第40話 嫌われ者だと思ってたぜ
「この家を買った時には空き家だったんだよ。 念願の一軒家を手に入れて嬉しかったんだと思うぜ。 依頼もそっちのけで毎日毎日掃除や修繕に勤しんでさ。 この町に来た頃は家を買うなんて思いもしなかったからな…… 気付いてもいなかったぜ」
俺達が将来住む筈の家を眺めていると老夫婦がやって来る。
買い物帰りだろうか、婆さんの方は買い物籠を手にしていた。
爺さんの方は何やら重そうな荷を担いでいるが少し辛そうだな。
「おや、ウチの前でどうしましたか?」
知らない奴らが三人並んで自分の家を眺めているのが不思議だったんだろうぜ。
その内の一人は泣いているしよ。
「素敵なお家ですね。 こんなお家に住めたらいいなと皆で話していたのです。 ご心配をお掛けして申し訳ありません」
ライリがペコリと頭を下げて謝罪する。
「まぁまぁ、気にしないでください。 我が家をそう言って貰えて嬉しいですよ。 なぁ、お前」
爺さんが横に立つ婆さんに微笑みながら声をかける。
「はい、貴方。 あの白いベンチが素敵でしょう? あのベンチに二人で座ってお茶を飲むのが私達の楽しみなの」
嬉しそうに旦那へと微笑みを返しながら婆さんが答える。
俺とライリもそうだったよ。
アンタ達のお陰で幸せな時間を過ごす事が出来たんだから感謝してるぜ。
「それは…… 本当に素敵な時間なのでしょうね」
ライリが白いベンチを眺めながら、そう口にしていた。
お前も俺と同じ事を考えているんだろうぜ。
二人っきりで過ごしていた、あの頃が一番幸せだったのかも知れねぇな。
……いや、そんな事は思ってもダメだろ。
他の奴らとの出会いを否定する事になるじゃねぇか。
「ライリ、ユナ。 そろそろ宿に戻るぞ。 見知らぬ俺達が人の家をジロジロと見ているなんて済まなかったよ。 どうにも気になっちまってな」
頭を掻きながら申し訳無さ気に話す俺を老夫婦は同じように微笑みながら見ていた。
俺達もあの二人みたいに幸せな老後を送りたいもんだぜ。
考えてみりゃあ、二人じゃねぇな。
今の時点で七人で暮らさなきゃならねぇのか?
前みたいに増築も必要だし、ガキでも出来たら完全にアウトだせ。
「どうやら貴方は冒険者の方ですな。 依頼を受けて色々な所を旅するなんて私達には想像もつきませんが、こう言う家に落ち着いて暮らすのも悪くはありませんよ」
爺さんが家を眺めながら俺に言って来たが、悪くないのは良く知ってるぜ。
この家の思い出はいっぱいあるからよ。
老夫婦に別れを告げて宿屋へと戻る俺達。
「漸く私の願いが叶いました。 旦那様、まるで出会った頃のようですね」
俺に寄り添って歩くライリが見上げながら聞いて来る。
「ああ、随分と回り道をしたが…… また一緒に過ごせるんだから良しとしておくぜ。 おい、ユナも同じだよ。 俺にとってはお前達二人は大切な嫁さん達だからな」
ライリに遠慮しているのか、少し俺達から距離を置いて歩いていたユナにも声を掛けてやる。
「はい…… 旦那様。 全ての記憶が戻ったらユナはライリさんには勝てない気がしてしまい……」
過ごした年月に差があるからな。
それを言ったらアンナとだって腐れ縁みたいな長い年限を過ごして来てるんだぜ。
逆立ちしたってライリが敵わない程のな。
「何を情けねぇ事を言ってんだよ。 ユナは最強の婚約者だとライリが言ってるんだぜ。 自信を持てよ。 大丈夫だ…… 今のお前に言うのは恥ずかしいが、俺はユナにも惚れてるからな」
10歳の子供に言うセリフじゃねぇのは分かってるつもりだ。
ライリの時にも散々悩んだからな。
でも理屈じゃねぇんだよ。
惚れちまったもんは仕方がねぇんだ。
「その言葉…… 心から嬉しいですわ。 母上を無事に助け出して落ち着く事が出来たら、大人の姿に変わろうと思っています。 そうしたらユナを愛して下さいませ。 身も心も…… 全て」
おいおい、精神年齢10歳が言う言葉じゃねぇだろう。
しかも大人の姿だと! エスペランサ監獄に俺を救いに来てくれた時のか?
あの姿で誘惑されたらヤバイかもな。
でもよ…… ヴィッチもいるのにいいんだろうか…… 母娘と一緒結婚するとかよ。
複雑な気分になっちまうぜ。
「ユナは実際には10歳なんだぜ。 無理して変わらなくても、ゆっくり幸せになってもいいんじゃねぇか?」
俺は正直そう思うぜ。
その年齢の頃の思い出を手放す事はねぇんだから。
「そうですよ、ユナさん。 何と言っても今のその姿こそ旦那様が一番望む姿だったではありませんか」
ライリがフォローしてくれたが、何か釈然としねぇのは俺の気のせいか?
あんまりロリコン扱いしねぇでくれよ。
最近は本当にそうなのかもと少し諦めて来てるけどな。
そんな事をアンナやヴィッチに言った日にゃ、アイツらさえも世界樹の力で10歳とかに若返るとか言い出しそうで怖えよ。
俺は大剣使いじゃなくて幼女使いとか呼ばれそうだぜ……
「あらあら、随分と遅かったのね。 少し心配しちゃったわ。 あの人が言う通り本当に心配性なのかしら?」
宿屋に戻った俺達をリリアンが待っていた。
やっぱり気になるんだが…… 多分そうだよな。
「ああ、お袋が心配性なのは昔から変わらねぇな」
驚いた様子の三人が揃って俺を見る。
俺はそんなに鈍いイメージだったのかよ。
姿は若いが口調なんかは母さんそのものだからな。
会った時は少し声を変えていたが、今は素になってんじゃねぇか。
「旦那様…… いつから気付いてたのですか? 見ていた感じ全く気付いていないご様子でしたが」
ライリが意外そうな顔をしていた。
「やっぱり記憶が戻ってからだな。 お袋が諜報部員だったのは故郷にライリ達を連れて行った時に本人の口から聞いたしよ。 お前らが年齢を変えるんだからあり得る話だろうぜ」
どうせ犯罪者になった俺を心配して出て来ちまったんだろうよ。
「まぁ! アナタにしては鋭いのねえ。 久しぶりだけど元気だったかしら? まさかこんな短期間で娘が六人も出来るなんて夢にも思わなかったけど…… グッジョブ!」
グッと親指を立てて見せるお袋。
ライリ達を連れて行った時にも見たな…… その姿。
あの時は五人だったが一人増えてる違いはあるがよ。
「昔からモテる子だと思ってたけど…… ここまで行くと不思議な思いよ。 何か魔力でもあるのかしら?」
お袋が思わぬ事を口にする。
「俺のドコがモテてたんだよ! 故郷の村じゃ俺に近寄りもせず、遠くでヒソヒソと何やら話してやがったぞ」
寝言は寝てから言いやがれ!
昔から散々悪戯してやった相手だからな。
スカート捲りなんか毎日の挨拶みてぇなもんだったぞ。
今思えば…… 最初は怒っていた奴らも次第に怒らなくなっていたような気がするな。
顔を真っ赤にして恥ずかしがるだけに変わってたかも知れねぇ。
「本当に鈍いんだから…… 年頃の子だから恥ずかしくて遠巻きに見てたのよ。 その証拠にアナタが飛び出して行った後、あの子達の落ち込みっぷりはかなりのものだったの。 我が子ながら罪な男に育ったものね」
本当かよ…… 全く気付かなかったぞ。
嫌われてるんだとばかり思ってたがな。
「アナタの幼馴染みのサラちゃんなんか…… 髪を切っていたわね。 大通りにある定食屋の看板娘のマリアンヌちゃんは…… ううん、止めおくわ」
おいおい、マリアンヌがどうしたんだよ。
そこで止められても気になるだろうが……
「旦那様! 向こう10年間は里帰りは禁止ですの! その女達が結婚するまでは油断は出来ませんわ」
ユナが激しく同意を求めて来やがる。
そんなに警戒しなくても大丈夫だろ?
チラッとライリを見ればウンウンと首を縦に繰り返して振っていた。
ライリ…… お前もユナと同意見かよ。
「あれだけ派手に喧嘩して飛び出して来たんだから暫くは戻れねぇし心配するな」
殴り合いの大喧嘩だったからな。
騒ぎを聞きつけた近所の奴らも止めに入って来やがったしよ。
そんな俺の言葉にユナがやっと安心したのかホッとした表情で頷いていた。
「そう言えば戻ると言えばよ。 ライリの中に入り込んだ俺の魂の記憶とやらはいつのまに俺へと戻っていたんだろうな……」
ライリと結ばれたら魂の記憶が俺へと戻るとか聞いた筈だが、まだ俺してねぇもんよ。
まさか俺が寝てる間にしたとかは無さそうだしな。
旦那様の初めては渡しませんってライリが口にしていたのも聞いてるから、それはねぇだろ。
「最初に会った夜に寄り添って寝ていたら、スーッと私の身体から抜けて自然な感じで旦那様に戻って行きましたよ。 だから…… 記憶の断片を何度か見たのですよね?」
だからか…… あの日の夜に見たのは俺自身の視線だったからな。
時折見せられる記憶には随分と苦しめられたが今となっては正直言って元に戻ってホッとしているよ。
「そう言われてみればそう言う事だったのかって納得出来るぜ。 何度か見たからな。 あの時の俺は一度に色々あって一杯一杯だったから、ライリも言わないでくれたんだろ? ありがとよ」
ライリが無言で小さく頷いていた。
なんか…… ライリとユナって性格や容姿は全く似てないんだが、どうも何だか分からねぇが似てる気がしてならねぇな。
「さぁ、明日はいよいよ勝負の日よ。 今夜は早くに寝て明日に備えましょう」
確かにお袋の言う通りだ。
体力のある俺とは違い、ライリとユナには長旅はキツかったかも知れねぇしよ。
考えてみりゃあ…… ヴィッチの奴は今頃どうしているんだろうか?
女郎蜘蛛と呼ばれた女だったが、立場を失った後は大人しくて優しい女に変わったくらいだ。
あんな感じになってくれたら文句はねぇよ。
孤児院でガキ達に勉強を教えてあげていたヴィッチ先生は本当に楽しそうな笑顔だったのを思い出す。
更にライリとヴィッチにプロポーズして無残にも続けて玉砕し、俺を呪い殺しそうな目で見ていたガキも脳裏に浮かぶ。
……アイツは思い出さなくてもいいだろうよ。