第21話 死霊使いの指輪
「私は貧しい使用人の家庭に育ちましてね。 幼い頃にお屋敷に連れて行かれた際に目にした美しいメイド達に囲まれる裕福な生活に憧れていたものです」
ロイの別荘に招待された俺とアンナは広い応接室に通されて奴の話を聞いていた。
その間も奴の厭らしい熱っぽい視線がアンナに向けられているのが分かる。
「商人として成功をおさめた私が幼い頃に憧れていた美しいメイド達の行方を探し出して召し抱えたのですが、皆老いた姿で私の前に現れたのですよ。 私の夢や憧れを踏み躪られた気がしましてね……」
そりゃそうだろ?
てめぇが子供の頃に若くて美しい女性でも歳を取れば老いて行くのは当たり前だからな。
「皆を殺してやりましたよ。 跡形も残らぬようにね。 それからの私は美しいメイドを探して求めたのですが… 私の眼鏡に叶う人物は見つからず月日だけが経っていたのです」
初対面の俺に対して随分と簡単に殺したと聞かせるなんて… 生きて帰す気は無いって事か?
「そこまで俺に話すとは一体どう言う了見なんだよ?」
大体想像はつくがな。
「貴方は私に似ている気がしましてね。 メイドを愛する方だと…」
全くの見当違いの答えに俺は脱力する。
おいおい、お前と一緒にするんじゃねぇよ!
「そのメイドを私に譲ってくれませんか? お金は好きなだけ差し上げますよ」
ロイの言葉にアンナが俺の腕にしがみ付く。
アンナも若くねぇからな、そうなると賞味期限は短そうだし、早めに奴に殺されて飾られるのは間違いねぇな。
「断ると言ったら俺を殺すつもりか? 俺はお前が雇った傭兵くらい片手で始末出来るぞ」
奴の背後にいる傭兵達を睨みつけてやる。
腕利きとは聞いていたが、どいつもこいつも目を逸らしているようじゃ腕の程も知れているってもんだぜ。
「おやおや… 穏便に話をしているのに本当に馬鹿な人ですね。 貴方に私の最高傑作をお見せしましょう!」
傭兵の一人が扉を開くと部屋の中には無数のメイドが立っていやがった。
だが… まるで人形の様だ。
これがクレアが言っていた奴か?
横にいるクレアに視線を送ると頷いて返して来る。
「行方不明になった美女達の慣れの果てって訳かよ!」
皆が同様にメイド服を着せられている。
傭兵達は気味が悪そうにしてはいるがロイの奴の言いなりみてぇだな。
「さぁ、クレア… こっちにおいで!」
奴が左手に嵌めている指輪が妖しく光ると大勢のメイド達の中から現れたのはクレアだった。
「王宮に仕える本物の超一流のメイドです。 既に死んでいますがね。 でも… この死霊使いの指輪さえあれば彼女は私の言う通りに動くのですよ」
クレアが短剣を手に俺の前に立ちはだかる。
メイドの一人くらいに手こずる筈ねぇだろうと思っていたら信じられないスピードで襲い掛かって来やがる。
「驚かれましたか? 人は身体能力の三割程しか発揮出来ないそうなんです。 己の身体に負担を掛けないようにね。 ですが… 死んでしまえば関係ありません。 私のためだけに全力を尽くしてくれるんですよ! 何と素晴らしい!!」
クレアの攻撃を大剣で受け続けるだけの俺。
武器を持たせなかったアンナは俺の背後に匿うのが精一杯だった。
丈の短いメイド服にそんな物を隠せる場所も無かったからな。
「クレア! てめえの身体だろうが、何とかならねぇのか?」
宙に浮かびながら自分の身体と俺の戦いを眺めているクレアに呼び掛けてみる。
ハッとした表情を浮かべたクレアが自分の遺体に憑依するが、死霊使いの指輪の効力が強いらしく逆に操られてしまい、辛うじて動きが鈍くなる程度だった。
俺を倒すと言う目的を果たすためだけの殺人マシーンは止まらない。
そんな最中にクレアが俺にウインクをして見せた事から俺は何かを察する。
そして動きを止めた俺の胸に刺さる短剣を見たアンナが悲鳴を上げる。
「ほっほっほ、良くやりましたクレア。 こちらに来なさい」
奴の言葉に従ってゆっくりと歩き出すクレア。
そして満足そうに彼女を見ていたロイの目の前まで進むと素早く奴の指を切り落とし、俺へと放り投げたのだ。
床に膝をついた俺の前に死霊使いの指輪が嵌められたロイの指が転がる。
「グギャアー! 一体何をするんですか! 何で勝手に動けるのです!」
指を切り落とされた手を抑えながら床に這い蹲るロイ。
「そりゃあ… 魂が戻って来たからだろうよ。 クレア… 好きにしていいぜ!」
死霊使いの指輪を嵌めた俺が命令する。
これでクレアの好きに動ける筈だからな。
俺の命令を受けた短剣を構えたクレアが傭兵達に襲い掛かる。
凄まじいスピードで傭兵達を葬って行くクレア。
戦闘経験があるみたいな動きに目を奪われる。
そんなクレアの戦い振りを見た恐ろしさの余り、逃げだそうとする奴の行く手を阻む俺。
「ここから逃げ出すのは許さねぇ!」
部屋から逃げ出そうとした奴を大剣で両断してやる。
中々の斬れ味だぜ…… 試し斬りになった奴には可哀想だがな。
「た、助けてくれ! 金はいくらでも払う! な、頼む!」
俺に縋り付くロイ。
散々、女を殺しておいて何を言ってやがる。
「クレア、お前に任せる! 好きにしろ」
「やめろ! やめてくれ!」
ゆっくりと近付いて来たクレアがロイの手足の骨を砕くと襟首を掴んでメイドが立ち並ぶ部屋へと投げ入れる。
ロイの悲鳴が部屋の中に響く。
そして俺に振り向いたクレアの顔には生気が感じられなかった。
間違い無く死んでいるのだ。
腐敗しないように処理を施されてはいるが、やはり遺体なのだと思い知らされる。
もしかしたら身体に戻れさえすれば生き返れるんじゃないかと言う甘い考えを俺は抱いていたのだ。
「クレア… 済まないな」
表情の無いクレアの遺体が一瞬微笑んだ気がしたと呆気に取られた俺の唇にクレアの唇が軽く触れていた。
「な、何してんのよ!」
アンナが俺とクレアを引き離す。
クレアは少しだけ俺を見つめると踵を返し、メイドが立ち並ぶ部屋へと歩いて行く。
その手には火の灯る燭台が持たれている。
そして扉が閉められると一気に火の手が上がる。
ロイの悲鳴が聞こえて来たが、それは短い間だったと思う。
俺とアンナは燃え盛るロイの別荘から逃げ出すと、ただ焼け落ちて行くのを眺めていた。
「ご主人様! どこに行ってたのですか! アンナ様まで酷いです。 私に内緒で二人で何処かに行ってたのですか?」
置いていかれたライリのご機嫌は斜めだ。
あんな場所にお前を連れて行けるかよ。
あの後もライリ先生の料理教室は大盛況だったらしい。
ライリには… そう言う世界が似合っている。
俺達が選ばなかった優しい世界だ。
「墓参りだ、俺とアンナの共通の知り合いのな」
俺の言葉にライリも漸く機嫌を直したらしい。
神妙な顔つきで俺達を見ていた。
二人にとって大事な人が眠っているとでも思ったのだろう。
「さぁ、朱雀館に帰ろうぜ。 今夜はアンナも泊まるんだろ?」
俺の問い掛けに渋々頷くアンナ。
先程冒険者ギルド宿舎でミニスカメイド服から普段着に着替えたアンナが荷物をまとめていたのを俺は知っている。
アンナが来ると知ったライリが一瞬残念そうな顔を浮かべたが何だろうな?
まだ昼の件を気にしているんだろうか…
取り敢えず、王都での用事も済んだ事だし、これでやっと我が家に帰れるぜ。
だが… この時の俺は想像していなかった。
再び長い夜が訪れる事になる事を。




