第35話 食いしん坊のお化け
「それじゃあ、私は行って来るわね。 今度の子は本当に憶えが良いのよ。 なんか教え甲斐があるって感じなの」
化粧を施して身仕度を整えたアンナが嬉しそうに仕事へと出て行く。
今度の新人が優秀なのかも知れねぇが、俺が思うにはアンナの性格が穏やかになった事の方が大きい気がするけどな。
お前が隣で常に不機嫌そうな顔をしてりゃあ、新人も不安になってミスくらいするだろうよ。
アンナの奴もウチに引っ越して来てからは、すこぶる機嫌もいいし、これで漸く一安心って所だな。
「おぅ、頑張れよ!」
「行ってらっしゃいませ、アンナ様。 どうか、お気をつけて」
『行ってらっしゃい、アンナさん』
お辞儀をして見送ったライリの背後にいるクレアも励ますようにアンナへと声を掛けていたが、可哀想だがクレアの声はアイツには届かない。
以前にはアンナにもクレアの姿が見えたし声も聞こえていたんだが、朱雀館に再度現れた時には俺にしか認識出来なくなった理由が分からねぇ。
死霊使いの指輪での契約が関係しているのかも知れねぇが、どうやら徐々に霊力が増しているらしい。
怖くなって問い詰めてみたが、俺の生気を吸い取ったりはしていないそうだ。
それでも昼間に行動すると霊力の消費が激しいらしく、昼間は屋根裏部屋で休んで夜に活動をするようにしている。
だから俺は家にいる間は寝る前に自分の部屋でクレアと二人で話す時間を積極的に作っている。
俺なんかと話してもつまらんかも知れんが、アイツには話す相手が俺しかいないしな。
クレアもアンナやライリと話が出来れば寂しい思いをせずにいられるだろうとは思うが、本当にそうなった場合に果たして二人が受け入れてくれるのだろうかと言う問題も残る。
俺は椅子に座り、そんな事を考えていた。
「では… ご主人様、私も朝食の後片付けと掃除、洗濯にかかります。 本日はどうなさるのですか? 何かご予定とかあるのでしょうか?」
テーブルの上に並んでいる皿を流し台へと運んでいたライリが俺に問い掛けて来る。
この数日間は色々あって落ち着く暇が無かったから、今日こそはゆっくり過ごすつもりだ。
「王都から帰って来てから気の休まる暇が無かったからな。 今日はゆっくり過ごすつもりでいるんだが…… 何か用事でもあるのか?」
少し申し訳なさそうな顔をしたライリの考えている事は鈍い俺にも想像がつく。
この家から去ろうとした一件だろう。
あの一件は主人のために自らが犠牲になろうとした侍女と、地位と名誉を投げ打って引き留めた主人との絆の深さを感じさせる美談として街の噂になっていた。
知らない奴から声を掛けられたり、指を指されたりと恥ずかしくて街中を歩けやしない。
「仕事が片付いたら私が育った孤児院を訪れてみようと思っているのですが、もし良かったらご主人様にも一緒に来て頂けたらと……」
そう言えば俺の家に住み込みで働くまでは、そこにいたんだったな。
日々食う物にも困ってるとか言う孤児院か。
ライリには日頃世話になっているし、一緒に行ってやるのもいいだろう。
どうせなら派手に行くか!
「ああ、構わんぞ。 ライリ、その孤児院にデカイ鍋はあるか? ガキ共に美味いもんでも食わしてやろうぜ!」
「ありがとうございます、ご主人様。 行事などに使う大鍋があります!」
思い掛けない俺の言葉にライリの顔に大輪の花が咲く。
いい笑顔だな、俺はいつだってお前のそう言う顔が見てぇんだよ。
『美味しいものって何ですか! 私も御一緒しても良いのですよね?』
ライリの笑顔に満足していた俺の気分をブチ壊す食いしん坊幽霊の言葉に思わず苦笑いする。
おいおい、昼間に活動し過ぎて霊力が尽きちまって消滅しても俺は知らんぞ。
まぁ、力を使う訳でもねぇし大丈夫か?
『あぁ… 何を用意するのかしら? 楽しみで堪らないわ』
完全に憑依するつもり満々じゃねぇかよ。
食べ物に関わってる以上、付いて来るなと言っても聞きそうにないしな。
仕方ねぇ、食う間だけ憑依させてやるか。
山のような量の野菜を入れた大きな籠を背負った俺は両腕には大量の薪も抱えていた。
更に手には肉の入った袋までぶら下げている姿は格好いいとは言えねぇな。
何でも貧乏で服すらも買えず、近所で着れなくなった古いお下がりを着回し続けているらしい。
そんな話を聞いて黙っている俺では無い。
ライリに子供達の体型に見合った服を大量に購入させていた。
流石にこれ以上の荷物は俺でも持てずライリが一生懸命運んでいるが、その表情は辛さは微塵も感じさせず嬉しそうにしている。
喜ぶ子供達の顔が頭に浮かんでるんだろうな。
良く見ればクレアも少しだが霊力を使ってライリの荷物を支えてくれているみてぇだし。
本当に優しい奴だと俺は思っている。
大量だからって二回に分け運ぶって言うのは無しだぜ。
やっぱり山のようなプレゼントを一気に見せて驚かしてやりたいからな。
それが俺の流儀だ。




