第52話 子供が欲しいと言われても……
「いらっしゃいませ、お客様。 今日は何をお探しです… か……」
俺を見た店員が言葉を飲み込む。
だから俺は嫌だったんだ。
この店は先日ユナに婚約指輪を買ってやった店じゃねぇかよ。
俺の腕には前回とは違う女が幸せそうな顔をして腕を絡ませてるんだからな。
他の店にしようと言う俺の意見は完全にスルーされちまったんだが、ライリの奴め…… 絶対に俺の心を読んで店を決めやがっただろ。
ちょっとしたお仕置きのつもりかも知れねぇな。
「コイツに合う結婚指輪を探しているんだが、俺には良く分からねぇから相手を頼めるか?」
どうも口元が引き攣ってる気がしてならねぇ。
前に五人同時に婚約指輪を買ってやった時は俺に勢いがあったからな。
今は…… どうにも恥ずかしいぜ。
「まぁ、そんな事を言わず一緒にお願いします。 それとも旦那様は私と一緒にいるのが嫌なのでしょうか? それに結婚指輪なのですから旦那様も必要になるではありませんか」
ニッコリと微笑みながら聞いて来るのが何やら怖い気もするが、とにかくライリには逆らっちゃダメだと野生の勘が叫んでやがる。
それに考えてみればライリの言う通りだな。
結婚指輪なら俺もしなくちゃならねぇのか。
そうなると大剣を握るのに邪魔になるのは困るからな。
「そんな事ある訳ねぇだろ! 分かったよ、一緒に選んでやるから良さそうなのを持って来い」
その中から一緒に選ぶくらいだったらセンスのねぇ俺でも何とかなるだろうよ。
「ピンクゴールドは…… 避けますか?」
おいおい、店員! ユナと被るとか思って善意のつもりかも知れねぇがやめてくれ!
ライリの奴…… じ〜っと俺を見てやがる。
「や、やっぱり結婚指輪だからな。 プラチナがいいんじゃねぇか。 俺もつけなきゃならねぇからな。 そうなるとシンプルなデザインのにして貰わねぇと大剣を握る時に邪魔になるから、その辺りを考慮して貰えるかい」
俺もつけるなら死活問題になる訳だし、ちゃんと考えなきゃならねぇぞ。
「承知致しました。 では奥様、どのようなデザインが良いか実際に見てみましょう。 旦那様もご一緒に此方へどうぞ」
店員に奥様と呼ばれたライリの顔を見てみれば絶対に浮かれてやがる…… そう言えば夫婦扱いされた事って無かった気がするからな。
「は、はい! 参りましょう、旦那様」
俺の手を勢い良く引くライリに連れられて店の奥へと進む俺。
「お、おい! そんなに慌てるなって」
店員に勧められるまま席に着いた俺達の前に皿みたいのに並べられた指輪の数々。
俺にはどれも同じに見えるが…… う〜ん……
「うわぁ、旦那様。 これなんか良くないでしょうか?」
ライリが指で指し示す指輪を見たが隣にある奴との違いが俺にはサッパリ分からねぇぞ。
「そうだな、いいんじゃないか。 それにするか!」
違いも分からねぇ俺が否定出来る訳もねぇ……
ライリが気に入ったのならいいだろ。
「はい、一生大切にします……」
デザインが決まれば後はサイズを測って貰い、ぴったり合う結婚指輪を受け取るだけだった。
そんな俺達の左手の薬指にはお揃いの指輪が光っている。
「あの〜 宜しかったらポイントカードをお作り致しましょうか? また買いに来て頂けるのですよね……」
ユナの分を買いに来るのかって事か?
確かにライリのを見たら欲しがるのは間違いねぇよな。
それはユナだけじゃねぇよな。
他の奴らも指輪を貰うのと一緒に式を挙げろと一斉に言い出すかも知れねぇぞ。
あと気になるんだが…… そのポイントカードを貰うと何かいい事があるのかよ?
普通は貴金属店にそうそう来ねえと思うぞ。
「多分、近い内に来る事になると思う…… あと五人分は買わなきゃならねぇからな」
五人と聞いて店員が固まりやがったぞ。
気持ちは分かるが、恥ずかしいったらありゃしねぇな。
「その際は是非とも私を指名して下さい! 売り上げの成績とかもあるんです! 前回の分もポイントカードに付けさせて頂きますから!!」
うおっ、何だかヤケに食い付いて来やがった。
頼むから前の話はあんまりしねぇでくれ。
せっかくライリの機嫌がいいんだからよ。
気になってチラッとライリを見れば指輪を眺めながらポーッとしてるから大丈夫みてぇだな。
「ああ、じゃあ作ってくれよ。 次もアンタを指名するからさ」
貰えるもんは貰っとくとするか。
それにしても…… これでライリが少しでも落ち着いてくれればいいんだが…… 嫉妬と怒りで破壊の女神になられても困るぞ。
不安を抱えながらも支払いを済ませた俺はライリと店を後にする。
「旦那様、今日は何か予定はありますか?」
店を出ると急に立ち止まったライリが尋ねて来たが、一体なんだろうか。
「いや、もう要件は済んだから特にはねぇが…… 何かあるのか?」
何やら顔を赤らめて恥ずかしそうにしてやがるし、俺に言い難い事か?
「一緒に行って欲しい所があるのです。 恥ずかしいのですが…… 朱雀館では二人っきりで夜を過ごす事は無いものですから……」
おいおい、ちょっと待て!
それは昼間っから連れ合い宿に行きたいって事かよ。
随分と大胆なお願いだな…… まぁ、確かに機会を作らねぇと無理があるか。
「俺は構わねぇが…… 結婚指輪を買った記念日だもんな。 心ゆくまで愛し合うとするか」
「はい…… そうして貰えたら嬉しいです。 私の旦那様。 先日は義母様にも"早く孫を抱かせて欲しいわ"とお願いされてしまいましたし、せっかく乗り合い馬車も貸し切りにして二人っきりにまでしてくれたのに期待に応えられず申し訳なく思っていたので……」
な、何だと! アレはお袋の仕業かよ。
乗り合い馬車に俺達二人しか乗ってねぇから変だなとは思っていたが、そう言う事か。
孫の顔を見たさにライリをけしかけるとはな。
どうりでライリが毎晩せがんで来ると思ったが、子供が欲しかったのか。
でもライリが母親とか想像出来ねぇな。
俺の良く知るライリが子供だったしよ…… でもそれだけ成長したって事か。
「子供は無理に作るもんじゃねぇと思うぞ。 愛し合っていれば、その内に自然と授かるもんだと思うが……」
アンナとは一発で出来たしな…… アレには俺も驚かされたが……
「私との子供は欲しく無いのですか? 私は旦那様との子供が欲しいです。 未来で坊ちゃんをアンナさんと育てていて、この子が自分の息子ならどれだけ良かったかと何度思ったか知れません」
その場合…… 俺はライリの息子として蘇っていたかも知れねぇな。
アンナみたいに愛していた男が自分の息子になって、同じように嘆き悲しんだだけな気もするぞ。
「欲しくない訳じゃねぇが…… まだ二人っきりの時間とか欲しくないのか? 子供が出来れば手がかかるし、そう言う時間も無くなっちまうと思うんだが……」
「でしたら無くならないように時間を作って下さいませ。 まさか出来ないとでも言うのですか? 欲しくない訳で無いのなら欲しいと言う事です。 さぁ、行きますよ!」
ダメだ…… 何言っても勝てる気がしねぇ。
普通は逆だろうよ…… 俺が連れ合い宿に連れ込まれるとは思いもしなかったぜ。
ライリにグイグイと手を引かれて歩きながら、俺はもしもライリが母親になった日にはどれだけ強くなるのかを想像して恐ろしさを感じていた。
小ちゃい頃から何故かコイツには頭が上がらなかったって言うのによ。
惚れた弱みとは良く言ったもんだぜ。
そんなライリも悪くねぇかって思っちまうんだからな。