第32話 三食昼寝女付き?
「囚人番号103番! 聞いとるのか103番!」
ジーニアス準男爵が力添えしてくれるって言ってたからすぐに助けて貰えると思ってたんだが…… どうなってやがる、もう一週間は経つぞ!
そんな俺は今…… 牢獄の中にいる。
「ああ? 103番って俺か…… 呼んだか?」
ここじゃ、名前なんか一切呼ばれず囚人番号で呼ばれる事になる。
侯爵令嬢誘拐犯にされた俺はVIP扱いで独居房に入れられていた。
強制労働とかは無縁の、早い話が三食昼寝付きのリッチな暮らしだ。
更にもう一つオマケも付いているんだよ……
「貴様に面会だ! さっさと来い!」
面会だと? こんな所まで誰が来たんだよ。
この北の果てにあるエスペランサ監獄は重犯罪者が収監される場所で、冬には凍死者なんかも出る厳しい自然環境に置かれている事で有名だ。
今が冬じゃなくて本当に良かったぜ。
希望と言う意味を持つ名前らしいが…… この場所のどこに希望があるって言うんだよ。
「旦那様! このような場所に入れられるなんて…… お身体は大丈夫ですか?」
「旦那様! ユナと離れて寂しくはありませんか?」
ライリとユナが面会用の檻にしがみつくようにして俺を見ていた。
「わざわざ遠くまでありがとよ。 で、何かジーニアス準男爵から聞いてねぇか? もう一週間だぜ。 全く動きがねぇんだよな……」
こうなると見捨てられたんじゃねぇかって気がして来たぜ。
「希望を持てとの伝言を預かってます。 心を強くお持ち下さいませ」
一応、何かしら動いてくれてるって事か。
「面会は終わりだ! 退がれ103番!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 早過ぎですの」
ユナが文句を言うがあっという間に面会時間は強制終了させられるらしい。
「あ〜ん、ご主人様ぁ…… 早くぅ…… お部屋に戻って来てぇ…… ララ寂しいの」
「うぜぇよ、消えろ! 全くお前は一体誰なんだよ!」
独居房の中から甘ったるい女の声がする。
その声にライリとユナが素早く反応を示す。
「旦那様…… あの方はどなたでしょうか?」
ライリが震える声で聞いて来る。
「俺が知りてぇよ…… 独居房の筈が何故か女が一緒にいるんだよ。 いちいち甘ったるい声でベタベタして来やがるし」
三食昼寝に女付きとは至れり尽くせりなんだが、こんな独房に囚人を入れて一体何の意味があるんだ?
「私と言う者がありながら、他の女と一つ屋根の下など許せませんわ!」
ユナが怒りに我を忘れ檻を掴んで広げようとするが、お前の腕力で隙間が広がる訳もねぇだろうが。
「ふふっ、うふふふっ…… そう来ましたか……」
ライリが笑い出したが笑い声が物凄く怖えよ。
そう来たって…… どう来たんだよ?
「何をしている103番! ララが待ってるぞ。 さっさと戻るんだ……」
看守がライリとユナに向けてニヤリと厭らしい笑みを向ける。
わざとライリとユナを怒らせようとしてるとしか思えねぇんだが……
手錠に付いた鎖を強引に引っ張られ独房へと放り込まれる。
「ご主人様ぁん、ララ寂しかったわ。 いっぱい慰めて欲しいの」
開いた扉からまるで娼婦みてぇな薄い夜着を着たララが両手を広げて俺を待ち構えているのが見える。
それを見たライリとユナの表情は…… 怖くて振り返れねぇよ。
何なんだよ…… この監獄は!
看守に追い立てられるように監獄から退去させられたライリとユナの心境は言うまでもなく怒りに満ち溢れていた。
「ライリさん、アレってワザとですわね。 お爺様の差し金でしょうけど、一体何を企んでいるのやら……」
先程とは打って変わり冷静に状況を見極めるユナ。
混乱しているかのように見せたのは相手の思惑に乗ってやっただけだった。
「ええ、私達が旦那様に愛想を尽かすのを狙っているとしか思えません。 私達に見せつけていましたから間違い無いでしょう」
それはライリも同様で敵が何を企んでいるのかを考えていた。
遥か北方にあるエスペランサ監獄までヘンリエッタに跨りやって来たライリとユナだったが、待ち受けていたのは色仕掛けに遭う愛する彼の姿だったのだ。
怪我をしているにも拘らず無理をして同行しようとしたアンナを漸く説得しての旅路だった。
面会に関してもエスペランサ監獄から持ちかけられた話でもある。
「旦那様が色仕掛けに負けて色欲に溺れるのを狙っているのでしょう。 頃合いをみてヴィッチさんにも会わせるつもりなのかも知れません」
ライリには彼がララと言う女性になびく筈もないとは思っているが、何事にもイレギュラーは存在する事を心配していた。
彼だって16歳の若者なのだから。
「まずは私達に旦那様を会わせて反応を見たかったと言う所ですね。 ハッキリ言って私達を馬鹿にしていますの」
ユナには自分達の彼に対する思いを軽く見られている気がしてならないのだ。
だからこそ、それが余計に腹立たしい。
「ジーニアス準男爵の援助が当分期待出来ないのであれば仕方がありませんの。 こうなったら私のとっておきを使うと致しますわ」
そう言ってユナが襟元を開き取り出したのはライリが忘れる筈もない、リーフレットが持っていたボトルネックレスだった。
以前その中には最後の一滴だと言う世界樹の露が入れられていたのも記憶に新しい。
ユナがリーフレットから託されたイヤリングに入っていた世界樹の露を水で薄めて使った割にはまだ容器が満たされているのは彼女が更に薄めたのだろう。
それでも時を超える程の力を秘めた代物なのだから原液程の効果は発揮出来ないだろう。
だが今も変わらずに神秘的な力を感じさせていた。
「ユナさん…… それって……」
驚いた様子のライリを見てユナがニヤリと笑みを浮かべる。
「世界樹の露が若返るだけだと思ったら大間違いですわ。 うふふふっ、馬鹿な男達に本当の大人の女の魅力を教えてあげますの」
まだ幼いユナが大人顔負けの妖艶な笑みを浮かべているのを見てライリは流石はヴィッチの娘だけはあると思い直す。
だが…… 彼を虜にするのはユナでは無く自分だと言う強い思いが頭をもたげて来るのを感じていた。
ライリにとって一番のライバルはユナだと認識しており、だからこそ彼女だけには負けたくはないのだ。
それはユナにとっても同様でライリを最大のライバルだと思っているが、だからと言って邪険にする事は出来ない。
もしも彼の魂の記憶が戻った時に誰を一番に求めるかがユナには分かっているからだ。
計算高いユナはライリに恨みを買うリスクは避けておきたいと考えている。
こうして二人による愛する男の奪還作戦が開始されようとしていた。