第5話 ワインとソーセージ
「ご主人様、湯加減はどうでしょうか? 必要なら、もっと釜に薪を焚べますから声を掛けてください」
「いや、大丈夫だ。 このままでいい。 後でライリが入る前に焚き足すといい」
冒険者ギルドでの手続きを終えた俺はライリと共に我が家へと帰宅していた。
ラミアは真っ二つにしちまったから素材としての価値が下がったらしいのは残念だったが牙や爪が高く売れている。
何でも好事家達は美しいラミアを剥製にして屋敷に飾ったりするらしいが、アレを無傷で倒すのは至難の技だろう。
中々の美人で巨乳だったし… あれが人間の女だったら良かったのにな… 勿体無い。
最近はそう言うのもご無沙汰だからな…
「失礼します、ご主人様。 今日はお疲れでしょうから、私がお背中をお流ししますね」
「…………。 ……ご主人様?」
悶々とアッチの世界に行っていた俺はライリの呼び掛けに反応するのが遅れてしまい、アッと思った時には既に風呂場の戸をライリが開けていた。
「うわっ、ライリ!」
急に現れた彼女に驚いた俺は思わず勢い良く湯船から立ち上がってしまう。
そんな二人の視線が絡み合ったのは一瞬で、ライリの視線は自然と下へと降りて行き、ある一点で停止する。
悲しい男の生理現象で極限まで成長していた我が息子を見たライリが顔を赤く染めて無言で風呂場の戸をピシャリと閉める。
そして彼女がドタバタと何処かへ走って行く音だけが聞こえて来るのだった。
「おいおい… この後に俺はどんな顔をしてライリに会えばいいんだよ……」
これが逆だったらと考えるともっと困る事になったろうなと思い直す。
気を取り直して身体を洗うと風呂場を出て庭のベンチに腰掛けて少し火照った身体を冷やす事にする。
冷やしたいのは頭の中もだが…
「ご主人様…… 冷たいお水をお持ちしました…」
俺が風呂から出るのを見計らってライリが水を用意してくれる。
「……済まんな」
お盆に乗せられたコップの井戸水は程良く冷えて渇いた俺の喉を潤してくれた。
「あの… 先程は申し訳ありませんでした。 私は大人の男性のアレを見るのは初めてで驚いてしまい…」
そんなライリの言葉に口に含んでいた水を吹き出す俺。
「えっ? ご主人様!」
気管に水が入り咽せ返る俺の背中を撫りながらライリが「大丈夫ですか?」と心配顔だ。
「悪かったな…… ちょっと考え事をしていてライリの声が聞こえてなくて驚いちまったんだ」
立ち上がらなければ、不意にライリにあんな物を見せなくて済んだんだが… 背中を流す際に結局見られてしまったかも知れないがな。
「驚くと… あんなに大きくなるのですか?」
「…………そんな事は無い!」
「そうなんですね…… 不思議です」
頼むから… もう忘れてくれ。
そうだ! 話題を考えよう。
「そう言えば今夜はご馳走を用意していると言ってたよな! 一体何を用意したんだ?」
ライリもハッとしてこちらを見上げる。
おいおい、また視線が下がってたぞ…
「そうそう、今日はとっても大きなソーセージが手に入ったんです… よ……」
何かを思い出したかのように黙り込むライリ。
手に入った食材… タイミング悪過ぎだろ…
誰か俺を助けてくれ!
夕食の用意をしたライリに呼ばれ食卓に着いた俺のテーブルには噂のソーセージと鴨肉のソテーにサッパリとした酸味の効いたドレッシングがかかっているサラダが用意されていた。
籠に入っているパンも柔らかそうでいつもより上等な物に思える。
そしてワイングラスが置かれているって事は…
「今日はお祝いなのでワインを用意してありますよ。 そんなに上等な物ではありませんが…」
ライリがワインボトルのコルクを抜くと俺がグラスを持つのを待ってからワインを注ぐ。
赤い液体がグラスに注がれるのを見つめながらやっと我が家に帰って来た事を実感する。
それにより自分がライリと過ごす食事の時間を何よりも楽しみにしているんだと言う事に気付いてしまう。
「うん、美味いな。 やっぱりライリにお酌して貰って飲む酒は格別な気がするな」
「ご主人様でも、そんなお世辞を言うのですか?」
自分からお世辞と言いながらも本当に嬉しそうな表情を見せるライリ。
「ライリが思っていた通り、俺はお世辞なんかは言わない。 今のは本心だ」
頬を赤く染めて俯いてしまうライリに少し言い過ぎたかと心配になる。
これじゃ女を口説いてるみたいじゃないか?
まぁ、相手は子供だし… 大丈夫だろ。
「…お上手なんですね」
熱を帯びた視線で見つめられた事から完全に口説いてた感じになっていたんだと反省する俺。
その後、俺の食事が終わってからライリも素早く済ませた後に後片付けをすれば今度はライリが風呂に入るのだが、その間に俺には手伝わせてはくれない。
自分の仕事だからと一線を引かれているのだ。
俺は先程のお礼とばかりに井戸から水を汲むと風呂上がりのライリに手渡してやる。
「ありがとうございます。 ふぅ… 生き返る気がしますね。 うふふっ」
そのまま二人でベンチに腰掛けると少し涼みながら話をする事にした。
俺がいない間に何処を掃除したとか大きなカラスがいたなど他愛もない話をしたがライリは楽しそうにしている。
そして思い出したかの様にお願いをして来たのだが、その内容は近くの山に山葡萄を取りに行きたいと言う事だった。
滅多に無いライリの願いだから二つ返事で引き受けてやる。
どうやらライリの友達も連れて行って欲しいそうだ。
いつの間にか友人も出来たんだなと感心しながらも、山に行く事を喜ぶライリを見ながら俺も楽しみに思うのだった。