第41話 ヴィッチ、お前もか!
パープルトン侯爵邸には何回か来た事があるからな。
迷う事もなく到着した俺は門番をしている男達に歩み寄る。
中年の冴えない感じの奴に、まだ若い男の二人なんだが…… 腕は立ちそうにないな。
パープルトン侯爵家は見る目がねぇんじゃねぇか? 今まで見て来た護衛とかで腕が立つのはカイルくらいだったからな。
「ちょっといいか。 風の噂によると腕利きの傭兵を失ったそうじゃねぇか? こりゃあ、報酬のいい仕事が見つかるんじゃねぇかと思ってワザワザ来たんだが…… もう後釜は決まっちまったのかい?」
カイルの奴がこの家の用心棒を辞めたのは知ってるがアイツ程の腕利きを失ったのは、さぞかし痛かったろうぜ。
あれだけの後釜を求めたら、そう簡単には決まらねぇだろうよ。
「いや、まだ決まっていない。 お前は傭兵か? 腕は確かなんだろうな…… まぁ、採用するにしても試験があるからな。 せいぜい頑張るんだな」
採用試験ね…… 学力試験じゃなきゃ確実に合格する自信はあるぜ。
筆記試験とかあったら無理だろうけどよ。
「ああ、腕っ節だけは自信があるからな。 何処で試して貰えるんだ? 俺はいつでもいいぜ」
中年の門番の男が若い奴に何やら伝えて屋敷の方へと向かわせた。
俺の事を護衛の頭にでも伝えに行ったんだろうが、この家の護衛なんか全員まとめて相手してやっても負ける気がしねぇよ。
少しの時間、門番の男と世間話をしていると屋敷の中からガタイのいい奴が出て来やがった。
多分、アイツが頭なんだろうな。
だが傭兵って感じじゃねぇな…… 何やら俺とは違い上品な感じがするしよ。
「お前が当家に雇われたいとやって来た傭兵か。 名は何と言う?」
名前かよ…… 本名を名乗る訳にも行かねぇよな…… 姿は違うが怪しまれるかも知れねぇ。
「ノ、ノウンだ。 流れの傭兵をしている」
悪いが名前を借りるぜ、親父。
「ノウンか…… 傭兵としては聞いた事も無いが、本当に腕は確かなのだろうな? 当然ながら試させて貰うぞ」
頭の背後に五人の傭兵っぽい奴らが立っているが、どうにもパッとしねぇな。
俺とやり合う前からビビってるだろ。
目も合わせようとしねぇんだが…… 大丈夫か?
虐めるみたいになりそうなんだがよ。
「ああ、いつでもいいぜ! 何ならアンタも含めてまとめて相手をしても構わねぇよ」
「ほぅ、大した自信だな。 後悔するなよ。 ノウンのご希望通りに皆で相手をしてやれ。 俺が出るまでもないだろう」
相手の力量も測れねぇとはコイツも大した事は無さそうだな。
パープルトン侯爵邸の広大な庭の一角に案内された俺は、どうやらココで腕を試されるらしい。
チラッと屋敷に目をやれば二階の窓辺からコッチを見ている奴がいる事に気付く。
アレはヴィッチの奴じゃねぇか! やっと再会出来たのは良かったぜ…… 憎らしげに見ている感じからしてどうやら俺だとは分かってねぇんだろうな。
俺が二振りの漆黒の小剣、ムニンとフギンを手にしてヴィッチを再び見ると驚いたような表情を浮かべたと思ったら口に手を当て肩を震わせてやがる。
どうやら俺だと気付いてくれたみてぇだな。
俺って奴は結局泣かしちまうんだな……
さぁ、さっさと終わらせるとするか!
「じゃあ、行くぜ! 手加減はしといてやるよ。 じゃないと皆殺しにしちまうからな」
武器を構えた五人向かって走り出す。
俺の背後に回って囲むつもりのようだが、何をしたって無駄だよ。
小剣の持ち味は軽さだからな。
俺のスピードに付いて来れるなら大したもんだが、お前らには無理な話だろうよ。
「いつも通りに回り込んで同時にやるぞ! 生意気な奴に思い知らせてやるんだ」
「おう! やってやろうぜ」
そう言うのは黙ってやれよ…… 戦法がバレバレじゃねぇか。
まぁ、何をやっても無駄だけどよ。
俺は指示を出したリーダー格の奴に一気に詰め寄ると手にした剣を狙い下から斬り上げて宙に舞わせる。
呆気にとられたソイツの腹に蹴りを入れて吹っ飛ばせば一丁上がりだ。
「は、速い! 一気にやるぞ!」
残った四人が一斉に斬り掛かって来たのは正解だが、そんなにタイミングがバラバラじゃ意味がねぇだろうが!
正面の奴が振り上げた剣が振り降ろされる前に懐に入り込むと小剣の握りの部分で鳩尾の辺りを突いてやると苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちる。
後は同じ作業の繰り返しだ。
斬り捨てられれば一番早いんだが、仲間に入れて貰うのに殺しちまう訳にもいかねぇからな。
タイミングを合わせて斬り掛かって来た奴らの動きを把握した俺はソイツらに背を向けて振り降ろされる剣を持つ腕を両腕でそれぞれ跳ね上げてからムニンとフギンの柄を叩き込む。
「ヒッ…… ヒィ!」
後は一人なんだが…… 腰を抜かしちまったみてぇだ。
「どうするよ、腕に自信があるならアンタも掛かって来るかい? まぁ、よっぽどの自信がねぇのなら止めておくんだな。 中途半端な腕だと怪我だけじゃ済まねぇかも知れねぇからよ」
本気を出すつもりもねぇが戦いには勢いってもんがあるからな。
相手の実力次第じゃ、それなりの対応が必要にもなる。
「いや、止めておこう。 お前の実力は十分理解させて貰った。 文句無く合格だ。 侯爵様に会わせよう、俺に付いて来るがいい」
どうやら実力差は理解したらしいな。
賢明な判断だと思うぜ。
「ああ、そうさせて貰う。 武器は預けておいた方がいいのか?」
どこの馬の骨とも知れねぇ奴を簡単に主人に会わせようって言うのかよ。
「恥ずかしい話だかが、どうせ預かった所で我らには素手のお前にすら敵わないだろうから、このまま謁見しても同じ事だ」
そう言う事か…… ならいいけどよ。
コイツらも傭兵みてぇだな。
主人を命懸けで守ろうって言う気概みてぇのが全く感じられねぇのが悲しくなるぜ。
ユダ・パープルトン侯爵か…… 裸の王様って感じかね。
そう考えるとそれはそれで随分と可哀想な奴かも知れねぇな。
「粗野な傭兵だと言う事は理解しているが、なるべく粗相の無いように頼むぞ。 相手は侯爵様なのだからな」
リーダー格の奴が心配そうに俺に話し掛けて来たんだが、俺に礼儀とかは無理だぞ?
まぁ、なるようにしかならねぇよ。
連れて行かれたのは謁見の間か…… この部屋に通されるのは四度目になるか。
「貴公が腕利きの傭兵か。 中々の面構えをしておるな。 当家は娘を誑かす大剣使いの若僧に手を焼いておってな…… 貴公には其奴から娘を守って欲しいのだ。 どうやらエスペランサ監獄から脱獄したとの報告が届いておるのだ」
ユダ・パープルトンか…… ヒョロッとして辛気臭い顔をした奴だぜ。
切れ者のヨハン準男爵やヨハン国王とは違う所詮は小者って感じだな。
それにしても俺から娘を守る筈が、当人の俺を雇うんだから知らないとは言え、そんな馬鹿な話もあったもんじゃねぇぜ。
「ああ、任せてくれよ。 若僧の大剣使いなんかムニンとフギンを手にした俺の相手じゃねぇぜ」
豪華な装飾が施された椅子に座っているユダの横に立つヴィッチが俺を見詰めていた。
ヴィッチには見た事の無い成長した俺の姿だからな。
ヴィッチも朱雀館でムニンとフギンは見ていたから確信を持ってくれたみてぇだが、果たしてコレが無かったとして気付いてくれたかね……
だが面影はあるだろう? ヴィッチの好みだと良いんだがなって…… どうやら心配はいらねぇみたいだ。
おいおい、そんなに頬を赤らめて俺を見詰めるなよ…… お前の気持ちは嬉しいがバレちまったら作戦が水の泡だからな。
「頼もしいではないか! ならば娘の近くにおり、誘拐犯から守ってやってくれ。 近い内に他家から婿を貰う大切な時期だからな。 これ以上の良からぬ噂を立てられる訳には行かぬのだ」
どっちにしろ、ユナの策が上手く行けばアンタの地位や名誉は地に落ちるんだぜ。
まさか自分の孫娘に引導を渡されるとは夢にも思ってねぇだろうよ。
本当ならばまだこの世に生まれてもねぇんだからな。
「汚らわしい傭兵風情を私に近付けるのですか? どう言うつもりです、父上!」
ヴィッチも一芝居打つつもりか。
中々に迫真の演技だぜ。
どうやら俺達が何か仕掛けているのに気付いたらしいな。
「くだらぬ男にうつつを抜かす馬鹿な娘には仕方があるまい。 まだ反省が足りぬようだな…… 其方の初仕事だ。 その愚かな娘を部屋に閉じ込めておくのだ!」
深い溜め息を吐くながら俺に指示を出すと疲れた様子で手を振って退出を促して来る。
「さぁ、令嬢…… 怪我をさせたくねぇんだ。 大人しく俺に従って部屋に戻ってくれよ」
「汚らわしい手で触れるな! 逃げも隠れもしないわ。 自分で戻ります」
ヴィッチに案内される形で謁見の間から出た俺はヴィッチの部屋へと辿り着く。
そしてドアが閉まった途端、振り返ったかと思うと青い瞳にいっぱいの涙を浮かべて俺に抱きついて来るヴィッチ。
「芝居とは言え汚らわしいなどと言って申し訳ありません…… 姿は変わっていても貴方だと気付き胸のときめきを抑えるのに必死でした」
そんなに上気した上目遣い見るなよ、照れちまうだろが…… おいおい、この流れで瞳を閉じるな!
これってキスしろって事だよな…… どうも全く動く気配がねぇんだけど、どうやらキスするまで待つつもりらしい。
仕方がねぇな…… 観念して軽く唇を合わせてやると漸く笑みを浮かべて俺を見る。
ヴィッチの奴、唇に指を当ててポーッとした顔をしていた。
もしかして初めてとかか? やがて女郎蜘蛛とか呼ばれる女なのによ。
まぁ、この世界じゃ…… それはねぇな。
「遅くなっちまって悪かったな…… 俺のせいで辛い思いをしただろうよ。 本当に済まねぇ。 だが…… もう大丈夫だ」
ユナやライリ、更にはお袋までもが近くに来ているし、手筈が整えば抜け道から助けが来るからな。
「はい…… 私にはもう貴方しか見えません。 何処へなりとも私をお連れ下さい。 貴方と二人ならば例え貧しくとも別の町で一緒に暮らせたら、それだけで幸せです」
おいおい、親子揃って駆け落ちを持ち掛けて来たんだが…… やっぱり親子なんだな。
それに愛だけじゃ、幸せに暮らすなんて絶対に無理なんだぜ。
結局は貧しさって奴は愛を失わせるのさ。
貧しさから破局を迎えた奴を俺は幾人も見て来たから良く知っている。
自分達は違うなんて言う奴は只の世間知らずの世迷言でしかねぇ。
「このまま俺と駆け落ちするつもりか? そんな事はしなくても策はある。 貧しい暮らしなんてヴィッチには似合わねぇよ。 華やかな女だからな、お前は……」
俺がヴィッチの頭を撫ぜながら諭していると、何やら思い出したらしい。
車輪の付いた本棚をズラしたかと思えば、壁の中に埋め込まれた金庫からデカイ革袋を取り出して俺に渡して来る。
この展開は前にもあったぜ……
「私が貯めておいた個人的なお金です。 当然ながら私と結ばれる身の貴方との共有財産でもありますわ。 お受け取り下さい…… 旦那様」
やっぱりか! やっぱりユナとヴィッチは似た者同士って言うか親子だよ。
二人してとんでもねぇ大金をポンと軽々しく渡して来やがるんだからな。
「おいおい、随分な大金みてぇだな……」
手渡されたズッシリと重い革袋の中身は多分金貨の山だろうぜ…… ヴィッチの奴は驚く俺を嬉しそうに見てやがる。
共有財産とか二人の絆みたいのが出来たのが嬉しいんだろうぜ。
「さぁ、旦那様。 それでは参りましょう…… 二人だけの新天地へ!」
それもユナと同じだよ…… こりゃあ参ったな。
多分、ヴィッチも侯爵家の人間だから抜け穴の存在は知ってるんだろうぜ。
俺が捕らえられていると思って、そこから逃げ出すとか迂闊な事はしなかったみてぇだが、もうコイツに足枷はねぇからな
窓の向こうを指差して立つヴィッチの後ろ姿を眺めながら軽く溜め息を吐く俺だった。