第31話 罪人扱いじゃねぇかよ
「済まなかった、アンナ。 無理させちまったみたいだな。 傷は大丈夫か?」
負傷したアンナがベッドで横になっているのを知った俺は具合が気になり足を運んだんだが、思っていたよりも怪我は軽かったらしい。
あまりにも血塗れだったから結構心配していた俺はホッと胸を撫で下ろす。
俺が来た事に気付いたアンナがベッドから身体を起こす。
「うん、もう平気よ。 最初は良かったんだけど一斉に四方から襲われてどうしようも出来なかったの…… アナタが任せてくれたのに情けないわ」
多勢に無勢って事もあるからな。
顔に負った傷も残りそうなものは無かったのが幸いだったぜ。
気の強そうな美少女のアンナの顔に一生ものの傷なんか付いたら、それを見る度に後悔する事になっただろうからな。
「気にするなって! お前に怪我をさせた奴らは皆殺しにしてやったから安心しろ」
かなり手酷くやっちまったからな。
戻って来た時には血の跡は残っていたが死体は消えていたから誰かが片付けてくれたんだろうけど…… 済まなかったぜ。
「随分と派手に殺ったみたいね…… カイルさんとフィリックさんが片付けてくれていたけど、フィリックさんは何度か吐いていたわよ」
フィリックの奴だったか! 本当に済まなかったと思うぜ。
旅館の入口に散乱する死体とかあったら営業出来ねぇもんな。
しかもカイルも手伝ってくれてたとはな…… アイツは本当にいい奴なんだな。
「アンナが血を流して倒れてる場面に遭遇して落ち着いてなんかいられるかよ。 お前は俺の大切な女だからな」
「……ありがとう。 やっぱりアナタって罪な存在ね。 私をこんな気持ちにさせるんだもの。 私はアナタが好きよ、狂おしくなるくらいにね」
アンナの言葉に俺は安堵していた。
少なくても愛されているのは今の俺だったからな。
「ありがとよ。 ちょっと悩んでたんだが、少し気が楽になったよ」
俺とアンナは暫く見つめ合っていたが、やがて互いに恥ずかしくなり顔を背けちまった。
そんな俺達を見て苦笑いを浮かべながらヴィッチが声をかけて来る。
「それでジーニアス準男爵は何と仰っていたのですか?」
騒ぎの原因になっているヴィッチも心配で仕方がない様子だった。
自分のせいで色々とトラブルが起きてると考えちまっているんだろうな。
「侯爵と準男爵と言う立場上、表立った事は出来ないが国王陛下に話をしてくれるそうだから心配するなよ。 まぁ、後は時間の問題だろうな」
ホッとした様子のヴィッチはアンナに無言で頭を下げると部屋から出て行った。
アンナを怪我させたのは自分だと済まない気持ちでいるんだろうよ。
「じゃあ、今日はゆっくりと休むんだぞ」
アンナの頭を撫ぜた俺が立ち上がり部屋から出て行こうとするとアンナにシャツの裾を掴んで引き止められる。
「あのね…… 戻って来てくれてありがとう」
俺が叫びながら逃げ出すのを見られちまったからな…… 情けねぇ。
「俺がどうかしてたんだよ。 もう大丈夫だ、心配かけて済まなかった」
そう答えた俺はアンナがベッドへと横になったのを見届けると部屋を出る。
すると俺を待っていたかのようにライリが声をかけて来た。
「旦那様、ユナさんにも婚約指輪を差し上げたのですね。 嬉しさのあまり声をかけても上の空で耳に届かないようです」
そんなに嬉しかったのかね。
まぁ、喜んで貰えたらコッチとしても嬉しいからな。
「そりゃあ、良かったよ。 ユナの奴…… 気を使ってくれて安いのを選んでくれたんだぜ。 俺に恥をかかせないようにってさ」
「ふふふっ、ユナさんらしいですね。 彼女も旦那様に夢中ですけど、私達とは違い独り占めしたいようなんです。 だから誘われたとしても駆け落ちとかはしないで下さいませ」
もう既に誘われたんだけどな。
あの行動力には感心させられるぜ。
「ああ、肝に命じておくよ」
流されないようにもう少し心も強くならなきゃないけねぇようだぜ。
「そうそう、ユナから貯金を渡されたんだ。 夫婦の共有財産だからとか言っててな。 それが思わぬ大金で驚いちまったよ。 とりあえず預かっておいたからライリに渡しておくぜ」
手渡されたライリも革袋の中を見て少し驚いたようだったが取り乱す事は無く、部屋に備えつけられている貴重品を入れておく金庫に収めていた。
あの大金を見ても動じないとは流石だぜ。
「いつまでも朱雀館にお世話になる訳にもいかないですし、これだけの資金があるのなら家を買っても良いかも知れませんね」
確かにそうだな…… このまま王都に家を買って住むのもいいかも知れねぇ。
「ライリが料理の先生をしてる間は朱雀館の方が何かと便利だが、料理人達の免許皆伝は早そうか?」
それ次第になるからな。
もしくは朱雀館の近くでもいいが、流石に王都の一等地じゃ厳しいかも知れねぇけどよ。
「ええ、朱雀館の料理人の方々はあと少しと言った所ですね。 新しく昼間だけ雇った方々の教育が正直な所、遅れ気味ですけど……」
まぁ、まだ始まったばかりだからな。
仕方ねぇだろうよ。
「じゃあ、暫くは王都って事になるか。 未来の俺は侯爵領に家を持つんだったよな。 やっぱりライリはその場所がいいのか?」
どんな家なのか想像もつかねぇが、都会に暮らす今と比べると田舎だけあって不便そうなんだよな。
「私には思い出深い場所ですが、今の私達には王都があっているかと思います。 マリンさんやクレアさんは王都で暮らす事になりますし、二人を置いて行く訳にもいきませんからね」
マリンなんかまだ3歳だからな。
いくらなんでも母親のセリカから引き離す訳にもいかねぇだろうよ。
そんな事を考えていると激しくドアをノックする音が聞こえて来る。
「何なんだ? ちょっと様子が変だな。 ライリはユナとヴィッチを連れて下がっていろ」
ドアを開けると数人の衛兵隊が立っていて俺の姿を確認すると剣を向けて来る。
「ユダ・パープルトン侯爵から貴様に娘を誘拐されたとの被害届けが出ている。 彼女を解放して大人しく我らに同行しろ! さもなくば実力を行使させて貰う」
チッ、そう来たか!
力尽くでは敵わないと知ったら今度は権力を使って来たって訳か。
「お待ちなさい! 私は自分の意志でこの場所にいるのです。 貴方達の思い違いですわ!」
ヴィッチが衛兵隊に説明するが、ガキの使いじゃねぇからな。
はい、そうですかって帰る訳もねぇだろうよ。
「逃げも隠れもしねぇよ。 どこへでも連れて行きやがれ!」
流石に衛兵隊を血祭りにあげる訳にはいかねぇからな。
ここは大人しく従うしか選択の余地はねぇ。
「旦那様! 何でこんな事に……」
ユナとライリが悔しがっているが、ここは我慢してくれ。
ジーニアス準男爵が手筈を整えてくれているだろうからよ。
「そんなに心配するなって、ちょっと行って来るぜ。 お前ら、留守は頼んだぞ」
俺は素直に連行される事を選ぶしか無かった。
後ろ手で縛られた俺は首に縄をかけられて馬車に乗せられる。
完全に罪人扱いじゃねぇかよ。
そんな俺にヴィッチも同行する形になるが、乗せられる馬車は別だった。
まぁ、犯人と被害者を同乗させるのも変だろうからな。
「旦那様…… ユナが必ず助け出して差し上げますわ!」
ユナが悔しそうにしているが頼むから無茶だけはしないでくれよ。
ライリもアンナに肩を貸しながら心配そうにコッチを見ているのに気付いた俺は笑みを浮かべ大丈夫だと伝えてやると分かってくれたのか無言で頷いて応えてくれる。
こうして侯爵令嬢の誘拐犯にされた俺。
13年後じゃなくて今日死ぬんじゃねぇかって気がして来るのは気のせいだと思いたい。