第36話 フォローの女神とサポートの女神
16歳の筈が一気に29歳の姿になっちまった俺だが、ちゃんと元に戻れるんだろうか?
王都へと向かう俺達は只ひたすらに南下している。
ハイランド王国の直轄地になるエスペランサ監獄からバルド男爵領を抜けラステル伯爵領まで進んでいた。
後でライリから聞いたんだが途中通過したバルド男爵領って言うのがアンナの故郷らしい。
正直言って何にもねぇ所だったよ。
見渡す限りの草原が広がるだけだった。
あの地でアンナはどう言う暮らしを送ってたんだろうな。
駆け抜けた街道沿いの草原を思い出しながら、そんな事を考える俺だった。
「ライリ…… 俺を見つめてボーっとしてばかりいるが大丈夫かよ?」
心ここにあらずって奴だな。
「はい…… その姿こそが私の知ってる旦那様の姿でしたから、こうして二人でいるのが夢のようです」
馬に乗ってる時は背後から熱い視線を感じ続け、宿場町に着いたら身体を擦り寄せるように密着され続ける日々が続いている。
「ライリさん、私もいるのをお忘れなく。 もう完全に浮かれてますわね。 これからが正念場なのですよ!」
ユナの奴が頬をプクッと膨らませてやがるぜ。
この間までの妖艶な美女だったなんて嘘みてぇだな。
「大変申し訳ありません。 そう思うのですけれど…… 気が付くと自然に身体が動いてしまうのです」
昨夜も隣の部屋でユナと寝ていた筈が、朝になったら俺のベッドで寝てたからな。
本人には部屋を出た記憶がねぇらしい。
俺の知ってるライリは何でも出来るしっかり者のイメージだったんだが、今のコイツを言い表すとしたら…… うっかり者だな。
「明日には王都に着くんだが、何か策はあるのかユナ?」
今の俺にはユナの智謀だけが頼りだからな。
敵を相手に暴れまわるだけなら俺の出番なんだけどよ…… そうもいかねぇから難しい。
エスペランサ監獄から救い出してくれたのも全てユナの策略だって言うんだから驚かされるぜ。
「まずは母上の身柄確保が最重要課題ですの。 母上も子供ではありませんから、いっそ既成事実でも作れば良いのですが…… そんなの私が許せませんわ!」
ダンッとテーブルを叩くユナ。
おいおい、助ける気があるんだろうな。
「正直…… 私はライリさんのように他の婚約者の方々への仲間意識はありませんの。 ライリさんだけは共に王宮へと乗り込んだ関係でもありますから、唯一認めていますわ」
二人で王宮に乗り込んだのかよ。
そうなるとユナが7歳の時だろうから随分と波瀾万丈な子供時代だな。
考えてみりゃあ10歳の今も十分普通じゃねぇか。
「そう言わずに頼むぜユナ。 ヴィッチは俺にとっては大切な女性なんだよ。 お前の知恵が頼りなんだ!」
10歳の子供に頼るなんて恥ずかしいがコイツは別格だからな。
「旦那様がそこまで言って下さるのならば、私とて鬼ではありませんの。 とっておきの策がありますわ!」
おおっ、コイツは期待出来そうだぜ!
ライリがフォローの女神なら、ユナはサポートの女神だな。
二人の女神がついていりゃあ、負けねぇだろうって…… 何気に勝利の女神もいたような気がするんだが誰だったかな? どうにも思い出せねぇ。
無事に王都へと帰還した俺達は、怪我をして居残りになったと言うアンナを安心させてやろうと、まず朱雀館を訪れたんだが、既に侯爵令嬢の誘拐犯が脱獄したと言う報告が王都にも届いているらしく、入口には衛兵が立っていた。
「これでは私とライリさんは戻れませんわ。 もしも尾行でもされてしまったら、計画は水の泡ですもの。 出来れば貴重な世界樹の露は使いたくないですし、此処は旦那様の出番ですわ。 アンナさんに状況を伝えて来て下さいませ」
大丈夫なのかよ? 確かに16歳の頃とは別人みたいにデカイ身体になりはしたんだが、やっぱり不安は残る。
「分かったよ。 行って来るぜ!」
度胸を決めて朱雀館へと向かう。
入口で衛兵がチラッと俺を見たんたが気付く訳が無く、心配したのもそこまでだった。
「王都で自慢の旅館だと聞いて来てみれば、随分と物々しいが何かあったのかい?」
ちょっと探りを入れてみる。
「それは済まないな。 凶悪な誘拐犯が宿泊していた旅館だと言う情報が入ってな。 戻ってくるかも知れないと見張っているのだ」
それなら隠れて見張っててノコノコと帰って来た所を捕まえるのが普通じゃねぇのか?
俺でも分かりそうなもんだし、何か裏があるのかも知れねぇな、
「そりゃあ、大変だな。 そうやって見張ってて貰えれば安心だよ。 頑張ってくれ!」
衛兵を応援しながらロビーに入るとフィリックの奴が青い顔をしてやって来る。
「申し訳ありませんが諸事情により宿泊をお断りしているのです。 折角来て頂いたのですが……」
「そりゃあ、申し訳ねぇのはコッチだぜ。 済まなかったなフィリック。 姿は変わってるが俺だよ。 ライリとユナは外で待たしている」
俺の言葉にフィリックの奴が目を白黒させていたが、ライリが小ちゃくなったのを思い出したんだろうぜ。
コイツは良い奴だからな、文句も言わずにライリ達の無事を喜び微笑みながら無言で頷いてくれた。
「アンナの怪我の具合はどうなんだ? 後はヴィッチの現状を聞きたいんだが、何か分かったら教えて欲しい」
寂しい思いをしてなきゃいいんだがよ。
「そこまでよ! 手を上げてゆっくりとフィリックさんから離れなさい…… こんな時に現れるなんて見るからに怪しい奴ね」
突然背後から声を掛けられる。
この声はアンナか…… 前にもあったぞ、こう言うの。
背中に押し当てられているのは剣だろうよ。
「おいおい、俺が誰だか分からねぇのかよ。 怪しいとか失礼な事を言いやがって。 ライリ何かはこの姿を見たら泣いて抱きついて来たんだぞ」
俺の言葉にアンナが息を飲むのが分かる。
「アナタなの! またライリちゃん達の不思議な力のお陰なのかしら?」
アイツらの存在自体が不思議なんだけどよ。
「ああ、その通りだよ。 老けちまってアンナには嫌われちまうかな?」
振り返りながらアンナに尋ねてみたんだが、俺の取り越し苦労らしい。
お前がそれだけ嬉しそうな顔をしてくれているのならな。
何とかアンナには接触出来たのは幸先が良いと思いたいが、果たしてどうなんだろうか。
ヴィッチに関する情報も得られるといいんだが…… そう上手く行くかね?