第39話 婚約指輪の約束
「最近、ライリとアンナの仲が妙に良過ぎて気味が悪いんだが、クレアは何か知らねぇか?」
俺は寝る前にクレアと二人で会話をする事を日課にしているんだが、その際に気になっている事を聞いてみた。
『先日の事になりますが、ご主人様が数日留守にしていた間に仲が深まったようですわ。 夜も二人一緒に寝ていましたし、二人の会話も随分と弾んでいましたから、意気投合したのではないでしょうか?』
彼奴らが意気投合するとはな…… 互いに警戒し合う仲に見えてたんたが意外だぜ。
「何か共通の話題でもあったって事か?」
『ええ、ご主人様の悪口を言って盛り上がってましたわ。 陰で私が敬愛するご主人様の悪口を言うなど、いくらなんでも許せませんので、いっそ呪ってしまおうかとも考えたのですが、一応ご主人様に確認してからと思いまして……』
おいおい、良く思いとどまってくれたぜ。
「いや、きっと悪いのは俺の方だからよ。 この間、アンナとライリの両方にプロポーズっぽい事を言っちまったからな。 どちらか一方がその話をすりゃあどう考えたたって、その怒りは俺に向くよなぁ……」
クレアだけだぜ、そう言うの抜きで俺と一緒にいてくれるんだからな。
『私はご主人様が現世で誰と結婚しようが一向に構いません。 ですが…… ご主人様がお亡くなりになった場合、その魂は永遠に私の物だと言う事はお忘れなきようにお願い致します』
いつも彼女が俺へと向けてくれる優しい感じの微笑みが消え去り、無表情のクレアにそう告げられる。
お前が一番タチが悪いじゃねぇか!
「あ〜 もうなるようにしかならねぇな。 何だかだいぶ眠くなって来たぜ。 今夜はそろそろ寝るとするか…… 悪いがクレア、今日はここまでだ」
俺は欠伸を嚙み殺しながらクレアへと、今夜は少し短くて申し訳無いが、二人の時間の終わりを伝えた。
『あら残念ですわ。 今夜はお疲れの様子ですから、そうなさって下さい。 ではお休みなさいませ、ご主人様……』
お辞儀をしたクレアが部屋の扉を擦り抜けて消えて行った。
やっと俺だけの時間がやって来たな。
少し前を思えば随分と変わったもんだぜ。
何だか色々と賑やかになっちまったが、不思議と悪い気はしねぇんだから俺も変わったな。
「ご主人様、まだ起きておられるでしょうか? 少しお話があるのですが……」
部屋の前から聞こえて来るライリの声に驚いた俺は何かあったのかと慌ててドアを開ける。
夜着の上にショールを羽織ってライリが済まなそうな表情で俺を見上げていたのだ。
「こんな夜更けにどうしたんだ? 何か心配事でもあるのか? まぁ、入れよ」
何か思い詰めた顔をしているしな。
部屋の中へ招き入れた俺はベッドに腰を下ろし、ライリには椅子へと座らせようとしたのだが、自然な感じで俺の横に寄り添うように座ったのだった。
その予想外の行動に驚いた俺がチラッとライリを横目で見ると彼女も俺を潤んだ瞳で見つめていた。
その表情にゴクリと生唾を飲み込む俺。
「ご主人様…… 思いがけずプロポーズをしていただいたのですが、結婚はまだまだ何年も先の事と思えば思う程に凄く不安になるのです。 ですから私は何かその証が欲しいのです」
そう言って俺に寄り添うライリ。
証だと…… 抱いて欲しいとかか?
いやいやいや、それはねぇだろ!
おいおいおい、どうする俺?
もうライリの心の中じゃ、完全に俺からプロポーズされた事になってるんだな……
「宜しければ婚約指輪を頂けたら嬉しいのですが…… ダメでしょうか?」
そう言う事か…… 血迷って勢いで押し倒したりしなくて良かったぜ。
「あ、ああ。 構わないぞ。 今度買いに行くとするか」
そうは言ったものの… 店員に何て言えばいいんだよ……
ライリに似合う婚約指輪をくれとか言えねぇ!
絶対に白い目で見られるだろうな。
「はい! 凄く嬉しいです…… ありがとうございます、ご主人様。 なんか…… 顔が緩んでしまって見られるのが恥ずかしいですから、今夜はもう寝ますね。 おやすみなさいませ…… 旦那様」
だ、旦那様だと!
その言葉の破壊力は強烈だった。
呆気に取られている俺の頬に軽く唇を触れさせたライリが更に呆然とする俺を見て、小悪魔的な笑顔を浮かべ足早に去って行った。
一人残された俺は柔らかいライリの唇の感触がまだ残る頬を手で抑え、思わず脱力する。
「ハァー 何か目が覚めちまったな…… 寝酒でも一杯飲んで来るか」
俺がリビングへと行くとアンナの奴が一人で飲んでいた。
既に出来上がってる様子なのが目を見れば良く分かる。
頬もほんのりと桜色で…… 普段から美人なのに今夜はそれが際立って見えやがる。
俗に言う色っぽいって言う所だな。
「あら、もう寝たのかと思っていたのにどうしたの?」
ちょっと嬉しそうなのが分かる。
一人で飲んでいて寂しかったんじゃねぇかな。
「目が冴えちまってな、寝酒に一杯飲んでみるかと思ってよ」
「なら… これでもいいかしら?」
俺の言葉を聞いたアンナが笑みを浮かべながら立ち上がると俺にゆっくりと歩み寄り、自分が飲んでいたグラスを俺へと手渡して来る。
白ワインか、そう言えばアンナは白派だったよな。
「ああ、済まんな」
グッと飲み干すと、フゥッと一息吐く。
「ねぇ…… 少しいいかしら? アナタにお願いがあるのよ」
俺の胸に寄りかかるようにしてアンナから問われたが、彼女の髪からは俺の鼻腔をくすぐるようないい匂いが漂って来ていた。
「な、何だよ、言ってみろよ」
「アナタからプロポーズされたのは嬉しかったんだけど…… それもまだ先になるかも知れないでしょ? だからアナタとの証が欲しいのよ」
おいおい、アンナも証が欲しいとか偶然とは思えねぇな。
さてはコイツら、一緒になって俺を困らせる算段か?
「その…… この事はライリは知ってるのか?」
「いいえ? ライリちゃんには何も言ってないわよ。 私は今の関係が気に入ってるし。 でも私がプロポーズされたなんて知ったら、どんな顔をするのかしら? ふふっ、気にはなるけど、怖くて言えないわね」
何だと! じゃあ、ライリもプロポーズの件はアンナには話して無いって事か?
どうすりゃいいんだよ……
「婚約指輪とかが欲しいのか?」
「……うん」
やっぱりか…… 何で女って奴はどいつも同じ事を考えるんだ。
ライリにも約束しちまったしな。
「じゃあ、今度一緒に買いに行こうか? お前が好きなのを買ってやるからさ」
驚いた表情で俺を見上げるアンナ。
何だよ、断られれるとでも思ってたのかよ。
「……嬉しい。 何だか夢みたいよ。 ねぇ、愛してるわ」
俺はアンナに不意打ちで唇を奪われる。
そして呆然と立ち尽くしている俺を残し、アンナは恥ずかしそうに自分の部屋へと急ぎ足で去って行った。
「……俺はきっと地獄に堕ちるだろうな」
婚約指輪とは違うが、既に指にはめている死霊使いの指輪を眺めながら自虐気味に呟いた。
何でこんな事になってんだ……




