第36話 寄付金
「予想以上だな… 建ってるのが不思議なくらいだぜ」
ライリの暮らしていた孤児院を訪れた俺は、あまりの朽ち果てぶりに驚いていた。
俺が全力で体当たりしたら一気に崩壊するんじゃねぇか?
「えっと… やっぱり古い建物だから驚かれましたか? これでも雨漏りはしてないんですよ! 隙間風はかなり吹き込んで来ますけど……」
古いとか言うレベルじゃねぇだろ!
完全に廃屋だろうがよ。
この世には神様って奴はいないのか?
「ライリ!」
「は、はいっ!」
珍しくライリに対して声を荒げた俺に驚いたようだ。
「こう言う事は… もっと早く言えよ。 ここはお前の実家みたいなもんだろうが!」
ライリがウチに来てから三ヶ月も経ってるんだからな。
もっと早く教えてくれりゃ、俺が何とかしてやったんだが……
「でも… ご主人様にご迷惑をお掛けする訳にいきません。 今日ここへ来て頂いたのも別の用件でしたし、何とかして貰うつもりではありませんでしたから」
この状況を何とかして欲しくって呼んだ訳じゃねぇのか?
だったら一体何の用があるって言うんだ?
「私の育ての親でもある院長先生に会って頂きたくて…… それもご迷惑だったでしょうか?」
ちょっと待て、育ての親だと! こんな年端もいかない少女って言うより幼女と一つ屋根屋根下で仲良く暮らしてますとか申し訳無くって言えねぇよ……
いやいや待てよ、俺はやましい事は何一つしていない… 筈だ!
ここは誠心誠意、気持ちを伝えてだな……
「ご主人様? 大丈夫ですか、ご主人様?」
動揺して固まっている俺を見たライリが怪訝そうな表情で呼び掛ける。
「いや、何でもねぇよ。 だ、大丈夫だ。 どうも結婚相手の家に初めて挨拶しに来たみてぇな気分で緊張してよ」
口にしてからハッとする俺。
俺は一体何を言ってんだ…… 動揺してたとは言え、相手はまだ子供だぞ?
バサッとライリが手にしていた大量の衣類が入っている袋を落として俯いてしまう。
どうした? おいおい、大丈夫なのかよ。
「ご主人様… そんな風に私の事を思っていてくださったのですか?」
顔を上げたライリの顔は上気しており、その目も潤んでいる。
『一体何を言ってるのですかご主人様… こうなったからには、キチンと責任をとってください。 もうこのままプロポーズですわ!』
何言ってやがるクレアの奴め。
完全に楽しんでやがるだろ。
「ご主人様……」
完全に花嫁モードになったライリが俺の胸にもたれかかる。
いや…… それには語弊があるな。
ライリとの身長差はかなりのモノで、胸って言うより腹…… 正直に言えば股間の辺りだ……
それには俺も驚いてしまい、腕に抱えていた薪や手にしていた肉の入った袋を地面に落として派手な音を辺りに響かせる。
とにかく誤解を解かなきゃなんねぇだろ!
「ライリ、大事な話があるから聞いてくれ!」
両肩を掴んで俺の方へと振り向かせる。
「……はい」
顔を上げて期待に満ちた表情で俺を見詰めるライリ。
なんか…… 間違いだと言い難い雰囲気だぜ。
可哀想だが仕方がねぇ……
「何事ですか? 随分と大きな音が聞こえて来たようですが……」
今にも崩壊しそうな廃屋… じゃなかった、孤児院から現れた中年の女性。
そして俺とライリの姿を見て表情を固まらせていた。
違う、誤解だ! 俺は何もやってねぇ!
「では貴方がライリの雇い主の方ですか。 噂では男爵位を蹴ってまでライリを望んだと聞いていましたから、一体どのような方かと思ってライリに是非会いたいと伝えていたのですが……」
その沈黙は何だよ。
絶対にマイナス評価だろ?
「院長先生! ご主人様は素敵な方です。 この私が保証します」
ライリが院長の評価が芳しくないのを悟って俺の事を庇ってくれるとは…… ありがてぇ。
やっぱり、ライリは最後までの味方をしてくれるんだな。
「さっきだって…… 逞しい胸に寄り添う私の肩を優しく掴んで大事な話があるとまで言ってくれたんです。 院長先生が現れなければ、きっと今頃……」
いや、アレは胸じゃ無かったな。
それよりも… きっと今頃何なんだよ! きっと愛の告白をされていたみたいな感じになってねぇか?
おいおい、院長が俺を見る目が更に冷たくなった気がするぞ。
「あっ、大事な事を忘れる所でした。 院長先生、私のご主人様から孤児院への寄付を頂いたのです。 本当に優しい方なんですよ」
院長のいる目の前にあるテーブルの上に寄付金の入った皮袋を置くライリ。
その口紐を解くと鈍く光り輝く、袋一杯の金貨が姿を現わす。
王宮から貰った報酬の半分くらいだが孤児院を建て直したとしても、まだかなり残るだろう。
金貨の枚数に驚いた院長が溜め息を吐く。
「ライリ、私はこの方と大事なお話があります。 少し席を外しなさい」
「はい、院長先生……」
ライリは渋々と言った感じに部屋を出て行った。
アイツにも頭の上がらない人物がいたって事か。
「この寄付金はライリを買いたいと言う事ですか? ライリは望んで侍女として働きに出たのですから貰う道理がありません。 もし… そのような思いが込められているのならば持ち帰りください」
「そんなつもりはねぇよ! 家族みたいに大事なライリが育った孤児院が困ってるみてぇだったらからよ。 役に立てて貰えればと思ってさ」
いきなり金貨の山を見せられたら怪しいと思ってもおかしくはないか。
ライリとしては俺の評価を上げようと一生懸命だったんだろうけどな。
「それに貴方は年端もいかない少女に結婚の約束をするつもりなのですか? それとも既に… そう言う関係だとでも?」
「違う! 俺はライリを家族だと思って接してるし、アイツもそう思ってくれてるとばかり思ってたんだが…… その…… 最近、正直迷ってるのは確かだ。 俺を昔の俺に戻してくれたアイツを悲しませる事だけはしたくないって思って暮らして来てよ。 アイツがそれを一番に望むなら、今とは言わねぇが、いつか叶えてやっても良いんじゃねぇかとも思う事もあるんだ。 馬鹿げた話だとは俺も思ってるよ」
ただ黙って俺を見詰めている院長。
俺の言葉に嘘は無いかと疑っているのだろうか?
そして暫く沈黙が続いた後に大きな溜め息を吐く。
「ライリ、そこで聞いているのでしょう? これが彼の答えだそうです。 貴女の答えはどうなのですか?」
な、何だと! 全部ライリに聞かれてたのか?
院長の言葉に思わずガタッと椅子を倒しながら慌てて立ち上がる俺。
後ろを振り返ってみれば、ゆっくりと開いたドアの向こうにライリが立っていた。
その瞳は涙をいっぱいに溜めている。
「勿論… その時が来たならば、謹んでお受け致します」
ライリの答えに俺は救われた気がしていた。
狡い話だが数年の猶予を貰ったのだ。
アンナの事もあるしな……
全く俺はどうすりゃいいんだよ。




