第33話 旦那様の初めて
「何だよママ、いつからこんなに可愛いコ達が店に入ったんだよ! しかも二人も」
ニヤけた男達が鼻の下を伸ばして二人の美女を眺めていた。
一人はプラチナブロンドに黒い瞳、まだあどけなさは残るが豊かな双丘に男達の目は釘付けになる。
もう一人は緩やかなウェーブのかかったブロンドに青い瞳の妖艶な雰囲気を感じさせる美女で、こちらもスタイルの良さではお互いに引けを取らず、男達が思わず生唾を飲み込む程だった。
「入ったばかりの新人なのよ。 本当に見た事無いくらいの美人でしょ? 二人旅をしながら稼いでるそうなの。 こんな美人を拝めるのも今の内よ」
店のオーナーである化粧の濃い太り気味の中年女性が男達に念を押す。
こんな美女達がいつまでもこんな田舎の町に滞在する筈も無いと理解しているからだ。
酒場で働いている美女は当然ながらライリとユナの二人だった。
この店にエスペランサ監獄の看守達が良く通うと言う話を聞いての事になる。
何やら最近は羽振りが良いらしいとも聞いており、その理由もパープルトン侯爵が絡んでいると推測していた。
「さぁ、お飲み下さいませ。 いつも息の詰まる凶悪犯を相手になさっているなんて、私なんて怖くて怖くて…… 逞しい男性は素敵です……」
上目遣いに男を見ながら頬をほんのり赤く染めてお酌するライリ。
「いやぁ、ハッハッハッ! こりゃあ照れるな」
若くて可愛らしいライリに男はデレデレになる。
「本当ですわ。 皆さん男らしくて素敵な方ばかりですもの。 良かったら今度差し入れでも持って行きましょうか? でも凶悪犯がいるのですよね…… 何かあったら私を守って下さりますか?」
怯えたような仕草で男に擦り寄るユナ。
内心では吐き気を催す気分なのを必死に堪えているのも一重に愛する彼を助けたい一心からだった。
「おおっ、いつでも大歓迎だよ! 凶悪犯なんか俺達に任せておけって」
そんなユナの思惑など知る由もない男は美女からの申し出を受けて満足感に浸るのだった。
「うふふふっ、嬉しいですわ。 さぁ、今夜はゆっくりと楽しんで行って下さい」
まずは第一段階をクリアしたとライリとユナは顔を見合わせる。
世界樹の露の力を使い二人は20歳程の姿に変わっていた。
ユナにとっては見慣れたライリの姿だが、ライリからして見れば大人になったユナの姿には驚かされている。
ヴィッチの娘だけあって彼女に似た妖艶な雰囲気を感じさせる美女になっていたからだ。
「さぁ…… 準備は整いましたの」
「ええ、では参りましょう。 旦那様の元へ」
そして二人の反撃が始まる。
「こんばんは、約束通りに差し入れを持って来ましたの」
「お仕事お疲れ様です。 少し休憩してはどうでしょうか? 宜しかったらお酌も致しますが如何でしょう」
突然現れた美女二人に夜勤の看守達は興奮を抑えきれずにいた。
確かに昨日差し入れをすると言われていたが、まさか自分達が仕事の日に訪れてくれた事に感謝するだけで、疑いもしなかったのは悲しい男の性だろう。
「うおおっ、こりゃあ運が良いぜ。 ささ、入ってくれよ。 どうせ暇なんだ、楽しませて貰おうぜ!」
「流石は我らが班長! 話が分かる。 こうなったら俺達も楽しんだ者勝ちだぜ」
まんまとライリ達の策略に嵌った看守達は勧められるままに強い酒を飲み始める。
元々真面目に夜勤などするつもりも無く、寝るつもりだった若い彼らは昼間の疲れが出たのか、すぐに潰れてしまう。
「全く情けない連中です事。 まぁ、私達にとっては都合が宜しいですけど」
酔い潰れて寝てしまった看守達を尻目にユナが独居房の鍵を探し当てる。
「ありましたわ。 まぁ、見つからなくても私なら簡単に開けられますの」
鍵が付いた輪に人差し指を差し込むとクルクル回すユナ。
そんなユナの言葉に嘘は無いのだろうと思い呆れるライリ。
鍵開けが得意な子爵令嬢が何処の世界にいるのだとは思ったが実際に目の前にいるのだから仕方が無い。
「旦那様の所へ急ぎましょう! あのような場所に居ては人間として駄目になってしまいます……」
一刻も早くララとか言う桃色の刺客から彼を助けなければならないのだ。
独居房の傍までやって来ると何やら話し声が聞こえて来るのに気付き二人は足を止める。
「全く…… ララはどうして監獄なんかに入れられたんだよ。 まさかお前みたいな可愛らしい奴が重犯罪者って訳でもねぇだろう?」
誰よりも愛する彼の声が見知らぬ女でもあるララの名前を呼んでいるのが憎らしく思えて来る。
自分達の知らない内に二人の親密度が上がっている気がしてならないのだ。
「病気の父がいるの…… 薬が普通に働いているだけでは買えない程の値段のね。 だから娼館で働いていたの。 でもある客からアナタを見事落とせたら大金をくれるって言われたのよ。 だったら馬鹿な女のフリだってしてみせるしか無いじゃない!」
それが本当かどうかは分からない。
詐欺師が良く使う騙すための常套句でもあるからだ。
「本当に馬鹿な奴だぜ。 だったらもっと早くに言えよ…… ララに惚れた芝居でも何でもして病気の親父さんの所に帰らせてやれたんだぜ」
彼には疑う気は無いらしい。
一週間一緒にいて既に情が湧いたのか彼女の人柄を見極めたのかはライリ達には分からない。
「もう…… アナタって本当に罪な人。 一週間肌を擦り寄せていたせいかしら? アナタの事、本気になりそうなの…… ねぇ、お芝居とかじゃなくてアナタを私の虜にしたいわ。 そのまま動かないで…… まずは私の身体で悦ばせてあげる」
ただならぬ雰囲気にライリ達は盗み聞きを止めて独居房へと踏み込む事にする。
「お、おいっ! 止めろララ。 今の俺にはそんな気はねぇんだよ。 ちょ、待っ……」
まさに危機一髪と言う所だろう。
ライリとユナが目にした豊満な胸を惜しげもなく晒したララが彼の上に乗り、上気した瞳で見下ろしている場面は中々に衝撃的だった。
それは女性経験の無い彼にとっても言える事で既に頭の中が真っ白になっていたのだ。
ちょっと待てよ! 俺はこんな無理矢理な形で初体験しちまうのか?
手錠や鎖で満足に身動きも出来ねぇ状況で……
「ララ! そのよ…… 言うのも恥ずかしいんだが俺はまだ女性経験がねぇんだよ。 だから初めてはやっぱり惚れた女としてぇんだ。 盛り上がってる所を悪いんだが待ってくれねぇか?」
デカイ胸を揺らせながら俺の話を聞いていたララがニヤリとしやがった。
「初めてなの? うふふっ、なら私が貰っちゃうわ。 もう…… ダメって言ってもダメだから!」
畜生! 恥ずかしい思いをしてまで頼んだのに逆効果じゃねぇか。
紅い口紅に彩られたララの唇がゆっくりと俺の顔へと近付いて来るのを呆然と眺めているだけだった。
「ダメです! 旦那様の初めては絶対に渡しませんから!」
「ダメですわ! 旦那様の初めては私だけのものですの!」
突然の声にララが驚き、ビクッとして俺から身体を離して振り返る。
なんか俺が良く知る声なんだが、少し違和感があるんだよな。
またアイツら何かやりやがったのか?
無理矢理に首だけ持ち上げた俺だったが、ララの背後に見えたのは最初に会った時よりも少し大人っぽいライリと…… アレはユナなのか?
とんでもねぇ美人になってやがる。
いや、そんな事より今のこの状況だろ?
ライリとユナにとんでもねぇ場面を見られちまったぞ!
それどころか聞かれちまったじゃねぇか……
デカイ声で"初めて"とか強調するのは止めやがれ…… 恥ずかしくて死にそうだ。