第25話 悩めるライリ
「最近、ご主人様の様子が変なんです。 急に屋根裏部屋の掃除を始めてみたり……」
ある日、冒険者ギルドを訪れたライリの話を聞いていたアンナだったが、アイツが私と一緒に暮らす準備をしてくれているんだと喜びの気持ちが胸に溢れて来るのを感じていた。
(でも… 屋根裏部屋って言うのは、どう言う事かしら? 二階の空き部屋じゃないのは何故かしらね)
アンナも二階に空き部屋がある事は知っているため、自分はそこに部屋を充てがわれるのだと思っていた。
実際には新たな住人になった幽霊のクレアの部屋を用意していたのだが、それをライリとアンナは知らないのだから奇妙に思っていたのだ。
「他にも何かあったの?」
「はい…… 庭に物置きを建て始めてます。 理由を聞いても荷物が増えて来てるから必要だろうとしか答えてくれなくて…」
「荷物が増えるかぁ…」
(やっぱり私のためね… そんなに荷物は無いつもりなのに気を使ってくれてるのね)
王都から戻ってからのアンナは休んでいた間の仕事が山積みになっており、その対応に追われていて引っ越し準備などはする暇も無かったのだ。
再び冒険者に戻りたいとギルド長にも話したのだが、後任が育つまで待って欲しいと懇願されてもいた。
アンナがいない間に仕事が進まず溜まっていた事からも分かる様に、アンナが優秀過ぎたための反動とも言える。
皆がアンナに頼り過ぎていた悪い結果だろう。
(そっか… アイツも私を待ってくれてるのね)
喜んでばかりはいられない! アンナは早く後任の育成を終わらせなければならないと強く思うのだった。
この日から後任の少女へのスパルタ教育が祟った事により数日で辞められてしまい、後任の育成が更に長引く事になるとは今の時点でアンナは露にも思ってもいない。
「ねぇ、ライリちゃん。 私もあなた達と一緒に暮らしたいって言ったら迷惑かしら?」
事態が動き始めているなら、ライリにも早めに言っておかなければならないと思ったアンナが単刀直入に話を切り出す。
「えっ! アンナ様がですか? それは一体…」
(まさか… ご主人様がアンナ様と結婚なさるとかでしょうか…… でもそんな素振りは無かったし)
ライリの頭の中を色々な事が駆け巡る。
今のご主人様との二人だけの生活が楽しくて… 嬉しくて… ずっとこのまま過ごして行きたいと思っていたライリにとっては困惑する事態だった。
正直に言えば来て欲しくは無かった。
今の関係のままでいて欲しいのだ。
自分の居場所が無くなってしまうので無いかと言う恐怖を抱いてしまう。
「私も冒険者に復帰して昔みたいにアイツの相棒になる訳だし、一緒に暮らした方が何かと便利でしょ? でも冒険者ギルドの仕事の方が今すぐに辞められる状態じゃないから、暫くはかかりそうなんだけど……」
ご主人様が結婚する訳じゃない事にホッとしたライリだったが、やがて訪れるだろうアンナの存在を疎ましく思ってしまうワガママな自分に嫌悪感を感じている。
そして… そのための準備を黙々と進める自分のご主人様を憎らしく思う。
「分かりました。 その時が来たら、どうか宜しくお願い致します」
ライリは小さな胸の奥で複雑な思いを抱えながらも作り笑いを浮かべ、そう答えるだけで精一杯だった。
「おっ、ライリ。 おかえり! どうよ、中々良い感じに仕上がったと思わねぇか?」
買い物から帰宅したライリの姿を目にして声を掛けた俺だったが、何かが変だと気付く。
完成した物置き小屋を見て深い溜め息を吐いているのは何故だ?
そんなに出来が悪いとは思えないんだがなぁ…
丈夫な丸太を使って組み上げた物置き小屋は家と同様の強度を誇り、嵐にも負けないだろう。
「丈夫そうですね… 私がここに住めば良いのかもしれません……」
「そ、そうか… 流石にここには住めんぞ」
住んでも良いとか言いながら遠い目をしてるんだが、一体何なんだよ。
戸惑いながらも使った道具の後片付けに入る。
今日の晩飯は何だろうと思いながら何気無く買い物籠を覗くと中は空っぽだった。
「おい、ライリ。 お前は買い物に行ったんじゃ無かったっけ?」
確か… そう言って出掛けた筈だよな?
「あっ、そうでした! 忘れてました… すぐに買って来ますね」
何か変だぞ、しかも… かなりの重症らしい。
「おい! ちょっと待てよ。 だったら、たまには一緒に町へ飯でも食いに行かないか?」
俺は慌てて買い物に出ようとするライリを呼び止める。
きっと疲れてるんだろう。
たまには外食も良いんじゃねぇかな。
「えっ、宜しいのですか?」
「今から買い物に出ても遅くなるしな、ライリも疲れてるんだろう? そうだ! 今日はあの王都で買った服を着てみろよ。 俺も水浴びして汗を流してから着替えるから、粧し込んでお出かけと洒落込もうぜ!」
せっかく王都で買った服をタンスの肥やしにしててもしょうがないだろ。
ライリのメイド服以外の格好を見る機会も滅多に無いからな。
「……はい。 では、着替えて来ますね」
足早に家の中へと入って行ったライリを見送った俺は風呂場に行くと水を浴びて汗を流す。
井戸水が思ったよりも冷たくて驚いたが、サッパリした俺は用意してあった服に着替えて家のドアを開く。
「ご主人様… どうでしょうか? おかしくはありませんか?」
ドアを開けた先にいたのは着替え終わったライリだった。
黒を基調としたジャケットは金色の装飾が施されていた。
白い大きな襟のシャツと白のショートパンツ、それに黒タイツと言う黒と白でコーディネートされているのはメイドとしての拘りらしい。
足元の靴にも大きな白い襟みたいな飾りが付いていた。
「うんうん、中々似合ってるぞ! ライリは元が可愛いんだから、もっと普段からお洒落な服を着ても良いんじゃないか? こりゃあ、俺も着替えなきゃな… この普段着じゃ、ライリと釣り合わないからな」
「そんな… ご主人様ったらお上手ですね」
俺の言葉を聞いたライリは恥ずかしそうにしていた。
出掛ける筈では無かったから用意してあった着替えは部屋着だったからだ。
「ちょっと待っててくれ! 俺も急いで着替えるからよ」
「あ、私もお手伝いします!」
自分の部屋へと急ぐ俺をライリが慌てて追いかけて来る。
二人で粧し込んでの外食なんて初めてだから緊張しちまうな。
俺もジャケットにネクタイなんて久しぶりだな… チッ、上手く結べんぞ。
「ご主人様、椅子にお座りください」
ライリがネクタイを結んでくれるのが恥ずかしくて思わず首を動かしてしまう。
吐息がかかるくらいの距離にあるライリの小さな顔にもドキドキしちまうし… 情けねぇな。
「ほらっ、じっとしててください。 ネクタイが曲がってしまいます」
「すまんな……」
まるで子供だな。
こうして準備を整えた俺達は家を出る。
その背後を漂いながら付いて来る存在に俺は頭を抱える思いだった。
期待を込めた瞳を煌めかせる幽霊のクセに食いしん坊なウチのもう一人のメイド。
どうやら俺に憑依して美味い料理にありつけるとでも思っているのだろう。
「二人っきりで外食なんて… 嬉しいです」
そうやって喜んでくれるのは嬉しいもんだな。
ライリ悪いが、実は二人っきりじゃねぇんだ。
クレアが一緒なのは…… ライリには内緒だ。




