第61話 獲物を狩る目
「おい、本当に何で伯爵領なんか遠方の依頼を受けたんだよ! わざわざこんな遠くに来なくても他に依頼はあったんじゃねぇのか?」
「……別にいいじゃないの。 報酬も良かったし、家からも遠いし……」
遠くに行きたかったのか? 良く分かんねぇ奴だな。
取り敢えず冬が来る前に部屋不足の件は何とかしようと建築業者に一階に二部屋分の増築を依頼しているから、俺達が帰る頃には完成している筈だ。
更に火事を懸念して離して建てられている風呂場へと行くには外を歩かなければならず、雨の日など困っていた。
それで風呂へと繋がる渡り廊下の設置も一緒に頼んであるから今後は楽になるだろうぜ。
俺の家とは別件だがライリが育った孤児院の改築工事も粗方進んでいる。
だから帰った頃には、そっちも完成しているんじゃねぇかな。
「まぁ、俺達が居なければ増築工事が終わるまでの間に寝床が確保出来るから日数がある程度かかるのは丁度良かったんだがよ」
そう言えば家を出る時にライリの奴が可愛らしい小さな袋をくれたが中身は何なんだろうな。
"私と会えなくても寂しくないように"と言っていたが…… アンナの目の前で開けるのも何だよな。
「それなら良かったじゃない。 今夜は依頼のあったスケルトンウォーリアー退治なんだから、今の内に少し寝ておきましょうよ」
「まぁ、そうだな。 アンナの言う通りに寝ておくとするか」
公爵の屋敷に案内された俺達は来客用の部屋を充てがわれていた。
寝室も数部屋あるかなりの広さを誇り、多分来客が家族で訪れた場合を考慮しているんだろう。
取り敢えず、寝室へと向かう事にした俺の後を当然の事のように一緒について来るアンナ。
「何でお前がついて来るんだよ?」
寝室が一つしか無いならまだしも、数部屋もあるんだからな。
何も狭い思いをする事はねぇだろうが。
「ふ〜ん、ライリちゃんとは一緒に寝てるのに私とは寝れないって言うの? 正直な話、昔は恋人として愛し合った仲でもあるのにね……」
嫉妬の眼差しで俺を責めるアンナ。
随分と昔の話だろうが…… それにライリと寝てる事に気付いてやがったのか!
コイツは一体いつから気付いてたんだよ。
「流石に冷え込んで来たからな、一緒に寝かせて欲しいと頼まれて無碍にも出来ねぇだろうが……」
それ以上の事は言えねぇよな。
最近じゃ、愛してるとか口にしてるなんて……
「ライリちゃんと同じ婚約者としての立場から言わせて貰うけど、一人だけを贔屓するって許せないから!」
確かに最近はライリと距離が縮まって来てる気がするが、それも自然な流れだしよ。
アンナとだって今は二人っきりで遠く離れた場所に来てる訳だしなぁ…… 蔑ろにはしてないつもりなんだが。
「……ねぇ、ちゃんと私の事も見てよ。 もう十年以上、アナタの事だけを思っているのに…… これじゃあんまりじゃない! 私は冒険者ギルドでアナタに初めて出会った時に、私の事を可愛らしいって言ってくれたからアナタの事が気になって、その後もずっと一緒にいる内にどんどん好きになって行ったわ。 男ならちゃんと責任取りなさいよ!」
瞳に涙をいっぱい溜めたアンナが俺を睨んでいるが構わねぇさ、俺は睨まれても当然の情けない奴だからな。
俺はいつもそうだ…… 好きになった奴に嫌われるのが怖い、ただの意気地無しなんだよ。
そしてアンナから目を逸らしてしまう俺に対して彼女が口にしたのは思ってもいなかった言葉だった。
「……まだカイルを見捨てて逃げようって言った私の事を恨んでいるんでしょう? 血も涙も無い酷い女だって思われても当然よね。 そうよ、私はアナタさえ無事だったら良かったの! みんなには悪いけど…… アナタさえ生き延びてくれたら、私だって死んでも構わなかったわ!」
違う! それは違う! 悪いのは俺だ!
「何言ってんだ? アレは全て俺の愚かさが招いた結果だ。 俺が奴らを殺したんだ。 だからお前は何も悪くないだろうが、俺のせいで一度は冒険者としての道を絶たれたんだからな」
アンナは利き腕になる右腕の腱を切る大怪我をしたんだぜ。
恨まれるのは俺の方だろうが!
「だったら、どうして私から離れて行ったのよ! 一番傍にいて欲しい時にいてくれなかったじゃない!」
「俺が傍にいたら…… お前は片手が使えなくても冒険者稼業に戻って来ちまうだろう。 俺は今度こそ、お前を死なせちまうかも知れねぇって怖かったんだよ。 だがら冷たく当たって距離を置いてお前が諦めてくれるのを待ってたんだ。 お前が冒険者ギルドの受付嬢に就職した時は安心したよ。 これでもう危険な目に遭う事は無いんだって思ってな。」
「だから私がギルドに勤め始めてからアナタは冒険者に復帰したの? 私が働き始めてからアナタが何度かギルドの入口から覗いてたのを私は気付いてたのよ。 でも何も言わないでアナタが去って行くのを見て私は嫌われているんだと悲しかったわ」
気付いてやがったのか。
そっと覗いていたんだがな。
「そうだよ、そうでもしねぇと頑固で強情なお前は俺に付いて来ちまうからな。 左腕一本で生き抜ける世界じゃない事はお前も良く知ってるだろうが」
俺を助けるために右腕を失いながらも戦って死んで行ったダーナの事を思い出す。
「馬鹿…… 馬鹿! 本当に馬鹿! 最低の馬鹿よ! そんなの言ってくれなきゃ分かんないじゃない! 私が今までどれだけ悩んで泣いたかアナタは知らないでしょう! この馬鹿野郎!」
どんだけ馬鹿を連呼しやがる…… ああ、どうせ俺は馬鹿だよ。
いつもお前を泣かせちまう馬鹿野郎だ。
アンナが泣きながら俺の胸に飛び込んで来たんだが、その勢いで俺はベッドへと押し倒されちまう。
「おいおい、随分と強烈な愛のアプローチだな。 女が男を押し倒すか? これじゃ、立場が逆だろうが……」
起き上がろうとする俺をアンナが制する。
押さえつけている左手に込められている力には本気が感じられていた。
「そうやって、すぐに茶化して誤魔化すのがアナタの得意な手だけど…… 今日ばかりは、その手には乗らないわ。 やっぱり私はアナタを心から愛してる。 それは絶対に生涯変わらないわ。 だからね…… 私はこの機会を逃すつもりは無いの。 アナタを私だけのモノにするのよ」
獲物を狙う獣のような目をしたアンナが俺を組み伏せている。
俺が本気を出せば簡単に跳ね除ける事は出来るだろうが、それを許さない何か絶対的な力が働いている気がしていた。




