第50話 二人のバージンロード
「やっぱりココか…… 懐かしいと言えば変な話だがな」
ロイに案内されたのは王都の外れにある言うなれば別荘だった。
この場所で俺とアンナ、それと幽霊のクレアで狂人と化したロイと対決している。
まぁ、それは今のロイじゃねぇ。
夢を打ち砕かれて狂っちまった奴の末路の姿って所か…… 何はともあれ思い出深い場所だ。
「ねぇ、ココってあなたから聞いた例のメイド誘拐事件の場所って事? 私も一緒に戦ったって聞いたけど……」
今と同じミニスカメイド服を着ていたな。
歳は今の方が断然若くてピチピチしているなんて事言ったらアンナから怒りの鉄拳が飛んで来る気がしちまうが…… 俺を心配そうに見ている目の前のアンナからは飛んで来る事はねぇな。
それが寂しい気がしちまうのは参ったぜ。
やっぱり俺はアンナも本当に愛してたんだな。
離れて会えなくなってから気が付かされるとは本当に情けねぇ話だよ。
「ああ、そうだ。 頼りになる相棒だったよ。 まぁ、今のロイは俺の知ってる奴とは完全に別人みたいな感じだから大丈夫だろ」
前みたいに狂っちまって人を殺めるようなら俺が大剣で真っ二つにしてやるだけの話だ。
「そう…… それならいいけど」
あんまりアンナとばかり話してる訳にもいかねぇな…… ライリの奴が何やら精神的に不安定なのは間違いねぇからな。
「なぁ、ライリ。 この家でどうだ? 俺はココで構わねぇと思うんだが…… 朱雀館からは遠くなっちまうのが気掛かりなんだが、そこは俺が毎日送り迎えしてやるからさ。 ライリが料理の先生をしている間は冒険者ギルドの依頼も受けないでおくから心配しないでいいぜ」
俺とアンナが話しているのを黙って見詰めていたライリに声を掛けてやるとパァーッと一気に表情が明るくなる。
随分と極端な気がするぜ。
「でしたら…… ず〜っと朱雀館で料理の先生をしているのも良いかも知れませんね。 毎日旦那様と一緒にいられるのですから」
おいおい、それは流石に困るぞ。
俺も男として働いて家族を養いたいからな。
ヒモみたいなのは勘弁して貰いたい。
「ハハハ…… 出来たら早めに頼むぞ」
ライリが本気で言ってる気がして怖えよ。
「どうやらお気に召したようですね。 この物件で宜しければ直ちに手続きを進めますが如何でしょう?」
ロイが扱う物件だし手続きも早そうだしな。
広過ぎず狭過ぎず…… これくらいなら大きさも手頃でいいんじゃねぇかな。
「俺はいいと思うが、二人はとうだ?」
コイツらから良い返事か聞ければ他の奴も文句はねぇだろ。
「私は良い物件だと思います。 賑やかな王都も良いですが、やっぱり侯爵領の家みたいな静かな雰囲気が落ち着きます」
「私も構わないわ。 みんなと仲良く過ごせるなら正直どこでもいいの」
どうやら決まりみてぇだな。
俺は二人に無言で頷いてみせる。
「ロイ、この家に決めた! 話を進めて貰えるかい」
ここが俺の家になるとは思いもしなかったが、こうなってみると他にはねぇ望み通りの物件だったかも知れねぇって思えてくるぜ。
「承知しました。 手続きを進め、後日に朱雀館へと伺わせて貰うとしましょう。 ユダ侯爵にも私から報告しておきますので、ご心配なく」
それじゃ、これで王都での拠点探しは終了だ。
次はライリの件だな。
「ああ、そうして貰えるかい。 これで要件は済んだな。 帰りは朱雀館まで送って貰えるんだよな?」
自然な形でライリと二人っきりになりてぇんだよな…… どうしたもんか。
さっき話しておいたからアンナも分かってくれるとは思うが、今は俺の腕にライリの腕が絡み付いている訳で、片時も俺から離れたくは無いみてぇだ。
「はい、そのつもりですが…… 途中で立ち寄る場所でもありますか?」
ロイが更に気を使ってくれたが、アンナは帰さなきゃならねぇからな。
「大丈夫だ、そのまま朱雀館まで頼むよ。 その後でちょっと買いたいもんがあるからライリは俺に付き合ってくれるか?」
ライリに気付かれないようにアンナにウインクして知らせておく。
すぐに意味に気付いてくれたみてぇだ。
「私は邪魔なのね、ライリちゃんだけ狡いわ。 やっぱりライリちゃんが一番なんだから」
アンナが不満気な顔をしてみせるとライリが嬉しそうに微笑みながら俺を見上げる。
何やら嫉妬の対象になっているアンナ自身の口から自分が一番だと聞いて随分と幸せそうだな。
チラッとアンナに視線を送るとクイっと小さく顎を引いて了解の合図を返してくれた。
「済まねぇな、アンナ。 今度何か埋め合わせするからよ。 今日はライリと二人っきりにしてくれ」
両手を合わせてアンナを拝む。
「悔しいけどライリちゃんを指名なんだから仕方がないわね。 私は双剣の稽古でもしているわ」
アンナが俺に合わせてライリを立ててくれるもんだからライリの表情が更に明るくなる。
「もう…… 旦那様ったらアンナさんの前で私だけを誘うなんて人が悪いです。 でも嬉しいって思ってしまいます…… 済みません、アンナさん」
ライリの奴、口じゃあ済まねぇとか言ってるがかなりのドヤ顔じゃねぇか!
本気でアンナに申し訳なくなって来たよ。
「え、ええ…… 気にしないで」
アンナの引き攣った笑顔が何やら痛々しいぜ。
少し微妙な空気を車内に漂わせながらロイの手配してくれた馬車で朱雀館へと帰り着いた俺達。
ロイは挨拶をした後、すぐに手続きに入ると言って帰って行った。
こりゃあ、引っ越せるのも早そうだぜ。
先に話した通りにアンナは朱雀館へと戻り、俺とライリが二人っきりになる。
「これで二人っきりですね。 うふふっ、旦那様から誘って来るなんてどんな風の吹き回しでしょう?」
二人っきりになれた事が嬉しくて仕方がねぇみてぇだが真面目な話をしなきゃならねぇからな。
さて…… 何処へ行ったもんかな。
そう言えばアンナと行った公園は結構いい感じだったし、あそこにするか。
今はアンナと二人で行ったなんて口が裂けても言えねぇな。
いや、待てよ…… ライリと二人っきりで行くなら、これ以上の場所はねぇって所があるだろ!
俺達が結婚式を挙げた教会だ。
「さぁ、行こうぜ。 今日の俺はライリだけのもんだからな」
少し驚いたみてぇな顔をしたライリが頭を俺に預けて来る。
絡めた腕にもぎゅっと力が込められて行く。
「はい、旦那様。 何処へなりともお供致します」
ちょいと長いバージンロードにはなるが教会までこのまま歩くとするか。
ライリと一緒に歩んで来た道に比べれば大した距離じゃねぇしな。
これから歩んで行く道もきっと長いだろうよ。
俺はきっとお前が思っている以上にお前と一緒にいると幸せなんだぜ。
馬鹿な俺じゃ上手く伝えられねぇけどよ。
さぁ、介添人はいねぇが行くとするか。