第22話 泣いているのか?
ゆったりとした時間を過ごした俺とアンナは夕暮れ前に朱雀館へと戻って来たんたが、玄関先で何やら騒いでやがる。
「何やってんだよ?」
「ねぇ、アレってヴィッチさんよ! 無理矢理連れて行かれそうになってるんじゃない?」
よく見りゃアンナの言う通りだぜ。
俺は一気に駆け寄るとヴィッチの腕を掴んでいる黒服の男に飛び蹴りを食らわす。
「大丈夫か、ヴィッチ! コイツらは俺に任せとけ、全員ぶちのめしてやるからよ。 アンナ! ヴィッチを頼むぜ」
遅れて駆け寄って来たアンナにヴィッチを託すと黒服の男達と対峙する俺。
数は四人だが俺の敵じゃねぇよ。
まぁ、既に一人は地面で大の字だしな。
「生意気なガキが一人だ、さっさと片付けるぞ。 侯爵様がお待ちだからな」
侯爵様って事はヴィッチの父親に既に居場所を知られたって事か。
チッ…… 面倒な事になって来やがったぜ。
「手ぶらで帰って怒られて来いや!」
殴りかかって来る奴の拳を避けると膝蹴りを腹に叩き込む。
苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちるソイツの顔面を蹴り飛ばすと血反吐を吐いて飛んで行きやがった。
「ガキが何しやがる!」
そのガキにいいようにやられている大人は情けなくねぇのかよ。
掴みかかって来た腕を掴むと捻り上げてやる。
「ぐわぁあああっ!」
痛えだろう、折ってやってもいいがヴィッチの家のもんだからな。
背中を蹴飛ばして地面に這い蹲らせると横っ腹を蹴り上げて黙らせておく。
「後はアンタだけだせ、まだやるのか?」
大人しく帰った方がいいと思うがな。
「クソッ、舐めやがって!」
憎らしげに俺を睨みつけながらナイフを手にする最後の男。
「抜いたって事は分かってるんだろうな? 命までは取らないつもりだったが、そうなると話は変わって来るぜ」
俺は背負っている大剣の留め金を外す。
飾りじゃねぇんだぜ、この大剣はよ。
「な、何てデカイ剣なんだ……」
大剣を掴み剣先をクルリと回してから上段に構える。
「デカイだけじゃないぜ、良く斬れるからな。 オーガすら軽く両断したんだぜ」
俺の言葉を聞いて顔面が蒼白になりやがったぞ。
「お、お前は噂になっている大剣使いか? 気鋭の新人とか呼ばれてる……」
おっ、少しは名が売れて来たみたいだぜ。
完全に戦意を喪失したみてぇだな…… つまらねぇな。
「そうだよ、この間はヴィッチを襲った暴漢を全員叩き斬って助けたのも俺だぜ。 やるなら死ぬまでやってやるがな」
俺が一歩踏み出すと腰を抜かして座り込んじまった。
「ヴィッチよ…… この間は逃げ出しちまったし、お前の家の護衛は雇う前に腕試しとかした方がいいんじゃねぇか? コイツらなんか、その辺にいるゴロツキと大差ねぇぞ」
呆れて溜め息が出るぜ。
「貴方が規格外に強過ぎるのです。 貴方達は帰って父に伝えなさい。 私はこの方の妻になりますから望まぬ結婚などせぬと!」
ヴィッチが護衛の男達に伝えると腰を抜かした奴を馬車に積み込んで慌てて去って行った。
全く情けねぇな。
「ありがとうございました…… 戻って来て貰えなければ無理矢理連れ帰される所でした」
うっ…… 遅くなって済まなかったな。
アンナとデートしてたなんて口が裂けても言えねぇよ。
「俺が何とかしてやるって言っただろう。 これで力尽くで連れ戻す事はして来ねぇだろうが、次が厄介だろうな。 明日にでもヨハンの所に行ってみるとするか」
何かしら力になってくれるだろうからな。
俺の案にヴィッチは無言で頷いていた。
「ご主人様、お帰りなさいませ。 死人が出なくて何よりでした…… 本当に程々になさって下さい」
そして小ちゃいライリが出迎えてくれたんだが、随分と可愛らしくなっちまったぜ。
もう元には戻らねぇのかな?
まぁ、5年経てば元には戻るんだろうけどよ。
「どうなさいましたか?」
無言でライリを見ていた俺が気になったのか小首を傾げて聞いて来る。
「ああ、やっぱり小ちゃいままなんだな。 なんか変な感じでよ」
俺が知ってるのは15歳くらいのライリだったからな。
「ご主人様はこのくらいの私にプロポーズして下さりましたし、私があまり気にならないと言えば変かも知れませんね」
何もかもが変だろうが!
その姿のライリにプロポーズしたのかよ。
しかも結婚式も挙げたんだよな。
30歳のヴィッチに29歳のアンナ、27歳のクレアに16歳のマリン、最後は10歳のライリか。
随分と幅が広いじゃねぇかよ。
「悪い…… 少し頭が痛くなって来たぜ」
なんか途端にライリの顔色が変わる。
「た、大変です! ご主人様、すぐにベッドで横になって下さいませ。 このライリが誠心誠意、一生懸命看病致します」
無理矢理俺の腕を引っ張って連れて行こうとするライリ。
本当に俺を思ってくれるんだが…… 俺じゃない俺を見てるんだろうな。
畜生…… 俺は何を考えてるんだ。
今の俺を好きになって欲しいとか思っちまう。
「なぁ…… ライリ。 記憶が戻らなかったら嫌か? 今の俺じゃダメなのか?」
し、しまった! 思わず声に出して呟いちまったじゃねぇか。
俺の手を引くライリの足が止まる。
そしてゆっくりと振り返る。
「ご主人様はご主人様ですよ。 私はこうして再び会えた事が只々嬉しいのです。 ご主人様が望むのなら私はその記憶が蘇らなくても構いません。 思い出は私の胸の中だけに大切にしまっておきますから…… だから泣かないで下さいませ。 私の大事なご主人様」
「なんで…… ?」
え、俺は泣いてるのか?
ライリの言葉に驚いて目に触れると確かに涙を流してやがる。
俺は崩れるように地面に膝をつくとライリを見上げる。
そこには優しい笑みを浮かべながら俺を見つめるライリがいた。
「心から愛してます、旦那様」
俺はライリに抱き締められて子供のように泣いていた。
何で泣いちまったのかは分からない。
もしかしたら俺の中に少しずつ入り始めている、もう一人の俺がそうさせたのかも知れない。
そんな俺をアンナとヴィッチが囲むように抱き締めてくれたのに気付くのは、暫くして泣きやんでからだった。
……もう恥ずかしくて死にそうだ。