第19話 英雄の父
王都最大の武具専門店アルマ。
俺達が今回の旅の目的にしている新しい大剣を手に入れるために久しぶりに訪れた訳だが、いざ店の前に立ってみりゃ…… 相変わらず派手だぜ。
「ご主人様… このお店ですか?」
ライリも面食らっている程の賑わい振りだ。
「安いよ安いよ! このハルバードが今なら何と定価の三割引! しかもナイフも付けて、この値段! さぁ、どうですかお客様?」
「よし! 買った!」
「俺にもくれ!」
おいおい… 何の店なんだよ。
取り扱いの難しいハルバードが飛ぶように売れているが… お前らに扱えるのかよ?
槍と斧の利点を持つポールウェポンの最終進化系みたいなモンだからな。
「おや、お客様。 今日は何をお探しで?」
俺に気付いた店員が声を掛けて来る。
チラッと腰のブロードソードに目をやり、何を得物に使っているのを確認している所も抜け目は無いな。
「大剣だ、ドラゴンでも斬れる奴を探している」
そう言えば以前のように店先に大剣を飾ってたりはしていないみたいだな。
「大剣ですか? グレートソードやクレイモア、ツヴァイハンダーなど各種取り揃えていますが… ドラゴンを斬れる程の物になると……」
「何年か前に店先に飾ってあったろ? ああ言う武骨な奴を探してる」
俺のその言葉に店員がピクッと反応する。
「お客様はもしかして… あの時の……」
「だったら、どうだって言うんだよ?」
明らかに青い顔をしていやがるな。
まぁ… あの時は約束を破って大剣を渡さないとか抜かしやがるから、ゾロゾロ出て来た店の用心棒を仲良く全員病院送りにしてやったのがマズかったのか?
「暫くお待ちを! 店長〜っ!」
慌てて店の奥に走って行く店員を呆気に取られ眺めていたライリが俺を見て溜め息を吐く。
「ご主人様がこのお店で以前に何かしでかした事だけは良く分かりました」
そんな目で見ないでくれよ! 俺は悪くないんだからな。
暫くすると先程の店員に連れられて奴が現れる。
武具専門店アルマの店長で様々な武器を収集する事に執念を燃やすラック・ストラトスだ。
「おやおや… 久しぶりですね。 この度も大剣をお探しとか。 あの時の大剣はいかがなさりましたか?」
肥え太った体型に脂ぎった顔の汗を手拭いで拭きながらフゥフゥ言ってやがる。
相変わらずな風体の男だぜ。
「ドラゴン、ラミアと立て続けに大物と戦ってな、最後にはミノタウルスをぶった斬って折れちまったよ」
その話にラックの奴の表情が変わる。
「お客様! もしかして… 巷で有名な侯爵領の大剣使いとはアナタの事ですか?」
ちょっと待て! そんなに俺に近寄るなよ。
興奮して今にも抱きつかんばかりだが、俺にはそんな趣味はねぇ!
「その通りです。 我が主人は侯爵様から準男爵への誘いまでお受けした我が侯爵領の英雄。 それも貴方の店の素晴らしい大剣があったからこそになります。 今回も英雄に相応しい大剣を求めて貴方の店に参った次第なのです」
ライリの説明にラックの奴の目が輝き始める。
おいおい、随分と人を乗せるのが上手いな。
「貴方の店の大剣で英雄が誕生したと広まれば、更にこの店の繁盛は間違いありません。 貴方は英雄を生んだ父親の様な存在なのですから!」
「おおっ、この私が… 英雄の父!」
やっぱ… 女って怖えのな。
それに引き換え… 男ってのは単純だぜ。
小ちゃくてもコレなんだぜ…… ライリが大人になったら、手のひらで踊らされる様に煽てられた男が丸裸でドラゴンに挑み兼ねねぇよ。
「そうですね、ご主人様?」
眩しいばかりの営業用スマイルで俺に同意を求めるライリ。
俺は間違っても、あんな父親だけはいらねぇんだけどな。
「その通りだ、アンタには感謝している。 だから新しい大剣が欲しいんだよ」
私が英雄を生んだとかブツブツと呟いていたラックの奴が俺の言葉に目を見開く。
「分かりました! お客様… いえ、侯爵領の英雄殿! 店の奥へどうぞ!」
興奮冷めやらぬと言った感じのラックに導かれて店の奥へと進んだ俺達は巨大な倉庫へと案内される。
その中には戦争でも始めるつもりかと思えるくらいの武器が収められていたから驚きだ。
「驚かれたようですね。 これは私が長年かけて集めた武器の数々になります。 大剣のコーナーは… コチラです」
コーナーって… 確かに武器ごとに分けてあるけど凄え数だな。
大剣だけでも三十は超える数が揃ってやがる。
その中でも業物は… 見る限り数本だがな。
それでも大したもんだよ。
俺はその中でも一際大きな大剣を手に取ると普段の通り、大剣をクルッと回してから上段に構えて振り下ろす。
前の大剣より少し重いが扱えない事は無いな。
「コイツは中々の代物だぜ」
もし買える値段ならコイツで決まりだな。
「その大剣を軽々振り下ろすだけで無く、そのようにピタリと止められるのですから大した腕前ですな」
ラックの奴が感嘆の声をあげてやがる。
チラッと見ればライリも驚いて声も出ないみたいだぜ。
確かに家じゃライリの前で大剣を振り回したりはしてないしな。
「俺はコイツが気にいったんだが… いくらだ?」
これだけの業物だと俺の有り金全てを叩いても買えるか微妙だろうな。
「この大剣があれば我が主人の伝説は更なる高みに登ると言うもの。 それも英雄の父となる貴方次第ですが…… いかがなさりますか?」
ライリ… ナイスアシスト。
やっぱり、お前は凄えよ。
「分かりました。 英雄の父として、その大剣はタダでお譲りしましょう。 その代わり、侯爵領の英雄の話は店の宣伝に使わせて貰いますよ」
ラックとライリが握手を交わす。
交渉成立と言った所か…
「それにしても… そのメイドは素晴らしいですな。 王都で長年に渡り商売敵と戦い続け幾人も潰して来た、この私を簡単にその気にさせるとは末恐ろしい才覚の持ち主です」
ラックがライリへ最高の評価を付けたらしい。
大剣を購入する際に値引きして貰えたらとライリに期待はしていたが、まさかタダにしちまうとはな。
どうだ、ウチのメイドは最高だろ?
「そうそう… 迷惑ついでに頼みがあるんだけどよ」
俺はラックにある相談をする。
「よおっ、ソッチはどうだった?」
ライリと一緒に冒険者ギルド本部へと戻った俺はライリに気付かれないようにゲッソリとしたアンナに声をかける。
精気とか吸い取られてるんじゃねぇだろうな。
「まぁ、詳しくは後で話すわ。 中々面白い事も分かったから。 ソッチはどうって… 見れば分かるわね」
俺が背中に背負う真新しい大剣へとアンナが視線を送る。
「でよ… これをアンナに貰って欲しいんだよ」
それはラックの武具屋で手に入れたパタと言う籠手に直接剣が取り付けられている武器だった。
これなら右腕の腱が切れて不自由なアンナでも使いこなせるだろうし、何よりも左手が自由になるからな。
武器に詳しいラックにアンナの事を話すと、それならばと薦められたのがパタって訳だった。
中々の逸品らしく見事な装飾が施されている。
「……これを私に? また… 一緒に冒険者になれって事だと思っていいの?」
ダメだって言っても今回みたいに勝手に付いて来るんだろうがよ。
無理して左腕一本で戦える程、実戦は甘くはねぇからな。
だったら備えは必要だ。
「ああ、また頼む!」
俺は遠い昔に立てた誓いを破る事になる。
だが… もう後悔はしないつもりだ。
既に手放せない大事なもんが出来ちまったんなら守るしかねぇからな。
涙を流して喜ぶアンナへ可愛らしいハンカチを差し出しているライリと、それを宙に浮かびながら笑顔で眺めているクレア。
ライリに出会うまでは想像もしてなかった自分の変化に戸惑いを感じながら、そんな自分も悪くないと改めて思う俺だった。