第49話 親子丼とか言わないでくれ
「やっぱり貴族の屋敷ってのは凄ぇんたな。 これで三件目だが広さや豪華さは半端ねぇよ」
仮にも侯爵の屋敷だからな。
あんまり見窄らしいのも格好がつかないと言う事を考えると自ずと選択肢は決まって来る。
俺達が王都で暮らすための家を手に入れられるんだから有り難い話だが、その代わりに侯爵の不在時には屋敷の管理をしなきゃならねぇ。
家もあるのに広い屋敷の掃除や何やらを全てライリ一人に任せる訳にはいかねぇよな。
「お屋敷によっては使用人の家が敷地内に別宅として建てられているのと、お屋敷に部屋が充てがわれているのがありましたけど旦那様はどちらを望みますか?」
ライリが俺の腕に絡み付いたまま聞いて来る。
あんまり人前でベタベタされるのも恥ずかしいが俺には止めろとも言えなかった。
正直な話、屋敷で暮らすのはユダ・パープルトン侯爵一人だけなんだよな。
奴の目当ては可愛い孫のユナだけだから、一緒に過ごせりゃ文句もねぇだろうぜ。
今まで見て来たような広い屋敷は必要ねぇんだが…… どうしたもんかね。
「出来れば普段は俺達が普通に暮らせてユダの奴が来た時に泊まって貰える豪華な部屋がある程度でいいんじゃねぇかな」
そうなると侯爵邸としては成り立たなくなる気がして来るな。
お忍びで訪れる別荘みたいな感じか。
「ユダ侯爵のお陰で色々と仕事も増えた事への恩返しと考えて立派な屋敷を探していたのですが、どうやら事情がおありの様子。 参考に伺う事は出来ますか?」
ロイの奴も色々考えてくれているのか。
だったら話してもいいかもな。
「侯爵が王都を訪れた時にだけ孫娘と一緒に過ごせる場所があればいいのさ。 だから実際その家には俺達が管理をすると言う名目で住む事になるんだよ」
屋敷の管理も考慮するとどうするか悩むよな。
「貴方は侯爵の縁者と言う事ですか? 手紙には代理人としか書かれていませんでしたが……」
ユダの奴もあんまり言いたく無かったのかも知れねぇな。
目に入れても痛くない孫娘を奪っちまう俺は憎まれてもおかしくねぇだろうよ。
「変な話だが俺は侯爵の娘と孫の婚約者になる」
母と娘を同時に妻にするんだからな。
それを聞いたロイの奴も流石に衝撃的だったみたいで目を丸くしてやがるぜ。
「そ、それは…… 凄いですね。 そうですか…… 私も色々な方を見て来ましたが、貴方のような方は初めてです」
俺みたいな奴が他にもいて堪るかよ。
「そうですか…… 親子丼と言う隠語を聞いた事がありますが…… 正しくそれですね……」
おいおい、呟きがまる聞こえじゃねぇか。
鬼畜みたいに言わねぇで欲しかったよ。
更にライリやアンナを引き連れているからロイの奴には最悪の女好きと思われているかもな。
「あんまり言いたくねぇんだが、俺は総勢六名の女性と一緒暮らさなきゃならねぇんだよ。 結婚を前提にしてな。 それも考慮した屋敷が必要になる訳だ」
開いた口が塞がらないとは良く言ったもんだぜ。
今の俺の目の前に言葉通りに口をあんぐりと開けたロイがいるからな。
「もう何が何だか分からなくなって来ましたよ。 そうなると広い屋敷にはユダ侯爵お一人。 別宅には貴方達が七人で暮らす事になってしまいますから随分とバランスが悪いですね」
バランスが悪いのは人数だけじゃねぇがな。
マリンなんか3歳だぜ。
本来ならユナも10歳だから完全に犯罪だよ。
「まぁ、そうなるな。 俺達が暮らす家に侯爵の部屋を用意した方が早い気がして来たよ」
それが一番良いかもな。
同居する訳じゃねぇし、数日一緒に暮らすだけだろうし。
「分かりました。 でしたら立地条件的には王都の外れになりますが私が押さえてある別荘をご案内しましょう。 それなりの広さで地下室などもあり、趣味なども考えたら使い勝手は良いかと思います」
まさか…… あの別荘か?
美人のメイドを誘拐しては殺害し、その遺体をコレクションしていた因縁の場所だ。
ロイの奴が焼け死んだ場所でもある。
今の奴は俺が良くない趣味に使うだろう事を想像してやがるのかも知れねぇがな。
「ああ、案内してくれるか? 賑やかな王都ばかりじゃ疲れちまうから、ある程度は静かな場所で暮らすのも悪くはねぇよ」
賑やかなコイツらと一緒に暮らすには丁度良いかもな。
そう言えば賑やかな筈のアンナが黙ったままなのが気になった俺はチラッと視線を送る。
俺と目が合うと困ったような一瞬だけ困ったような顔をしたのに気付く。
少し前から様子がおかしいんだよな。
「ライリ、馬車の中にタオルとか持って来てたよな。 ちょっと顔を洗ってサッパリしてぇんだが、持って来て貰えるか?」
ライリがいると話せないのかも知れねぇ。
「はい、分かりました。 旦那様、少しお待ち下さいませ」
「でしたら私は桶に水を汲んで来ます、暫しお待ちを」
にっこり微笑んで馬車へと向かうライリと井戸の方へと向かったロイを見送ってからアンナと向き合う。
「なぁ、アンナ。 一体どうしたんだ? 何だか様子がおかしいぞ」
言い難そうにしていたアンナが重い口を開いたが、それは俺には驚きの内容だった。
「あのね…… ずっとライリちゃんに睨まれたりしてるの。 私が何か悪い事でもしたのかって考えたんだけど思い当たる節は無いし。 あなたと腕を組んでいる時は勝ち誇ったような顔を向けて来る事も一度や二度じゃなくて…… そんな子じゃなかった筈でしょ?」
時折り何やら思い詰めた顔をしていたのは、そのせいか?
やっぱりライリの奴…… 何か変だ。
このままにしておく訳にもいかねぇよな。
「最近は俺への依存度が高過ぎる気がしてたんだよ。 どうも様子がおかしいだろ……」
俺の言葉にアンナが無言で頷く。
「一度二人っきりで話してみるよ。 アンナには悪いが少し我慢して貰えるか? 不思議な力の影響とか何かしら原因がある気がしてるんだ」
ライリとは長い間一緒に過ごしているが、今まで無かった事だからな。
まぁ、偶に嫉妬して怖い顔をされる事は無くはなかったが、ここまでじゃ無かったぞ。
「うん、ありがとう。 あなたって優しいのね」
心底嬉しそうな顔でホッとした様子のアンナを見た俺は事態の深刻さを知る。
俺にとってはライリが一番だ。
それは何があっても変わる事は無い。
だからと言って再び巡り会えた女達を蔑ろにするつもりは無いからな。
そうさせたのはライリ本人だ。
黙っていれば俺を独り占め出来たんだ。
「本当に優しい奴はライリだよ。 だから何とかしてやなきゃならねぇ。 それが互いに誓い合った俺の役目だ」
健やかなる時も病める時も…… って奴だ。
だから今度は俺の番だ。
でもよ、ライリ…… 一体どうしちまったんだよ。