第30話 3年越しの喜び
「どうしたのですか、旦那様? 何処かの町で一緒に可愛いお店でも開きましょう。 きっと楽しいですわ」
おいおい、可愛らしい店で俺は何をするんだ?
俺に接客とかやらせたら客が来なくなるぞ。
そんな事よりユナを止めなきゃならねぇか。
血塗れだったアンナや落ち込んでそうなライリも気になるからな。
さっきまで全部捨てて逃げようとした俺が何を言ってるんだよって所だがよ。
「まずは婚約指輪を買いに行かねぇか? 約束だったからな」
俺の提案にユナの顔がぱぁ〜っと明るくなる。
「行きましょう! すぐに行きましょう!」
俺の手を引いて走り出すユナ。
そんなに欲しかったのかね。
そう言えば3年間待ったと言っていたか。
「ここなんか如何でしょう? お洒落で素敵なお店ですね」
ユナが指差して示したのは高級そうな雰囲気の店だった。
俺の有り金全部叩いて買えるんだろうか?
俺には露店とかがお似合いなんだがな。
「とりあえず覗いて見るか…… 買えるか分からんぞ」
ドアを開けて店内に足を踏み入れれば中はカップルで一杯だな、幸せそうな奴らで随分と賑わってやがる。
「いらっしゃいませ! 本日は何かお探しですか?」
俺達の姿を目にした女性店員が近付いて来た。
センスの良さそうな雰囲気で赤い縁の眼鏡をかけた綺麗な感じの女性だ。
「コイツに贈る婚約指輪を探してる。 見せて貰えるかい?」
一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに営業スマイルを浮かべたのは流石だぜ。
「可愛らしいフィアンセですね。 分かりました、此方へどうぞ」
今のユナはメイド服を着ているからな。
俺の買い物に付き添って来たんだと思ったら、実は贈る相手だとは驚いただろうよ。
しかも極め付けはまだ子供だからな。
貴族なんかは子供の頃から許嫁とかもいるし、あり得ない話じゃねぇんだ。
まぁ、この俺が貴族に見えるかと聞かれたら10人中の10人が見えないと答えるだろうぜ。
「うわぁ、可愛らしいデザイン。 でも常にしていたいからシンプルなのが良いかしら?」
そう言えばライリの婚約指輪もシンプルだったのにはそう言う理由があったのか。
色々見ては素敵だの可愛らしいだのを口にしてやがる。
暫くして一つの指輪に決まったらしい。
「旦那様、これなんか如何でしょう。 私に似合いますか?」
ユナはふるゆわの金髪に青い瞳で人形みたいに整った顔立ちだから地味なデザインよりはゴージャスなのが似合うとは思うんだが、ユナが選んだのはシンプルな物だった。
小さなダイヤモンドが控えめにあしらわれているくらいだからな。
母親のヴィッチの婚約指輪はピンクゴールドで中央に大きめのダイヤモンドの脇に小さなダイヤモンドが並ぶゴージャスな感じのだった筈だ。
ユナのもヴィッチと同じピンクゴールドを選んだのは流石に親子と言った所か。
「ユナならどんなのでも似合うと思うが随分とシンプルなデザインのを選んだんだな」
コイツの事だから俺の懐具合を考えてくれたんだろうけどよ。
「うふふっ、旦那様に恥をかかせる訳には行きませんからね。 懐具合と相談の上、熟慮した結果です。 それに…… 母上のと似ていると思いませんか? ダイヤモンドの大きさや数には違いがありますけど」
言われてみればそうかもな。
いがみ合ってるみたいでも親子って事か。
「じゃあ、それを貰えるか? 値段は…… うおっ、本当にギリギリだな。 凄ぇなユナ!」
分かっていたとしか思えねぇんだが……
「愛の為せる技ですと言いたい所ですけど…… 朝方にライリさんが中身を確認してちゃんと補充してくれていたのを見ていたのです」
ライリの奴、ちゃんと減った分は補充してくれてるのかよ。
確かにズボンのポケットにはハンカチとか知らない間に入れてくれてるし、俺が知らない所でも色々としてくれてるんだな。
「そ、そうか…… 知ってるなら先に言ってくれよ。 足りるかって終始ドキドキしてたんだぜ」
ユナと女性店員が揃って笑ってやがる。
手にした婚約指輪を嬉しそうに左手の薬指にはめたユナがウットリとした顔で眺めていた。
漸く念願が叶ったった所か。
指輪ケースはサービスだとよ。
それすらも大事そうに抱えるユナを連れて店を出た俺はこれからの事を考える。
「なぁ、ユナ…… やっぱり朱雀館に戻らないか? 逃げ出して来ちまった手前、恥ずかしくてどんな顔して戻るんだって所なんだけどよ」
ぽ〜っとした感じのユナは俺の話を聞いているんだかいないんだか無言で頷いていた。
帰る事でいいんだな? 完全に逆上せ上がってやがるな。
俺にしては助かったって言う所だぜ。
朱雀館に戻る道すがら屋台でクレープを買わされたんだが、それで俺の財布はスッカラカンにさせられたよ。
「よおっ、やっと戻って来たか! これで俺もお役ご免だな」
朱雀館の前にカイルの奴が立っていたが、俺を待っていたとは驚かされた。
「やり合いつもりは無いんだな? 念のために確認しておくが……」
そんな雰囲気は感じさせないんだけどよ。
「ああ、もう傭兵は引退だ。 依頼に失敗しちまったからな。 俺も気ままな冒険者稼業に鞍替えするつもりだ」
お前にはそれが似合ってるぜ。
その選択は間違っちゃいねぇよ。
「最後の依頼は達成しましたよ。 旦那様が戻るまで私達を守って下さりましたから」
館内から俺の帰りに気付いたライリがやって来たが、その目は真っ赤になっている。
ずっと泣いていたんだろうな。
真っ直ぐ俺へと歩み寄りナイフを投げ付けた腕をそっと掴む。
「旦那様に怪我をさせるなんて申し訳ありませんでした。 ああでもしなければ間に合わないと判断しました。 私はどんなお叱りでも受ける覚悟です」
どれだけ泣いたか分からねぇが、また涙ぐんだライリが上目遣いで俺を見る。
もう怒っちゃいねぇさ。
「ユナに聞いたよ。 親友を殺しちまう所だったんだろ? 止めてくれてありがとよ、ライリ」
俺の言葉に今まで張り詰めていた糸が切れたんだろうな。
ライリが子供みたいに泣き出していた。
俺のために辛い判断をした挙句、酷い言葉すら吐き捨てられたんだからな。
どうかしてたとは言え本当に済まなかったよ。
「お前の言う通り最高の女達だな。 縁があったらまた会おう!」
カイルが俺達を嬉しそうに見ながら別れを切り出すと爽やかに去って行った。
ああ、俺には勿体無いくらい自慢の女達だよ。
また会おうぜ…… 親友!