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めいど・いん・はうす  作者: 池田 真奈
第一章 大剣使いの冒険者と小さな侍女ライリ
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第4話 ラミアの誘惑

「おい、今日も来てるぜ」


冒険者ギルドの入り口からひょこっと顔を覗かせている女の子に建物の中にいた冒険者達が気付いて仲間に声をかける。


「そう言えば大剣使いの奴は依頼で魔獣退治に出ているんだったよな? まだ帰って来てないとは今回は随分と手こずっているって事か……」


主人の帰りを待ちわびた少女が毎日夕方になると冒険者ギルドへ訪れて来る事が恒例になっており、逆に時間になっても少女が来ないと冒険者達がソワソワしてしまう始末だった。


「ライリちゃん、アイツはまだ帰って無いわよ。 こんなに可愛い子を心配させたりして本当に困った奴なんだから」


美人で人当たりも良い事から人気の高い受付嬢のアンナがまるで子供の様に頬を膨らませている仕草を見てライリの表情も自然と綻んでしまう。

可愛らしいメイド服を来て腕に買い物籠を下げた少女を見つめながら(全くいつまで帰って来ないつもりよ… あの馬鹿!)と彼女を心配させる元凶に腹を立てるのだった。


「アンナ様はご主人様とは長いお付き合いなのでしょうか?」


ライリに様を付けて呼ばれる事に思わず苦笑いを浮かべるアンナだったが、悪い気はしないのでそのままにしておく。


「そうねぇ…… アイツとは昔一緒に冒険者として旅をした事もあるのよ。 でも腕を怪我して剣が持てなくなっちゃって廃業したのよ。 それで今はギルドの受付嬢をやらせて貰っているわ」


アンナはそう言いながら着ている制服の右腕の袖を捲ってみせる。

その右腕には腱を切られた跡が生々しく残っており、ライリは思わず顔をしかめる。


「きっと痛かったですよね… ご主人様もいつも傷だらけで帰って来るのを見てると、おとぎ話に出て来るみたいな魔法で簡単に治ればいいのにって思ってしまいます」


怪我をしたら治療しなければ治らないのは当然であり、ちょっとした傷でも化膿すれば命に関わる事もあるのだ。

魔法などは夢物語の世界の話で現実はそんなに甘くは無い。


「そうよねぇ… そんな魔法でもあれば私はアイツと冒険者を続けていられたのかしら……」


アイツが誰かと組むのをやめたのは自分が怪我をしてからだとアンナは知っている。

私を守れなかった事を悔やみ、仲間を守れないくらいなら組むのをやめてしまえと言う思いなのだろうと心が痛むが、そんな事をアイツに言ってもただ面倒臭いからだなどとはぐらかされるだけだと思い、口にはしていない。


「そう言えば近くの山に美味しい山葡萄がなる場所があると聞いた事があるんです。 是非三人でその山へ冒険しに行ってみませんか? 今度ご主人様にお願いしてみましょう!」


好奇心に満ちた表情を浮かべるライリ。

この町から出た事の無いライリにとっては近くの山でも大冒険なのだろう。

それを理解しているアンナは微笑みながら頷いてみせる。


「私が言うと何かとゴネるかも知れないからアイツにはライリちゃんからお願いして貰えるかしら?」


ライリのお願いならアイツは絶対に断れないだろうとアンナは予測していた。

予想外の展開でライリの願いを断わって彼女を悲しませるようならば、その時は自分の出番だと考えている。


「はい! ご主人様が帰って来たらお願いしてみますね」


きっと楽しい冒険になるだろうと想像したライリがにっこりと微笑む。

その微笑みにアンナだけでなく、ギルド内にいた冒険者達も息を飲む。

そんな彼女に心配をかけて続けている人物への怒りが自然とこみ上げて来るのだった。









「あ〜あ、ライリの飯が食いてえな…」


俺は心の底からそう思っていた。

街道沿いの旅人を襲う謎の魔獣討伐依頼を受けた俺は一人で街道を馬に乗って探し回っているんだが、何の手掛かりも得られないまま、ただ日数だけが過ぎて去っている事に虚しさも感じていたからかも知れない。

今回の依頼に馬を使っているのはコイツが臆病な動物で気配に敏感だと言う事を踏まえての理由だ。

魔獣が出没する危険な夜は避けて昼に寝ている訳だが、その際にも何かあれば反応してくれると言う利点があるからだ。


「それにしても… ここまで手こずるとは思わなかったぜ」


行商人が野営中に魔獣に襲われる事件が続いた事により、商工会議所から早急に対応して欲しいと言う依頼を受けたのだが既に一週間が過ぎている。

用意した食料も底を尽きかけており焦りも感じ始めているのも事実だった。

幸いにも今朝は昨夜の内に仕掛けておいた罠にウサギが掛かっていた事から肉を腹に収める事が出来たのだが、ただ焼いた肉だけの肉を喰らいながら思い出すのはライリの美味い料理の味だったりもする。


「何してるんだろうな…… ライリの奴。 俺がいないなら少しはゆっくり休んで貰ってもいいんだがな」


家にいる時は掃除や洗濯の邪魔にならないように、狭いながらも庭に置いてあるベンチに腰掛けて大剣や旅の道具の手入れなどをして過ごしているが、時間を見てはお茶を入れてくれたりと甲斐甲斐しく働いてくれている。

本来なら俺が冒険に出ている際の留守宅の管理を任せる筈が常に管理してくれているのだから、少しくらいは休んでもバチは当たらないと思うんだが全くそう言う素ぶりを見せないから逆に心配になっちまう。


ウサギの血の臭いが呼び寄せたのか、その日の夜更けに魔獣が現れたんだが、随分と厄介な奴だった。


「本当に諦めの悪い男ね…… 貴方が現れたものだから、ず〜っと我慢してたのに… 血の臭いなんてさせられたら我慢出来ないじゃない!」


あれはラミアって奴だな。

良くあるのが泉で溺れたフリをして引き摺り込むのだったかな? それはスキュラだったか…

上半身は美女で下半身は大蛇の魔獣だ。

豊満な胸を惜しげもなく晒してやがる。

助平な男ならイチコロだろうな。


「悪いがアレは俺の血じゃないんでな。 食いたかったらウサギにでも食いつきやがれ!」


大剣をクルリと回しながら上段に構える。

まぁ、俺のクセみたいなもんだ。


「うふふっ、活きがいいのね。 新鮮な貴方の生き血をたっぷりと啜ってあげるわ!」


ラミアの奴の瞳が妖しく光り俺を見据える。

邪眼だか魔眼とか言うのだったか、人間の男を虜にする闇の力のはずだ。


「畜生… 男相手には厳しい力だな…… クラクラするぜ」


ラミアの強力な誘惑に耐えるのは至難の技だ。

欲望の虜になって生き血を吸われたくなって来るのはいただけないぜ。


「ほぉら… 力を抜いて私に全てを委ねなさい。 この世のものとは思えない絶頂を味あわせてあげる」


二つの乳房を両手で弄りながら唇を妖しく舐めるラミアの姿は俺の思考回路を麻痺させていく。

だが… 僅かに残っている理性で踏みとどまる。


「こんな所で死んで堪るかよ! ライリの奴が婆さんなるまでギルドへ俺の帰りを確認させに行かせる事になるだろうが…」


『お帰りなさいませ。 ご主人様! お疲れでしたでしょう? すぐにお風呂の用意を致します』


ライリの奴が待ってるんだよ… 俺なんかをな…


「あら、貴方…… 意中の女がいるのね。 だったら… その女の姿になってあげるわ。 いっぱい愉しみなさい」


ラミアの姿がブレて見えたかと思うと俺の目の前に現れたのはライリの姿だった。


「ほぉら… いらっしゃい。 可愛がってあげる」


白と黒を基調としたメイド服のスカートをゆっくりと捲り上げて行くライリ…


「そんな事をライリがする訳ねぇだろかうが!」


怒りで意識が覚醒した俺は構えていた大剣を一気に振り下ろす。


「ガハッ! 何なのよ… 貴方… 何で私はこんな姿をしてるの… もしかして、貴方… ロリ…」

「死ね!」


幼い少女になっていた自分の姿を見て驚いたラミアが何か言いかけたが… 俺は健全な男だ!

肩から袈裟懸けに斬り裂かれたライリの死体がラミアの姿に戻り始める。


「ニセモノと分かってたって… やっぱりいい気はしないよな…」


地面に横たわるラミアの死体を眺めながら吐き捨てる様に呟いていた。








「ライリちゃん、今日もまだなのよ。 全くアイツは何処で油を売ってるのかしらね?」


夕方になり冒険者ギルドへと足を運んで来たライリを見かけて声を掛けたアンナは半ば強引に建物の中に招き入れてテーブルに付かせる。

ビックリしているライリを余所に紅茶を入れるとライリに勧め、自分も対面へと腰を降ろす。

既に他の冒険者からの情報でアイツが町へと向かっていると聞いていたのだ。

待ちに待ったご主人様のお帰りにライリはどんな表情をするのだろうと考えたら、どうしても見たくなってしまった末の行動だった。


(ほら… 今少し声が聞こえたでしょ… ピクって肩が動いたからあなたも気付いた筈よね。 紅茶を一口飲んで落ち着こうとしてるのも私には分かるの。 だって私も同じだから)



「おいっ! 依頼は済んだぜ。 さっさと確認してくれよ、俺は早く家に帰りたいんだから…」


珍しいラミアの死体に群がる騒々しい町の住人を掻き分けながら冒険者ギルドの扉を力強く開けた男の動きが止まる。


(アイツも… ここにライリちゃんがいるのに気付いたみたいね。 うふふっ、アナタからは見えないでしょう? このライリちゃんの飛びっ切りの笑顔が… 散々私達を待たせたんだからいい気味だわ)


いきなりの再開に戸惑いを隠せない彼女の主人が顔を背けているのは照れ隠しだと誰もが思う。

その場にいた冒険者達全員が彼女が流す悲しみの涙を見ずに済んだ事にホッと胸を撫で下ろすのだった。





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