第27話 俺には無理だ!
「じゃあ、行って来るからよ。 アンナはヴィッチの事を頼むぜ。 パープルトン侯爵家の奴らが来ても大した事は無いだろうからな」
ヴィッチの事を相談にジーニアス準男爵邸へと向かう事にしたんだが、また奴らがヴィッチを取り返しに来るといけねぇからアンナに護衛を頼んでおいた。
ライリは昼のランチ初日と言う事で今日は朝から忙しいらしい。
一緒に行けない事を随分と残念そうにしていた。
ジーニアス準男爵邸の場所を知っていると言うユナが俺を案内してくれるそうだ。
「旦那様、昨夜は私と一緒に寝てくれないなんて酷いですわ。 私と言う婚約者がありながら他の女に気を使わなくても宜しいのですよ」
いや…… そんなつもりは全くねぇが、お前と同じベッドで寝る訳にはいかねぇだろうよ。
昨夜はベッドを一つ隣の部屋へと移動して女性用の寝室と俺の寝室を分けておいたんだが、ユナの奴はてっきり自分は俺と一緒に寝るもんだと勘違いしていたらしく、ベッドに入ろうとした所をヴィッチに摘み出されている。
「ライリと一緒のベッドで狭いかも知れねぇが暫くは我慢してくれよ。 その内に何か考えるからさ」
身体が小さい事を理由に二人には一緒に寝て貰ってるからな。
どんどん増えて来るから、コッチにしてみりゃ対応が追いつかねぇよ。
これでクレアでも押し掛けて来たら完全にお手上げ状態だな。
「そう言えば依頼を受けて報酬を手に入れたのですよね? ならば約束を果たして下さいませ!」
約束って何だよ? 俺にはサッパリなんだが……
「依頼を受けて報酬を手にしたら、そのお金で私に婚約指輪を買って下さると言う約束をして頂きましたの。 ずっと楽しみに待っていたのです」
また未来の約束か!
何で毎回してもいねぇ俺が果たさなきゃなんねぇんだよ。
恨むぞ…… 未来の俺。
「今の持ち合わせで足りるかな…… あんまり高いのは買えねぇからな。 生活費としてライリに殆どを渡しちまったからよ」
これで暫くは飲みにも行けなくなるな…… 折角良さげな店を見つけたのによ。
「そうそう…… 忘れていましたわ。 夫婦の共有財産ですから私の貯金を旦那様に渡しておきますの」
何やら肩から掛けた高そうな黒革の鞄から革袋を取り出すユナ。
貯金って言われてもな…… 子供の貯金を貰う訳にはいかねぇだろう。
まぁ、大した額じゃねぇだろうし一度預かっておいて、毎月の小遣いだと言って返して行くのが無難じゃねぇかな。
そうすればユナも満足するだろうぜ。
「んっ、思ったより重量感があるな…… 一体いくら入ってるんだよ…… って、おい! 何なんだよ、この大量の金貨は!」
先日オーガを倒してやっと金貨一枚だったんだぜ。
それをアンナに半分渡して残りはライリにやっちまったからな。
素材として売れたのは俺が貰っているが、大銀貨数枚にしかならなかったんだぜ。
良く見れば大金貨も混じってねぇか…… 流石は子爵令嬢だぜ…… やっぱりスケールが違う。
「大した額ではありませんがお納め下さいませ」
役に立てた事が嬉しいのかニコニコしながら俺を見ているが、普通の子供が貰う小遣いの額として渡してたら無くなる前に寿命が来そうだな。
「でも…… 私の婚約指輪には使わないで下さい。 それは旦那様の稼ぎの中から頂きたいのです」
ユナにしてみれば確かにそうかもな。
渡した金で買うんじゃ自分で買うのと変わらねぇしよ。
「ああ、そうするよ。 ユナが気に入るのがあるといいな。 ジーニアス邸に訪れた帰りに店を覗いてみるか?」
「はい、ありがとうございます!」
ユナに渡すと知ったら店員が驚きそうだが仕方ねぇな。
そう言えば俺の見た五人に婚約指輪を渡した時のアイツらの笑顔は本当に幸せそうだったな。
ユナも同じように笑ってくれるといいんだが。
暫く歩くと立派な屋敷が見えて来る。
「ここがヨハン・ジーニアス準男爵邸です。 旦那様が亡くなった場所でもあるそうですわ」
ユナの言葉に俺は驚きを隠せないでいた。
ここで死んだのかよ? ライリが俺と一緒に来たがってた理由もそれかも知れねぇな。
何か起こるんじゃねぇかって事か……
「俺が死んだのはどの辺りなんだよ?」
見る限り変わった様子がねぇのは当たり前か。
「私は存じておりませんの。 知っているのはライリさんだけですわ」
そうか…… なら分かる訳ねぇな。
俺が庭園を眺めていると屋敷の中から執事がやって来る。
「失礼ですが、我が当主ヨハン・ジーニアス準男爵への面会を求めておられますか?」
「ああ、次期当主が来たって伝えてくれたら分かると思うぜ」
少し冗談が過ぎたかな?
「おおっ、貴方様があの冒険者の方ですか! ヨハン様からは申しつかっております。 失礼ですが、お隣の方は侍女のようですが……」
侍女を連れた冒険者なんていねぇからな。
不思議に思っても仕方がねぇか。
「コイツは……」
「ユナ・パープルトン子爵…… いえ、侯爵令嬢にして、近い将来隣にいる旦那様の妻になる者ですわ」
俺が説明するのを遮って自分で自己紹介したユナの言葉に執事の爺さんも驚いたらしい。
白い立派な口髭がヒクヒクしてやがる。
「パープルトン侯爵家のご令嬢とは露知らず、大変ご無礼を致しました。 では此方へどうぞ、主人は今日貴方が訪れるだろうと今日の予定を全てキャンセルしてお待ちしております」
流石は切れ者だぜ、全てお見通しかよ。
立派な門が開き、庭園へと足を踏み入れた俺は奇妙な感覚に襲われる。
な、何だ? この時期に雪だと!
あの白い仮面に黒装束の奴らは誰なんだ?
目の前が急に真っ暗になっちまったが、松明を持ってるって事は夜になったのか?
「わざわざ結婚式の夜に襲って来るとは随分じゃねぇかよ。 そんなに俺に殺して欲しいのか?」
俺が喋ってるのか?
「お前には愛する夫を四肢を斬り殺された恨みがあるのよ。 この恨みを晴らさずにいられる筈がないでしょう…… だからお前を確実に殺せる機会を待っていたわ!」
俺が憎くくて堪らないって顔をした女がいるが、コイツがライリの言っていた異形の集団って奴か。
「あの根性無しの嫁さんかよ。 普通なら女に手をあげる事はしねぇが、今回だけは別だ。 旦那の元へ送ってやるから安心しろ!」
俺が大剣を抱えたまま走り出す。
何だ、あの漆黒の大剣は! 斬れ味が半端ねぇぞ…… 紙みたいに人を斬ってやがる。
「敵は一人よ! さっさと殺しなさい!」
奴ら死を恐れないのか? まともじゃねぇな。
あれだけ仲間が斬り殺されても躊躇する感じが全くしねぇ。
「ほぉら…… 動きが遅くなって来たわ。 取り囲んで一気に襲うのよ!」
確かに俺の動きが悪くなってる気がするぜ。
どうしちまったんだ?
「あはははは…… 死が近付いているわよ! さっきから動きが悪くなっている理由が分かる? 毒の煙よ。 風下にいたのが、お前の敗因だわ」
あの煙か! 仲間も巻き添えとは頭が下がる思いだが…… それが俺の敗因か。
苦しそうに血反吐まで吐いてるからな。
「だがな…… お前が生きていたらライリが心配だからな。 お前だけは絶対に殺す!」
まだ動けるのかよ?
「何をやっているの! 殺せ、殺すのよ!」
何がそうさせるんだ? 大剣すら捨てて……
「捕まえたぜ…… もう絶対に離さねぇからな」
女を捕まえたが一体どうするんだよ?
もう身体もまともに動かせねぇだろうが……
「ヒィッ…… は、離せ! な、何をするの? ギャアアア!」
女の首筋に喰らいついて頸動脈を噛み千切りやがった…… これが俺か?
背中にはナイフが何本も刺さってやがるのに。
「あの毒の煙も厄介だ…… アイツらが嗅いだらマズイ……」
背中にナイフを突き立てた奴らを引き摺りながら身体で毒の煙を押し消しやがった。
何て執念だ…… 俺には出来ねぇよ。
こんなのは俺には無理だ!
(俺も根性ねぇなぁ…… )
最後に聞こえて来たのは俺の末期の思いか?
アレで根性ねぇとか嘘だろ…… ありえねぇよ!
ライリやユナが愛する俺は俺じゃねぇよ……
俺とは全くの別人だ。
今の俺とは違い過ぎる。
あんなのは嫌だ…… 俺は…… 俺だ……