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めいど・いん・はうす  作者: 池田 真奈
第一章 大剣使いの冒険者と小さな侍女ライリ
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第6話 アンナの思い

「ご主人様、朝ですよ。 起きてください。 今日は何の日だか分かっているのですか?」


毎朝決まった時間に我が家のメイドに起こされているんだが… 今朝は少し… いや、かなり早くないか?

ラミアを倒した俺は暫くはゆっくり過ごそうと思っていた。

最近は大物を仕留める機会にも恵まれていたから我が家の財政状態も良いし、何よりも新しく就任した小さな財務大臣に任せておけば何の問題も無いだろう。


帰宅した日の夜にライリから近くの山に連れて行って欲しいと頼まれており、今日がその約束の日になるのだ。

何でも美味い山葡萄がなっている場所があると誰かに聞いたらしい。

珍しいライリからのお願いだから叶えてやりたいと思うのは自然の流れだった。

どうも仲良くなった友達も連れて行きたいと話していたから子供を連れた引率者みたいになってしまうが仕方がない。





「おい、何でお前がライリの友達なんだよ…」


ライリの友達を家で待っていた俺の前に現れたのは昔パーティを組んでいた事もあるアンナだったからだ。

今は冒険者ギルドの受付嬢として働いている。


「あら、おかしいかしら? ライリちゃんを放ったらかして帰って来ない誰かさんの心配をして、彼女が毎日ギルドに顔を出しているんだもの。 仲良くもなるのも当然よ」


相変わらず痛い所を突きやがるなコイツは…

俺はコイツには口じゃ敵わない事を、遠い昔に既に経験済みだ。


「おはようございます、アンナ様! 今日は天気にも恵まれた冒険日和ですね」


冒険だと? あの山に登るのがか…

それに… アンナ様かよ、フッ… 似合わん。


「何よ…… ご主人様って呼ばれてニヤけてるアナタに私が笑えるのかしら?」


確かに笑えんな… たがニヤけてなんかいないつもりだ。


「ご主人様にアンナ様。 夫婦喧嘩はそのくらいにして、そろそろ出発致しましょう!」


「「誰がこんな奴と!」」


ライリの言葉に見事に息の合うハーモニーを披露する俺とアンナ。

"ほぉ〜ら、やっぱり"って感じの笑みを浮かべているライリ。

アンナも黙ってないで何か言いやがれ…

…って、おい! 何でお前が頬を赤らめてやがるんだよ、こんな子供に揶揄われやがって… 調子が狂うだろうが。


元々軽いピクニック気分でいるライリ達とは違い俺は思う所もあり、普段着込んでいる革鎧を身に付けて大剣を背負う。

前みたいな事だけは絶対にゴメンだからな。

良く言う若気の至りってヤツだろう。

自分の力を過信して粋がった結果、取り返しのつかない後悔をする事になったのだから。


「あらあら、自慢の大剣を持って行くの? そんなに気合い入れなくても良いのに… あの近くの山でしょ?」


アンナの視線が町の近くにある山に向けられている…… 確かにそうなんだが、俺はもう絶対にあんな後悔はしたくないんだ。

だがライリの事を心配した冒険者ギルドの奴らが先に山へと入り危険な獣を排除していたと言う事を俺は知らなかった。

山道にはぬかるんだ道でライリが転ばぬようにと所々に手で掴むためのロープが張られ、急斜面にはご丁寧に木材を使って階段まで作られていたのだ。

到着した俺は山を登り始めてから、その事に気付いて驚くのだった。





「ライリは用意した驢馬に乗ってくれ。 アンナじゃ驢馬には乗れんよな…」


てっきりライリの友達だと言うから子供を想定して二頭の驢馬を用意していたのだ。

女性だが背も高く程良く豊満な身体つきをしているアンナを乗せて山道を行けば驢馬も悲鳴をあげる事だろう。

ムッとした表情で俺を睨むアンナだが事実なのだから文句は言えないようだ。


「私は歩くわよ。 最近は身体も鈍って来てるしちょうどいい機会だわ」


軽くストレッチをしながらアンナが答える。

アンナも昔着ていた懐かしい革鎧を着込んで来ており俺と同じく油断はしていないようだ。

受付嬢になってからも手入れはしていたって事か…… 流石に以前愛用していたブロードソードは扱えず小剣を一振り腰に差していた。

何かあれば腱の切れた右腕では無く、左腕で使うのだろう。

俺がそんな機会を作るつもりは毛頭無いがな。


「私だけ驢馬に乗るなんて… いいのですか?」


正直言って幼い少女が大人と同じように歩ける筈も無く、ライリも現実は受け止めている様だ。


「気にしないでいいぜ」

「気にしないでいいわ」


またしても絶妙なタイミングでセリフが被る俺達を見てライリがクスクスと笑い出す。

俺とアンナも苦笑いを浮かべていた。




ポックポックと歩みながら進む驢馬の手綱を握って俺が先頭を歩き、その後ろに驢馬に乗ったライリの横にアンナが並ぶ。

ライリも見るもの全てが珍しいと言った感じて辺りをキョロキョロと見渡している。

擦れ違った農夫から「ご家族でお出掛けですか?」と問われ、「違う」と言いかけた俺の言葉を遮って「はい、そうなんですよ。 ちょっと山まで葡萄狩りに」とアンナが答えやがった。

それを見たライリも楽しそうに笑ってるし、まぁ… 今日の所は許しておいてやるか…




順調に山道を登って山葡萄のなっている場所へと辿り着く俺達。

誰だよ… 【山葡萄 ←】とか順路を書いた看板を立てた奴は…

たわわに実った山葡萄を見たライリは驢馬から降りると籠を手に走り出す。

よっぽど嬉しかったんだろう。

俺とアンナはその後ろ姿を見送っていた。




「ねぇ… 私も来るって知ってたらライリちゃんのお願いを承知したかしら?」


「さぁな…」


何でコイツがそんな事を急に言い出したかと不思議に思う。


「私は… 何時またアナタに冒険に誘われるかって思って装備だって欠かさず手入れして待っていたのよ。 右腕が使えなくても左腕があるわ。 ちゃんと小剣を扱えるまでになったのよ」


だからって何が言いたいんだアンナ。

俺にあの時の事を思い出させないでくれ。


「もう前みたいなドジは踏まない。 アナタの背中だって、立派に守ってみせるわ」


俺の背中にコツンの額を当てて呟くアンナ。


「また私を連れて行ってよ…」


「気が向いたらな…」


済まない… アンナ。

今はそう答えるのが精一杯なんだ。


「でもね… 今の私はライリちゃんには本当に感謝しているのよ。 ギスギスして抜き身の刃みたいだったアナタが最近は以前のような感じに戻って来てる気がするの」


確かにライリが俺の家にやって来てから色々と変わった事は多いかも知れんな。


「それに… 今日こうしてアナタの横にまた並ぶ事が出来たのは彼女が誘ってくれたお陰よ。 本当に可愛らしい良い子よね… アナタには勿体無いくらいだわ」


それは言えてるな。

敢えて答えずに笑って返す。


「ご主人様ぁ! アンナ様! 早くいらしてください。 もうこんなに山葡萄が採れましたよ!」


メイド服を着た小さな少女が籠一杯の山葡萄を高く持ち上げてみせる。


「まるで木から葡萄を狩り尽くす勢いだな…」


「さぁ、私達も負けていられないわよ!」


アンナも俄然やる気になったらしい。

俺も少しは楽しんでみるか…

山葡萄の入った籠を囲むライリとアンナを見た俺は今まで感じた事のなかった家族と言う名の幸せを噛み締めるのだった。

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