第16話 夜這い?
「うわぁ… 凄く美味しいです! ご主人様もそう思いませんか?」
朱雀館の食堂で夕食をとる俺とライリだが、その横で羨ましそうな顔で料理を見詰めているクレアの姿があった。
あの朱雀館の主人は料理も一人で熟すらしく、料理の得意なライリを唸らせる程の腕前なのだから人は見た目で判断しちゃいけないって事か。
「ああ、中々の味だな。 ライリと互角か… それ以上って感じだと思うぞ」
クレアの奴…… 意外と食い意地が張ってやがるな。
自分も味わってみたいらしく、自分とライリを交互に指差しながら憑依していいかと俺に確認して来るんだから困ったもんだ。
幽霊の状態だと会話が出来ないのが難点だな。
無言で首を横に振るとシュンとしやがって… ちょっと可哀想だよな。
仕方がねぇな…… 俺ならいいぞ!
クレアに見えるように奴と俺を交互に指差す。
何だよ! その心底嫌そうな顔は、俺だって嫌なんだからな。
「ふうっ、お腹がいっぱいです。 美味しくって少し食べ過ぎちゃいました。 それに…… ご主人様と一緒に食べるって言うのも楽しかったです」
普段はメイドとして俺に尽くしてくれてるライリは俺が食事をしている間は給仕に徹しているからな。
俺は一緒に食えって言うんだが、頑固な奴で聞きゃしない。
「ウチでも一緒に食ってもいいと思うぞ。 俺だってその方が楽しいからな」
「……はい。 ありがとうございます」
嬉しそうなライリだが果たして一緒に食ってくれるんだろうか?
そんな俺達のやり取りをクレアが羨ましそうに眺めている。
もう憑依させねぇからな!
嫌々ながらって顔で俺に近寄って来て憑依したクレアは久しぶりに料理を食べると言う感触を楽しめたようだ。
その間の記憶が俺には無いんだが、女言葉とかでライリと話してねぇだろうな…… 想像しただけで気色悪い。
「明日は朝から忙しくなりますし、早めにお風呂に入って寝るとしましょうか。 そろそろお湯も張れた頃かと思います。 ご主人様もお疲れかと思いますが、宜しかったらお入りください」
この部屋には贅沢に大理石が敷かれた内風呂が備えられている。
何でも屋上に設置されたボイラーを使って沸かした湯がタンクに溜められており、其々の蛇口を捻ればお湯と水が出ると言う仕組みになっているらしい。
「折角の機会だし、ライリから先に入るといい。 こんな事は滅多にないんだからな」
ライリも少し悩んでいたようだが「はい、ありがとうございます」と礼を言うと着替えを持って風呂へと向かって言った。
何だよ… その顔は?
クレアが俺達のやり取りを見て相変わらず羨ましそうに微笑んでいた。
ライリが風呂から上がると髪から何やら良い香りがするのに気付く。
「何だかライリから良い香りがするな。 シャンプーも高級な物を使ってるんだろうな」
思わずライリの髪に顔を近付けて嗅いでしまう俺。
「ご、ご主人様… 恥ずかしいです」
「悪いな、つい」
恥ずかしがって肩を縮こませたライリに謝ると俺も風呂へと向かう。
「こりゃあ、豪華だ! 夜景まで見えるのか?」
ブランドを開ければ外が見えるのだ。
王都の街の灯りが王宮へと続いており、その王宮は盛大な灯りで闇の中に浮かび上がっている。
旅の疲れも広々とした風呂にゆっくりと浸かれば取れるってもんだろ。
俺は王宮を眺めてながらゆったりとした時間を過ごすのだった。
この部屋に寝室が二つあるのが俺にはありがたかった。
高貴な身分の者が宿泊した時のためか、主寝室の他に少し狭いがもう一部屋にもベッドが置かれていたのは侍女か執事のための物だろう。
流石にライリと一緒のベッドで寝る訳にはいかないからな。
俺が主寝室、ライリがもう一部屋の方で寝る事になり今は別々の部屋に別れている。
「で、何でお前がコッチにいるんだよ!」
クレアが主寝室にいるのだ。
ベッドと自分を交互に指差し、このベッドは私の物だと主張しているようにも思える。
幽霊がベッドで寝るんじゃねぇよ!
俺はクレアの主張を無視してキングサイズのベッドに転がる。
すると横にクレアまで寝転がりやがった。
しかもコッチを向いて俺を見詰めてやがる。
どかそうと押しても身体を手が擦り抜けるだけでどうしようもない。
「勝手にしやがれ!」
俺は仕方がないと諦めて眠りに就く事にする。
暫くすると主寝室のドアがノックされた。
「ご主人様… まだ起きてますか?」
ドアがゆっくりと開くと夜着を来たライリが恥ずかしそうにしながらコッチを覗き込んでいた。
おいおい… ライリが俺のいる寝室にやって来ただと!
クレアの奴が憑依してるんじゃねぇだろうな?
俺を揶揄うつもりなんじゃねぇかと横を見れば何やらニヤニヤした表情をしたクレアが間違いなくいるって事は…… これはライリの意思だよな。
まさか夜這いとかだったりして…… なんてな。
………
……
…
おいおいおい! 相手はまだ子供だぞ!
だが最近の子供は発育が良いって聞いたしな……
待て待て待て! ライリは幼児体形だぞ!
ウチのライリに限って、そんな訳ないだろうが……
こうして俺の長い夜が始まろうとしていた。