第3話 祝い酒
「おらぁっ! 死にやがれ!!」
振り上げた巨大な剣を力一杯振り下ろす。
剣自体の重さと振り下ろす力の相乗効果によりその斬撃は凄まじいものとなっていた。
更に崖の上から飛び降りて落下速度も乗っているのだから鎧のような頑丈な鱗を持つ相手でも堪らないだろう。
まだ小さい個体ながら谷間に住み着いたドラゴンを退治する依頼を受けた俺は漸く目的を果たす事になる。
首を斬り落とされたドラゴンの幼体は生命活動を停止して大地に横たわる。
「頭は傷付けずに倒せたから高く売れそうだな。 これでライリに何か良い物を買ってやれる」
俺の頭の中には既に帰宅した後の事が思い浮かんでいた。
ウチの自慢の侍女は何が好みだろうか?
まだ10歳にもならないのだから宝石とかは興味は無いとは思うが相手は小さくても女だしなぁと頭を捻る。
冒険者になってからは特定の女性との関係を極力持たないように気を付けていた。
いつ野垂れ死ぬかも分からない職業柄、大事な人間を悲しがらせたくは無かったからだ。
「やりましたな! "大剣使い"の二つ名に加えて"竜殺し"の称号まで手に入れるなど私達としては羨ましい限りです」
運び屋として雇った男達の頭目が羨ましそうに俺を見ている。
そんな称号など欲しくは無いが金は欲しい。
これで暫くは遊んで暮らせる程の大金が手に入るのだ。
何しろドラゴンの身体は捨てる所が無いくらいに貴重な部位が揃っているらしく、驚く程の高値で取り引きされる。
身体中に傷を負った俺は依頼を受けた村で手当てを受けていた。
特にドラゴンの口から吐き出す高温の炎には苦労させられており火傷もその内に入る。
「ドラゴンを一人で倒したなんて本当に信じられないわ… 貴方って強いのね。 ふふっ、私強い男が好きなのよ。 それに金持ちも…」
手当てを受けた俺は妖艶な美女の誘惑も一緒に受ける事になる。
怪我人を相手に何をするつもりだろうか?
まぁ、それも嫌いじゃないが大金目当てに言い寄る女性には興味は無い。
「悪いが他を探してくれ。 俺には家で待ってる奴がいるのだからな… それもとびきり良い女だ」
この面倒な女を諦めさせるために言った俺のセリフが、この村に広まってから俺の住む侯爵領に伝わるまでにそう時間はかからなかった。
お陰でロリコン疑惑に拍車をかける事になるのだが、この時の俺は想像もしていない。
「あら悔しいわね、その女性を見てみたいわ。 そんなに美人なの? それとも唆られるプロポーションの持ち主かしら?」
溜め息を吐きながら女は悔しがる。
ライリを思い浮かべてみたが、どちらも当て嵌まらないだろう…… まだまだ子供だしな。
後にこの女がライリの存在を知った際に俺の事を「あのロリコン野郎! このアタシよりもガキを選ぶなんて!」と激怒したのは俺の知るところでは無い。
俺の住む町は侯爵領の中でも一番大きな町でいつも活気に溢れている。
町の中心には侯爵様の屋敷がある事から、この町が侯爵様のお膝元と呼ばれる由縁にもなっていた。
戦利品を運ぶ馬車に便乗させて貰い、我が家へと向かう俺は結局ライリへの土産を手にしていない事に焦りを感じていた。
「おいおい、どうするよ。 結局まだ何も用意して無いぞ!」
そんな俺の呟きを馬車の御者は不思議そうな顔で見ていた。
やがて馬車は見慣れた風景の中を進み始め、出発地点になる冒険者ギルドに辿り着く。
俺がドラゴン退治を成功させたと言う噂は既に広がっていたらしくギルド前の広場にはドラゴンを一目見ようと人だかりが出来ていた。
ギルド職員が総出でドラゴンの部位の査定を行なっているのを眺めながら俺はお祝いにとギルド職員から差し出された盃を手に酒を口にする。
「真っ昼間からお酒ですか?」
背後から掛けられた予想外の声に思わず口に含んだ酒を吹き出していた。
振り返ればそこには久しぶりに会う小さな侍女の姿があったからだ。
腰に手を当てて立つ仕草を可愛らしいなと思うのは極めて自然でロリコンだからじゃない。
「ラ、ライリ! いや、これはだな… 俺が用意した訳じゃなくて是非にと勧められてな…」
慌てて言い訳する俺の横に並ぶと酒瓶を手にして微笑むライリ。
「お疲れ様でした、ご主人様。 出来れば家でこうしてあげたかったのですけど… 既に飲んでしまったのなら仕方がありませんね。 私がお酌してさしあげますから、勝利の美酒にお酔いくださいませ」
どうやら俺が帰って来た事を知り冒険者ギルドまで迎えに来たらしい。
手にはいつも出る時に彼女が持って行く買い物籠を持っていない事からもそれが窺い知れる。
「す、済まないな。 ふ〜っ、美味い酒だな」
きっと上等な酒では無いのだろう。
だがクイッと胃に流し込むとそれが喉を通じて胃にまで流れて行くのを感じる。
空になった盃に可愛らしい笑みを浮かべながら酒を満たすライリ。
そんな俺達二人を集まった奴らが遠巻きに眺めていた。
どうせ碌な噂はされないんだろうなと諦めにも似た思いに至る。
まぁ、これ以上何を言われても変わらんだろうと言うのが俺の見解だ。
「えっと… ライリちゃん。 良かったら俺にも注いで貰えないかな?」
近くで飲んでいた見知らぬ奴がやって来る。
何でライリの名前を知ってやがるんだ?
怪訝な表情を浮かべているだろう俺の顔を見たライリに、まぁ少しくらいはいいだろうと無言で頷いて見せる。
「はい、ではどうぞ… お飲みください。 これは私のご主人様の祝い酒ですから!」
にっこりと微笑みお酌をするライリに見知らぬ奴が照れながら注がれた酒を飲む。
それを皮切りに次から次へとライリへお酌をしてくれと男共が殺到する。
お前ら一体何なんだ!
散々人の事をロリコン扱いしやがったクセにライリに夢中じゃねぇかよ…
「ご主人様が冒険に出ている間、ライリは毎日心配になって冒険者ギルドを訪れていたんです。 今日こそは帰って来るんじゃないか、何か情報は届いてないかって…… そしたら皆さんがとっても優しくしてくださって。 今日は少しばかり、そのお礼が出来て嬉しいです」
俺のいない間にそんな事があったのか…
コイツらは毎日通って来る健気なライリにノックアウトされたって訳だな。
大剣使いなどと恐れられて普段なら誰も近寄ろうとしない俺の側に人が集まっている事にも驚きだが、ライリの人気の高さにも驚かされた。
「そりゃあ、良かったな…」
そんなに嬉しそうな顔を見れれば俺も満足だ。
この日のドラゴン退治の祝宴は毎年の町をあげての祭りに発展して行く事になるのだが、男達が持った祝いの盃を町の女性達が次々と満たして行くと言う祭りの由来はライリが作ったと言っても過言ではないだろう。
そんな事は今の俺達には知る由もなかった。
「今夜は腕によりをかけてご馳走を作りますから楽しみにしていてくださいね」
今夜は思う存分飲ませて貰えるだろうか?
袖を捲り今から張り切るライリを横目に、晩酌への期待を膨らませる俺は自分が思っていたよりも満足な生活を送っている事に気付くのだった。