第54話 憎まれ役
夜も更けた頃、賑やかだった酒宴も終わりを迎え俺達は宿に戻る事になる。
宿から迎えの馬車が来たので先にヴィッチが乗り込んでいた。
「今夜は本当にありがとうございました! いつか王都を訪れる機会があったら、また一緒に飲んで欲しいです。 我々も数日後には王都へと戻る予定ですから」
武力鎮圧とか無く伯爵領の引き渡しが進んでるみたいだし、後は文官達の仕事だろうからな。
コイツらも我が家に帰れるって訳か。
若い奴らが皆で俺達を見送ってくれたが、チラホラと潰れている奴もいた。
まだ自分の限界量を知らねぇんだろうぜ。
若い頃って言うのは大抵そう言うもんだ。
ふぅ…… 何か予想以上に疲れたぜ。
色々と質問攻めに遭った挙句、若い奴が飲み過ぎて吐きやがるもんだから後始末までするはめになっちまったからな。
ヴィッチの奴は帰ると早々にドレスを脱いで風呂に入ってやがる。
昼間も結構な長風呂だったし、俺を先に入らせてくれても良かったんじゃねぇか?
まぁ、そんな事は置いといてだな…… マリン、お前は何で俺に寄り掛かって座ってやがるんだ。
傍にいたら情が湧いて婚約者にして貰えるとかみたいなヴィッチの話を鵜呑みにしやがったんだろうか……
「マリンはこのまま俺の家まで付いて来るつもりなのか?」
俺の家はどうなっちまったんだ?
少し前までは一人暮らしだったのによ。
「隊長から任務の解除命令が無い限りは一緒ですから、どうかご安心を!」
違うだろ…… そっちの方が不安なんだよ。
こうなったらヴィッチとマリンを宿に置いて朝一番にライリの父親を回収したら、そのまま家に帰っちまうか……
「ライリさんやアンナさんに会うのが今から楽しみです。 きっと素敵な方達なんでしょうね……」
おいおい、もう確実に付いて来る気満々じゃねぇか!
俺はお前がライリ達に会うのが怖いんだよ。
何とかならねぇかな。
そんな事を考えていると部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「お客様、婚約者だと名乗る方がいらしてますが御存知でしょうか?」
何でだ! 何でアイツらまで旧伯爵領に来やがったんだよ。
どうすんだよ、この状況を!
ヴィッチは風呂に入ってるし、マリンは俺に寄り掛かってるとか最悪だろ。
「ご主人様! もうお休みになってしまったのでしょうか?」
間違いねぇ、ライリの声だ。
アンナはいねぇのかな、アイツなら問答無用で部屋に踏み込んで来る筈だからな。
「いや、まだ起きてるぜ。 一体どうして来たんだよ?」
「ご主人様が旅立った翌日に国王陛下のお心遣いで旧伯爵領へと連れて行くと馬車がやって来たのです」
また国王か! 本当に抜け目の無い奴だよな。
会いたがっていたライリの来訪に喜んだマリンがスタスタと歩み寄るとドアを開ける。
驚いたのはライリだろうぜ。
俺が開けたと思ったら、目の前に立っているのはドレスを着た少女なんだからな。
一瞬固まったライリだったがマリンの身体の脇からひょこっと首だけ覗かせて部屋の中にいる俺を確認していた。
「貴女がライリさんですね、私はハイランド王国軍軽装歩兵団に所属するマリンです。 上官の命により、貴女の婚約者の護衛を務めております。 もう少し早くに到着されていたらライリさんも歓迎の酒宴の席にも参加出来たのに残念です」
マリンの真っ直ぐな性格を感じ取ったライリが少しだけ安心したらしく、マリンへと微笑んで見せる。
「ご主人様の事ですから、また無意識の内に優しい言葉を掛けて女性を虜にしているのでは無いかと心配していましたが…… 私の思い過ごしですよね?」
そのつもりなんだが雰囲気が俺の想像と違うんだから参っちまうよな。
「悪い…… ライリの想像通りかも知れん。 俺も今回ばかりは反省してる」
俺の言葉を聞いたライリが深い溜め息を吐く。
そこへ追い打ちを掛けるかのようにヴィッチが現れる。
「あら、小さな侍女さんも追って来たのですか? 邪魔者がいない内に色々と楽しむつもりでしたのに残念ですわ」
バスローブの下は勿論裸な訳で各所から覗かせる肌が妙に艶めかしく見える。
「うふふ、ご主人様の事は私が一番理解していますから貴女の誘惑には負けないのは分かっています。 どちらかと言えば怖いのはマリン様の方になりますね。 無理に付いて来られたら断れないのがご主人様の性格ですから……」
流石ライリだな、お前の言う通りだぜ。
ヴィッチが誘惑して来たとしても、まだ一緒にいる時間も少ないからな。
女郎蜘蛛のイメージが強くて迂闊に手は出せねぇよ。
寝首をかかれるんじゃねぇかって言う思いの方が先行しちまうからな。
「ライリ一人で来た訳じゃないよな?」
「はい、母と一緒です。 入院している父に付き添うために収容されている病院へと一人で向かいました。 今回はアンナ様は留守番をするからと家に残ってくれましたので、今は私一人になります」
そうかアンナが来なかったのは良かったぜ。
取り敢えず鉄拳を顔面に食う可能性は消えたって事だからな。
アイリスも愛しい男の元へと駆け付けたか。
幸せになってくれるといいんだが、それも旦那次第だな…… 色々複雑な思いだろうしよ。
「ご主人様、今夜は私の部屋にお泊まり下さい。 ヴィッチ様やマリン様は、そのままこの部屋へ泊まれば宜しいかと思います」
「そんな、私は護衛を命じられたのに……」
「我が主人に護衛が必要とは思えません。 ドラゴンですら倒すのですよ? むしろ必要だとするならばヴィッチ様の方ではありませんか?」
まぁ、ライリの言う通りだな。
逆に人質に取られたりした日には目も当てられねぇ事になる。
「さぁ、ご主人様。 こちらへおいで下さい」
ライリの表情は何時になく真剣な表情をしてやがるし、本気なんだろうな。
俺の代わりに憎まれ役を買ってくれてるって訳か…… 済まねぇな、ライリ。
「分かったよ。 ヴィッチとマリンはこの部屋を使ってくれ。 俺はライリと別室に泊まる事にするからよ」
俺は振り返らずに部屋を後にする。
多分、マリンは悲しい顔をしているんじゃねぇかな。
ヴィッチも態度には現さねぇが内心はどうだが分からねぇしよ。
だが…… これで良いんだと思う。
二重投稿になっちゃって直せないので53話を分断しましたが、正規の形に戻しました。
活動報告の方に謝罪文を載せてます。




