第59話 暗い炎
「そうなんだよ、旧伯爵領の宿はホントに変わってたぜ。 大きな丸いベッドが回転するとか風呂場にはジャングルがあるしよ」
『ふふふっ、本当ですか? 私も見てみたかったですわ。 あら、この部屋に誰か近付いて来ますね』
俺とクレアが日課にしている二人だけの夜の会話をしていると、クレアが誰かの気配を察して俺に教えてくれた。
クレアが幽霊だからなのか、そう言うのにはかなり敏感で今までも何度か助けられている。
クレアの声が俺にしか聞こえない以上、部屋の外からは俺が独り言を言っているようにしか聞こえないだろうが、変な奴だとは思われたくは無いから俺は口を噤む。
「ご主人様、まだ起きてらっしゃいますか?」
どうやら真夜中の訪問者はライリのようだ。
自分の部屋をヴィッチに譲る際に何やら嬉しそうな顔をしてたのが気にはなっていたが、そう言う事か。
「ああ、起きてるぜ。 入ってもいいぞ」
予想通りに枕を抱き締めたライリが俺の部屋へと入って来る。
「一緒に寝かせて貰っても良いでしょうか?」
秋も深まり夜は朝晩は冷え込むようになって来ているからソファーで寝るのも考えものだとは思っていたが、ライリの作戦勝ちって所か。
「初めからそのつもりだったろ? 譲るって言いながら、なんか嬉しそうな顔をしてたからな」
「ソファーには熊のぬいぐるみが寝るので精一杯のため、私が寝る場所はありませんでした。 そうなると…… もうココしか私の寝る場所はありませんので、どうか宜しくお願い致します。 なんて…… うふふっ、ばれてましたか」
それらしい理由を語った後にペロリと舌を出すライリ。
「熊のぬいぐるみに寝る場所を取られちまったんじゃ仕方がねぇよな。 なら一緒に寝るか」
可愛らしい嘘に付き合ってやろうじゃねぇか。
「はい、では…… お邪魔します」
『私の先輩は本当に可愛らしいですね。 では…… 私はこれで失礼致します。 お休みなさいませ、ご主人様』
そんな俺達のやり取りを眺めていたクレアは微笑みながら挨拶をしてくれる。
ライリに気付かれないように軽く手を振って応えると俺に向けてお辞儀をして去って行った。
俺達のそんなやり取りなど知る由も無いライリは恥ずかしそうにベッドへと横になる。
「最近、ご主人様と一緒に寝る機会が増えているせいか、一人で寝るのが凄く寂しく感じるようになってしまいました。 だからこうしていると安心して眠れるんです」
「それじゃあ、部屋を増築したとしても毎晩ライリが俺の部屋にやって来そうだな」
本心を言えば俺も同じ気持ちだが、他の奴らの手前あからさまに態度にも出せねぇからな。
「うふふっ、来ちゃうかも知れません。 やっぱり…… ご迷惑でしょうか?」
「迷惑な訳ねぇだろ。 あの日の夜に俺の思いはライリに伝えた筈たぜ」
「……はい。 忘れる筈もありません」
俺達は旧伯爵領の宿でお互いの思いを確かめ合ったんだからな。
「でも出来れば他の奴に見つからないようにして貰えると助かるが…… 本当に済まねぇな」
一番にアンナの怒った顔が思い浮かぶ。
アイツは結構嫉妬深いからな。
それは出会った頃から変わらんか。
「ちゃんと熊さんに毛布を掛けて私のふりをして貰ってますから大丈夫です。 それに朝は皆さんよりも早く起きていますから」
「それなら大丈夫そうだな。 安心した所で寝るとするか……」
馬車の旅が長く続いたからな。
慣れない操縦に気も張っていたし正直な話、肉体的にも精神的にも限界が来てやがる。
ダメだ…… 隣にライリがいるから安心して気が緩んじまってるのかもな……
「はい、おやすみなさいませ…… 私の愛しい旦那様」
ライリが俺の耳元で囁いた言葉と共に柔らかい唇の感触が頬へと伝わる。
俺はそんな夢心地のまま眠りに就く。
こりゃあ、良い夢が見れそうだ……
「ちょっと、そんな所に突っ立っていられたら掲示板が見えないじゃない!」
背後からキャンキャンと五月蝿え奴だな。
そう思いながら振り向くと亜麻色の髪が印象的な可愛らしい少女が俺を睨んでいた。
腰にブロードソードを下げている所を見るとコイツも俺と同じ冒険者なんだろう。
「そんな怖い顔をしてると折角の可愛い顔が台無しだぜ。 お前も依頼を探してるのか?」
王都じゃなくて寂れた侯爵領を拠点に選ぶとは変わった奴だぜ。
俺は王都でちょっとした騒ぎを起こしちまったからコッチに流れて来たんだがよ。
親と喧嘩して故郷を飛び出した俺は今年で16歳になるが、コイツも俺と同い年くらいか?
「か、可愛いだなんて…… そんなお世辞言われたって嬉しくも無いんだからね! 依頼の貼り出された掲示板を見に来てるんだから、探してるに決まってるじゃないのよ」
嬉しくも無いとか言う割には耳まで真っ赤になってるじゃねえか。
チラチラと上目遣いに俺を見上げやがって変な奴だぜ、嬉しいなら素直に喜べば良いのによ。
「あんまり良い依頼はねえぞ。 まぁ、俺が一人なのが一番のネックなんだがな。 どうも群れるのは苦手でよ……」
すぐ喧嘩になっちまうからな。
「ふ〜ん…… アンタも一人なんだ。 それにしても大きな剣よね。 ちゃんと扱えるの?」
やっぱり気になるのか。
俺が背負っているのは王都で手に入れた自慢の大剣だからな。
「ああ、コイツでオーガもぶった斬ってやったからな。 ちょいと重いが扱えない事は無いぜ」
オーガと聞いて目を丸くしてやがる。
試し斬りとばかりに挑んでみたんだが、頭から股まで両断してやれたからな。
本当に良い買い物…… じゃねえな、貰い物をしたぜ。
「へ〜 アナタって見かけによらず結構やるみたいね。 私の名前はアンナ、見ての通り剣士よ。 どうかしら、お互いに仲間がいなくて依頼が選べないなら組んでみない?」
おいおい、逆ナンかよ…… 最近の女は積極的なんだな。
まぁ、悪い話じゃねえか。
一緒に旅するなら可愛い女の方が嬉しいのは健全な男として当たり前だからな。
「いいぜ、今回限りでも構わなければ組んでやるよ」
男女で組むと面倒臭いって聞くからな。
「何よ、その上から目線は…… 私の剣の腕を見ればアンタが頭を下げて私と組んで欲しいって言うに決まってるじゃないの。 笑わせないで欲しいわ」
アンナって言ったか…… 面白い奴だな。
怒った顔もこれだけ可愛いんだから男共のパーティから散々声を掛けられてそうなもんだがな。
どうして俺なんかに声を掛けて来やがったんだか…… とんだ物好きがいたもんだな。
それにしても剣に関しては大した自信だな、こりゃあ楽しみだぜ。
寝室の扉の前ではアンナが一人立ち尽くしていた。
今夜が思っていた以上の冷え込みだった事からリビングで寝ているライリを心配しての優しい思いから自分の部屋へと誘いに来たアンナだったが、ソファーで毛布に包まっていたのは熊のぬいぐるみだった事に驚かされている。
そうなるとライリの行き先は一つしか無いと思って忍び足で部屋の前まで来て二人の仲睦まじい会話を聞かされてショックを受けていたのだ。
(あの日の夜に俺の気持ちは伝えたって何なの? アイツに先に出会ったのは私よ! ずっと一緒に過ごして来たのも私の方じゃないの…… それなのにどうしてよ……)
ライリが優しく囁いていた"私の愛しい旦那様"と言う言葉を思い出すと胸が痛む。
アンナは自分の心の奥底で暗い炎がゆっくりと頭を持ち上げ始めて行くのを感じていた。




