第17話 睡眠不足
俺が一人で寝る筈の寝室にやって来たライリが恥ずかしそうにこちらを見ていた。
「ああ、まだ起きてるが…… どうしたんだ?」
声を掛けてやると枕を抱き締めたライリが俺の横にやって来る。
「ご主人様が夕食の際に寂しかったら一緒に寝てやってもいいって言ってくれたのが嬉しくて…… 凄く迷って… 恥ずかしいけど来てしまいました」
夕食の際にって…… クレア、お前の仕業か!
クレアの方を振り向けば満足気な顔してコッチを見てやがる。
私に感謝しなさいよ的な顔してんじゃねぇよ!
「やっぱり…… アレは冗談だったのでしょうか?」
ライリが震えながら俯いてしまう。
勇気を出して来てみれば、俺が何しに来たんだって感じじゃ当然だろうな。
「いや、ライリが一緒に寝たいのなら俺は構わんぞ。 そんなに寂しかったのか?」
俺が依頼を受けて家を何日も空けたりしているから一人で寝るのにも慣れてる筈なんだがな……
「いつもはご主人様が買ってくれた熊のぬいぐるみを抱いて寝ているので寂しさも紛れるんですけど… 知らない町で一人で寝るのには慣れてないから、凄く寂しくなってしまって…… だから今夜だけはご主人様の優しさに甘えてしまおうって…」
ライリの部屋にあった大きな熊のぬいぐるみを抱いて寝ていたとはな。
服まで作って着せるくらい大事にしてくれていたのは知っていたが、そうだったのか。
しっかりしてる様に見えていても、まだまだ子供なんだな。
「ホラ、ここで寝るといい。 その代わり、イビキとかが煩くても知らんからな」
布団を捲り自分の横に来るように示す。
ちなみに反対側にはクレアが横になっているから自然と川の字で寝る事になった。
まぁ、ライリは二人っきりで寝てると思っているだろうがな。
「はい… お邪魔しますね」
ちょこんと横に座ったライリが、ふふふっと含み笑いを浮かべながら身体を倒して横になる。
「夕食の際にご主人様があんなに私の事を褒めてくれるなんて嬉しかったです。 普段は自分からあまり喋ってくれないのに… 旅に出たせいでしょうか? 私、ご主人様と一緒に王都へ来て本当に良かったって思ってます」
クレアの奴、他に何をライリに言いやがったんだよ…… 二度と憑依させてやらんからな!
横目でクレアの方を見ると、俺の視線に気付いてウインクとかして来やがる。
「そんなに褒めたか?」
一体何を言ったんだ?
「はい、いつも可愛らしいとか… 気が利いて利口だとか… 他にも色々と…… 思い出すだけで恥ずかしいです」
赤くなった頬を両手で覆うライリを見て可愛らしいとは思うが… それは家族としての感情だろう。
月明かりが射し込む寝室にライリの寝息が聞こえるようになるまでに、そう時間はかからなかった。
小さな身体であんなに嬉しそうにはしゃいでいたし疲れていたんだろうな。
そろそろ俺も寝るとするか……
「う〜ん、ご主人様… いけませんよ…」
目を瞑っていた俺の耳元へライリの声が聞こえて来る。
寝言か… 驚かせやがって。
「はぅう… そんな事したら…… 恥ずかしいです」
何なんだよ! 一体どんな夢を見てやがる……
そして寝返りを打ったライリが俺の首筋に腕を絡めて来る。
寝相も悪いのか… それにしても参ったな。
俺は度々聞こえるライリの寝言と密着された感触に悶々としながら、ロクに眠れないまま朝を迎える事になったのだった。
「ご主人様、いつまで寝ているのですか? もうとっくに太陽が昇っている時間ですよ!」
朝方になり漸く眠る事が出来た俺だったが、ライリがそれを知る筈もなく容赦無く布団を剥がされて起こされてしまう。
既にライリはいつものメイド服に着替えていた。
眠い目を擦りながら顔を洗って歯を磨いた俺は眠気を振り払いながら着替えを済ませる。
朱雀館の朝食はトーストとハムエッグで、それをペロリと平らげた俺達は今夜も宿泊する事を主人に告げると冒険者ギルド本部へと向かう。
何でクレアまで付いて来るんだよ。
しかも俺のすぐ横を浮かび上がりながらスーッと飛んでいやがる。
道を行く人に冒険者ギルド本部の場所を訪ねながら漸く辿り着くと建物前にアンナが立って俺達を待っていた。
「もう遅いじゃない! 待ちくたびれちゃったわよ」
アンナはどうやらご立腹の様子だ。
「申し訳ありません、ご主人様が中々起きてくれなかったものですから……」
ライリの言葉に俺を睨むアンナだったが、視線が俺のすぐ横にピッタリとくっ付くようにしているクレアの方へと移ったように思えた。
「ちょっとアナタ、何者なのよ。 メイドみたいだけど馴れ馴れしいんじゃない?」
早速クレアに突っかかるアンナ。
そんなアンナをライリが不思議そうに見ている。
最初はメイドみたいだけど馴れ馴れしいと言うアンナの言葉に自分が言われたのかと強いショックを受けた顔をしていたが、それが自分に向けられたものでは無いと知り困惑している様だ。
「アンナにもコイツが見えるのか? だったら話は早い」
アンナの腕を掴むとクレアの身体へと触れさせる。
そして当然の如く摺り抜けるアンナの腕。
「うううぅ……」
声にならない呻き声をあげるアンナ。
「コイツはクレアって言う朱雀館にいた幽霊だ。 まぁ、取り憑かれちまったみたいなもんだな」
ライリには聞こえないようにアンナの耳元で囁く。
目を白黒させていたアンナだったが… やがて気を失い倒れてしまう。
本当に苦手だったみてぇだな。
参ったなと頭を掻きながら気を失ったアンナを抱き抱えると近くのベンチへと寝かせた俺は、ライリに知られぬように今の状況をどうやって説明したものかと頭を悩ませるのだった。