツ知られたら、きっと笑われるだろうな」と言う自虐めいた言葉だったらしい。
安心しろよカイル…… 俺は笑いやしねぇよ。
お前は懸命に看護してくれた幼いシャルロットに惚れちまったんだろ?
俺にはお前の気持ちが痛い程分かるからな。
公爵も自分の行いが今回の騒動の引き金になった事を知って反省しているらしく、シャルロットが名槍ラースフィアを所有する事をあっさりと認めている。
一方で名槍を手に入れ損ねたライナスの奴は両肩の傷の具合が思わしくないらしく、どうやら現役を引退するそうだ。
まぁ、その方がアイツのためじゃねぇかな。
あそこまで情けない奴は見た事もねぇよ。
騒動が落ち着いた事で俺達は家路へと着く事にしたんだが、俺はもしかしたらシャルロットが付いて来るんじゃねぇかとドキドキしていた。
だがそれは俺の杞憂に過ぎず、いつかアンナに会いに行くからとの約束だけに留まったことにホッと胸を撫で下ろしている。
「まぁ、こう言う事もあるだろうよ。 早く帰ってみんなを安心させてやろうぜ」
「アナタが安心させたいのはライリちゃん一人なんじゃないの?」
「そんな訳ねぇだろ」
うっ、なんか引っかかる言い方をしやがるな。
どうも最近様子が変だな…… 自棄になってる気がするのは結婚を意識して何だろうぜ。
ライリが大人になるのを待ってから結婚って事になるとアンナは…… もう若くねぇからな。
約束しちまったからには叶えてやるしかねぇが、新婚家庭に他の女がワラワラといるって状況が想像出来ねぇよ。
貴族なら嫁さんが複数いたりするんだよな。
どんな生活を送ってるんだろうか?
ちょいと恥ずかしいが、帰ったらヴィッチに聞いてみるか…… いや、待てよ。
クレアでも良いんじゃねぇか、アイツは王宮付きの侍女だったんだから詳しい筈だ。
ちょいと聞いてみるとするか。
ライリは今頃何をしてるんだろな、早く会いたいぜ。
「えいっ!」
庭の片隅で箒を逆さに持つと、力一杯振り下ろすライリ。
ライリが持つ箒は背の低い彼女が使い易いように柄を短く切ってあるため、振り下ろすには手頃な長さになっている。
「あら、貴女は一体何をしているのかしら?」
誰かに見られていたとは思わなかったライリはビクッとして声のした方へと振り返る。
そこにはヴィッチが不思議そうな顔をして立っており、ライリは恥ずかしさから思わず箒を後ろに隠す。
もしも自分も戦えたならばご主人様と一緒に旅に出れるんじゃないかと思い、箒を振り回す姿を見られてしまったのだ。
「あっ、ヴィッチ様。 何でもありません!」
頬を赤らめた可愛らしいライリの姿に思わずヴィッチの口元が緩む。
心の奥を探り合う駆け引きをして過ごして来たヴィッチにはライリの気持ちが想像出来た。
(きっと貴女は大好きなご主人様の旅へ一緒に付いて行きたいと思っているのね、本当に可愛らしい)
「実は貴女に相談があるのです。 話を聞いて貰えませんか?」
ヴィッチも何もせず、この家に置いて貰うつもりは無かった。
進んで手を出した家事は散々な結果に終わっており、やがて慣れてこなせるようになったとしてもライリの仕事を奪う事になってしまう。
ならば自分には何が出来るのだろうかと悩んだ末の答えを出したのだ。
誰か役に立ちたいと思える自分の変化には正直驚いている。
そう思えるように自分を変えた彼の事が、今は恋しくて堪らない。
侯爵の地位と引き換えで手にした今の生活も悪くないと思うようになっていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様! アンナ様もお怪我が無いようで何よりです」
「ご無事の帰還、何よりであります!」
帰宅した俺達をライリとマリンが出迎えてくれたんだが二人共元気そうで良かったぜ。
嬉しくて仕方がねぇって感じだな。
依頼に失敗したとは言い難いぜ…… タイミングを見て話すとするか。
どうやら家も増築も終わったようで、嫌でも真新しい建物が目につく。
「へ〜 完成したみたいね。 部屋割りは話していた通りかしら?」
「はい、そのようにしておきました」
家事をするライリと家を守るマリンには一階がいいだろうと前もって話し合っていた。
だからヴィッチは来た時に充てがわれたままの元はライリの部屋で暮らすって事になる。
屋根裏部屋の小窓を見上げるとクレアが下を見下ろしながら小さく手を振ってやがる。
それに応えて頷いてやる。
「そう言えばヴィッチの奴はどうした? 姿が見えねぇが具合が悪いとかで寝てるとか……」
最近はお淑やかな女性って感じで口数は少ないが皆と一緒に過ごすようにしていたからな。
姿を見せない事に違和感を感じる。
「その事でしたらご心配には及びません。 お疲れの所かと思いますが、良かったら見に行ってみませんか?」
何処か他の場所にいるって事か?
一体何してやがるんだよ。
気になった俺はライリに誘われるまま荷物を置いて二人で家を後にする。
行き先は聞いても教えてくれず、後のお楽しみですと笑ってはぐらかされちまった。
アンナには少し休んだ後で良いからと荷物の片付けを頼んでおいた。
自分の部屋を貰えた事が嬉しくて堪らない様子のマリンもアンナの手伝いをすると張り切っている。
「やっとご主人様に会えてライリは嬉しいです」
俺に笑みを向けるライリを堪らなく愛おしく感じていた。
「ああ、俺も同じ気持ちだ。 ライリのくれたお守りのお陰で少しだけ気は紛れたが、やっぱり本人に会って話をしたいって思うからな」
恥ずかしそうに俯くライリ。
「お役に立てたなら嬉しいです。 でも私は凄く寂しかったのですよ。 結局、婚約指輪も色々な騒動があって頂けませんでしたから…… やっぱり何かご主人様との証が欲しいって思ってます」
本気でそう思ってるようで俺を真剣な表情で見つめていた。
そうだよな…… ダスト伯爵の件でうやむやになっちまってたからな。
冬が来る前に何とかするしてやりたいが…… 三人分になるか…… いや、マリンだけにやらないのも可哀想だし四人分になるか。
鈍い俺でもアイツの気持ちには気付いている。
真っ直ぐに俺だけを見てくれるからな。
無償の愛って奴か? 見返りを求めて来ないから逆に悪い気がして来るんだよな。
帰って来たばかりだが…… こうなったらアイツらのために、どうにかしてやるか。
「分かった。 今度こそ延期は無しだ。 他の町に行かなくても良ければ、明日一緒に買いに行こうぜ」
「はい…… 凄く嬉しいです」
ライリが喜んでくれるなら何だってしてやりたいからな。
ライリだけに贈るんじゃないのは勘弁してくれよ…… ライリにだけ買ってやったなんて知られた時を想像しただけでも恐ろしいからな。
他の奴らにも今夜話しておくか。
きっと喜んでくれるだろう…… と思いたい。




