第32話 絶滅危惧種
「新人潰しって何だよ? アンナはそんなニックネームで呼ばれてるのか…… 一体どうなってやがる」
どうやら状況は思っていたよりも悪いみたいだな。
「そうなんですよ。 若くて可愛い受付嬢達が次々と辞めちゃうから俺達みたいな若い連中は皆ショックを受けてるんですよ」
最近、ライリに俺の男爵位を蹴った話を聞かせてしまい窮地に陥った所を、当人でもあるライリに救われた若い四人の冒険者達が俺の家にやって来るのだが、どうやらお目当てはライリらしい。
ライリから声を掛けられると嬉しそうにヘラヘラしてやがるが、お前達みたいな冒険者にウチのライリはやらんからな!
「アンナの奴は怒らせると怖えからな。 黙って座ってれば美人受付嬢なんだが……」
少し前までは人気ナンバーワン受付嬢だったアンナが、すぐにでも冒険者へと復帰したいがために自分の後任を育てているはずが、早く一人前に育てようとスパルタ教育を施した結果、既に三人の若い受付嬢が退職と言う最悪の事態を招いているんだから、これでは目も当てられない。
俺は二人目が辞めた時に困った顔をしたギルド長からアンナへの愚痴を聞かされており、大体の経緯は知っている。
「ええ、以前は憧れのお姉さん的な存在だったんですけど、最近じゃお局様的な煙たい存在になってるから、アンナさんがいない時を見計らって受け付けに行くのが若い冒険者達の暗黙の了解になってるくらいで…… 何とかしてくださいよ!」
お局様って…… アンナには悪いが似合いの響きだと俺も思う。
まぁ、それは置いておくとして……
「何で俺が何とかしなきゃなんねぇんだよ?」
「何でって…… 元相棒ですよね? その後に仲間が増えてからもアンナさんはずっと一緒だったって聞いてますよ」
うっ、それを言われると何も言えなくなるじゃねぇかよ。
今と違って昔のアンナは美少女って感じで可愛かったし、冒険者達の憧れの的だったんだぜ。
組んでる俺は良く嫉妬されたもんだよ。
今と変わらず口は達者で気も強かったけどな。
昔組んでいた俺以外の三人の奴らもアンナには頭が上がらなかったからな……
「どうしたんですか?」
思い出したくも無かった辛い記憶までもが脳裏に浮かんで来たために黙り込んじまった俺を見た若い奴が不思議そうな顔をしていた。
「いや、何でもない。 分かったよ、アンナには俺から話しておくから」
奴らが言うには、この二、三日の間、アンナが仕事を休んでいるらしい。
「お願いします! 俺達の明るい未来がかかってますから」
随分と煙たがられてるようだぜ、全くアンナの奴は何をしてやがるんだ。
「ご主人様、ただいま戻りました! あら? お客様ですか。 ご主人様ったらお茶もお出ししないで…… 本当に困った方です」
買い物から戻ったライリがリビングに集まる俺達を見て呆れた顔をする。
「うっ、済まない…… ライリ」
俺はライリに対して、あの男爵位の一件以降は更に頭が上がらなくなっていた。
だがな… コイツらには水でも勿体ねぇよ。
お前の顔を見に来てやがるんだからな。
「ライリちゃん、お構いなく。 買い物で疲れてるだろうし俺達に気を使わないでよ」
「ライリちゃん、今日は一段と可愛いね」
「ライリちゃん、今日の夕食は何かな?」
「ライリちゃん……」
ライリが現れた事で奴らのテンションは一気に上がる。
「喧しい! どいつもこいつもライリライリ呼ぶんじゃねぇ! 煩くて堪らねぇだろうが!! 要件が済んだらさっさと帰りやがれ!」
あまりの鬱陶しさに我慢出来なくなった俺が声を荒げて怒鳴りつける。
「ヒィ… スイマセン! 今日はこれで失礼します。 あと…… あの件はどうか宜しく!」
「「「失礼しました!」」」
俺の怒りを買った四人の若い冒険者達は我先にと慌てて逃げ出して行く。
そんな俺の姿を見たライリが深い溜め息を吐く。
「ご主人様…… そんな態度では若い人達から煙たがれてしまいますよ。 もっと優しく接してあげてください」
ライリからの苦言は何やらさっきの話に似てやがるぜ……
どうやら俺もアンナと大差ねぇみたいだな。
ライリには散歩へ出るが夕食までには戻ると伝えた俺はアンナが住んでいる冒険者ギルド宿舎へと向かう。
独身のギルド職員の殆どが暮らす、その宿舎には足を踏み入れた事も無い俺だが、場所だけは知っていた。
まぁ、知ってるも何も…… 冒険者ギルドの裏だからな。
石造りで味わいのある古い建物は歴史を感じさせており、その入口に設けられた管理人室には初老の女性が座っていた。
「済まねぇ、アンナに会いに来たんだが… アイツはいるかい? どうも具合が悪いみてぇなんだがよ」
俺がアンナの名前を出すとニヤリとした表情を浮かべる女性。
「何だい、アンタはアンナちゃんの新しいコレかい?」
左手の小指を立てて俺に示す女性。
新しいって何なんだよ…… この手の婆さんは迂闊に話すと余計な噂話を広めてくれそうで怖いんだが。
「勘違いしないでくれ、ただの冒険者仲間だ」
俺を上から下まで舐めるように見てやがる。
そして何か思い出したかのように頷いているんだが、俺を知ってるのか?
「アンタは確かアンナちゃんの元相棒だろ? アンナちゃんみたいに良い子を放ったらかして家に若い女を囲って楽しんでる悪い男なんだってね。 あたしゃそう聞いてるよ」
もう既に変な噂になってるじゃねぇか!
「それは誤解だ! 俺はそんな事はしてねぇよ!」
誰がこの婆さんにそんな噂を吹き込みやがったんだ。
「わたしゃ騙されないよ! この目の黒い内は、ウチの可愛い子達を泣かすような男に合わせるつもりは無いからね!」
勘弁してくれよ…… 俺はこう言う婆さんは苦手なんだよな。
ガキの頃に近所にこう言う婆さんが結構いたからな。
とにかく人の話を聞かねぇんだよ。
最近じゃ、滅多に見かけなくなった絶滅危惧種だが、こんな所にまだ生息してやがったか。
「だから誤解だって言ってんだろうが!」
いい加減にしやがれ!
「誰かぁ、誰か来ておくれ! 悪い男が老い先短い、か弱い老婆を虐めてるよ!」
デカイ声を張り上げて周囲に響かせる婆さんの口を慌てて塞ぐ俺。
「騒ぐんじゃねぇよ! 何なんだよ一体」
フガフガ言いながら暴れる婆さんを必死になって押さえつける俺。
結構力があるじゃねぇか、どこがか弱いんだよ。
「うるさいわね! 一体何をしてるのよ… って、あなたがどうして此処にいるのよ?」
廊下の奥の扉が開き、アンナが顔を覗かせる。
「丁度いい所に現れてくれたぜ! アンナ、この婆さんを何とかしてくれよ…… いっ、痛え!」
アンナに気を取られた隙に俺の手を思いっきり婆さんが噛みつきやがった。
「ぐわぁっ…… 何しやがる…」
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
痛みで床を転げ回る俺を、勝ち誇った顔をした婆さんが見下ろす。
その光景を見たアンナが俺に慌てて駆け寄って来てくれる。
あのババア… くっきり歯型が付いてやがるじゃねぇか!
「アンナちゃん、その男に騙されてるんだよ。 いい加減に目をお覚まし!」
騙してねぇよ…… ったく、痛えな……
「わざわざ私に会いに来てくれたの? 手当してあげるから部屋にいらっしゃいよ」
「済まねぇな……」
俺はアンナに手を引かれながら彼女の部屋へと足を踏み入れる。
初めて見るアンナの部屋は所々に小物が置いてあったりしてお洒落な感じがしていた。
衣装棚の上には小さな人形が並べられてたりと、アンナにも可愛らしい一面もあったんだなと思わず感心していまう。
「その男に騙されるんじゃないよ!」
そんな俺の思いを掻き消すかのように、廊下にいる婆さんの声が響いて来るのだった。
……もう勘弁してくれ。




