第51話 人では無い存在
「旦那様、私に付き合って欲しい買い物とは一体何なのでしょうか? それに買い物をするなら方向が逆だと思うのですけれど……」
色々な店が建ち並ぶ賑やかな大通りから離れて静かな住宅街の方へと向かっているからライリも何かおかしいと気付いたらしい。
「実は買い物って言うのはライリと二人っきりになる口実だ。 一緒に行きたい場所があってな」
あんまり心配させたくはねぇし、ここは正直に言うのが一番だろ。
最初は少し驚いた表情のライリだったが俺から二人っきりになろうとした事が嬉しかったみてぇだ。
「まぁ、一体何処に連れて行ってくれるのでしょう? うふふ、楽しみです」
一緒なら何処でも構わねぇって感じだな。
ライリらしいって言えばライリらしいぜ。
でもライリの奴も次第に目的地が分かったんだろうな。
俺の腕に絡むライリの腕に力が込められて来たのが、その証拠だと思う。
お互いに忘れられる筈も無い場所だ。
雪の降る中で俺達が結婚式を挙げた教会だからな。
「ライリ…… 着いたぜ。 俺達二人の思い出の場所だ。 ここで互いに愛を誓い合ったよな」
教会の前に立ち二人で建物を見上げる。
どうやら今日は誰かの結婚式が行われている最中か……
パイプオルガンが結婚式に良く聞く曲を奏でているからな。
時折り聞こえる賛美歌や神父の言葉からも窺い知れる。
中に入って昔みたいにもう一度二人で愛を誓い合いたかったが、結婚式を挙げてる幸せな二人の邪魔はしたくはねぇ。
「ええ、旦那様。 どうやら今日も誰かが愛を誓い合っているようですね。 同じ場所で結婚式を挙げる方々ですから幸せになって欲しいと思います」
左手の薬指にはめられた婚約指輪を眺めながらライリがそう口にする。
そう言えば結局、結婚指輪を買ってやってねぇな…… 俺って奴は本当にダメだな。
こうなったら帰りに買ってやるとするか。
買い物があると嘘を吐いた筈が本当になっちまうとはおかしな話だぜ。
「なぁ…… ライリ。 最近どうもお前の様子が変な気がしてならねぇんだよ。 そう感じているのは俺だけじゃねぇ筈だぜ」
俺は教会を見上げながらライリに問い掛けた。
「やっぱり分かっていましたか…… 自分でも感情のコントロールが難しくなっている気がしています。 これは旦那様を愛するが故だと思っていましたが…… 他の婚約者の方々に対して嫉妬だけでなく憎悪すら感じるようになって来て、これは流石に変だと自覚し始めているのです」
普通の恋人や夫婦なら互いに愛し合うだけだから、浮気でもしない限り感じない思いだよな。
俺達の関係が一夫多妻制になっちまってるからって訳でも無いだろう。
それは以前から変わらねぇスタイルだからな。
「例の不思議な力の副作用とかか? 俺もライリとは付き合いが長いからな。 鈍い俺だって今のライリが以前とは違うのは分かるんだぜ」
腕から離れたライリが俺の正面に立ち教会を背にする。
そして今度は、その黒い瞳が俺を捉えて離さない。
「そうなのかも知れませんし、違うのかも知れません。 私にも分からないのです。 夢にまで見た幼い頃に恋焦がれ愛した昔の旦那様の姿を再び見てからだと思います…… もう二度と失いたくない離れたくないと今まで以上に強く思うようになりました」
願いを叶える力があるって言ってたよな。
もしも不思議な力で俺を失いたくない離れたくないって願ったらどうなるんだろうか。
無意識の内に力を使っちまってたりするのか?
「あの不思議な力を使ったりしてねぇよな?」
俺はライリの目を真っ直ぐに見て問い掛ける。
昔は良く怒られたからな。
"そう言う事はちゃんと目を見て言うものですよ"ってさ。
「意識して使ってはいないつもりです。 無意識の内に…… と言うのも無いとは思っています」
やっぱり分からねぇって事か…… 心配しないようにライリの頭を撫ぜてやると嬉しそうに軽く口元が綻んでいた。
「だったらいいんだ。 ライリも嫉妬する普通の女性って事だろ? 最近はちょっと度が過ぎちまう程に俺が好きって事なんだよ」
そう言う事なんだよ…… きっと。
俺はそう自分を納得させたかったが、ライリの口から驚くべき話を聞かされる事になる。
「旦那様…… 私はもう人では無くなっているのかも知れません。 少し前からそんな気がしてならないのです」
おいおい、一体何を言ってやがる。
「人じゃねぇって…… だったら何だって言うんだよ? ライリはライリだろ」
確かに普通の人間には出来ない不思議な力があるのは間違いねぇがよ。
「そうですね…… 言うなれば…… 神とでも呼べる存在なのかも知れません」
か、神だと! ライリなら女神か。
この際そんな事はどうでもいい、とんでもねぇ事を言い出しやがったな。
そんな事を言う宗教集団の狂信者に崇められる教祖とかがいたりするが、ライリに限ってそれはねぇだろ。
「ライリが女神様かよ。 確かに不思議な力を使えるのは知ってるぜ。 だからと言って流石に考え過ぎじゃねぇのか?」
ライリが俺に手を向けて目を閉じる。
何をしてるんだ…… ゾクっとした感覚を全身で感じて俺は驚く。
「旦那様は帰りに結婚指輪を買って下さるつもりですね。 まぁ…… 教会に行くって思い付く前はアンナさんとデートした公園に私を連れて行こうとしていたのですか…… アンナさんやヴィッチさんとキスを交わしたのは悔しいですが、本当に私が傍にいないと心配な方です」
俺の心の中を読んだって言うのかよ。
しかも過去まで視えるなんて…… 女神の力か。
「人の心の中を覗くなんてあんまり感心出来る事じゃねぇが、お陰で信じる気にもなれるぜ」
ライリに悪意が無いのは承知の上だ。
それくらい俺にも分かる。
「申し訳ありません、旦那様。 強く意識しなけれは心の中までは読めませんから安心なさって下さい。 例え旦那様が私の事を"昼は淑女、夜は娼婦"だなんて思い浮かべたりしたとしても、そんな事は口が裂けても言いませんから」
はぅわ、それって前に俺が思い浮かべたライリの例えじゃねぇかよ…… おいおい、完全にバレてるだろ。
「お、おぅ…… 出来ればその方向で頼む。 でもよ、不思議な力なんか無くったってライリは俺にとっては昔から女神様だったんだぜ。 知らなかったのか?」
人間も女神も関係ねぇ、俺はいつだってライリにゃ頭が上がらねぇのは変わらねぇよ。
そして誰よりも大事な存在だ。
「うふふっ、知っていましたって自信満々に答えたい所ですけど…… 知っていたらこんなに嫉妬したりはしませんからね。 心から嬉しく思います、私の旦那様」
16歳の俺は背もまだ高くはねぇからライリとの差も以前程に開いてはいない。
そんなライリが真昼間の街の往来にいるにも関わらず、俺を抱き締めてキスをせがんで来やがったから恥ずかしい気持ちを抑えて応えてやる。
「随分と大胆になったもんだぜ。 昔は手を繋いで赤くなっていた女の子がよ」
俺は少しかからかってやりたくなり、ニヤリとライリに笑みを送る。
「それは失礼ですよ、旦那様。 いつまでも子供だなんて思わないで下さいませ。 何なら今すぐにでも証明しても構いません」
自身あり気なライリがそう言って俺と再び交わした口付けは先程とは違いかなり情熱的なものになった。
その後ライリと話したんだが、今のライリになら遠くにそびえ立つ山すら消し去る事も出来そうな気がするとか言いやがるから驚いた。
冗談か本気か分からねぇが…… 多分ライリが言うんだから出来るんだろうぜ。
その代償がライリ自身にどれ程影響を与えるのかは分からねぇが何かしらの犠牲は払うのかも知れねぇ。
とりあえず今は結婚指輪を買ってやって心を落ち着けて貰うしかねぇかな。
「じゃあ、行くか。 いきなり結婚指輪を買ってやるサプライズは叶わなかったが待たせちまった分、いい奴を贈らせて貰うぜ」
まぁ、ライリが高いのを選ぶとも思えねぇんだがな…… きっと俺が考えているチョイスをする筈だ。
情に熱い女だから今の指輪を外す事はねぇだろう。
きっと重ねて使えるデザインを選ぶ筈だ。
何だよ…… 俺も中々やるじゃねぇかって気がして来たぞ。
ライリとアンナの事は俺が一番良く知ってるからな。
アンナか…… 最近ヤケに思い出しちまうぜ。
元気でいるんだろうか…… 胸が苦しくなるくらい会いたいって思うのは俺の我儘だよな。
今は俺の腕に掴まるライリを幸せにする事だけを考えなきゃならねぇだろうよ。