第17話 女達の戦い
俺と一緒に朱雀館の部屋で暮らす者を飲み比べ勝負で決めようと言うアンナの提案にライリとヴィッチが賛同して戦いが始まろうとしていた。
勝負の舞台は朱雀館が誇る豪華なレストランの一角だ。
「おい、そこまでしなくてもいいんじゃねぇか? 別に争わなくてもだな……」
「じゃあ、始めるわよ。 同じ量を飲んで先に酔い潰れた者が負けでいいかしら?」
「異存はありませんわ!」
「私も同じです! 負けませんよ」
どうやら俺の意見は無視らしい。
仲裁しようとした俺の話を無視して三人の女達の勝負が始まった。
最初はエールからか……
「では…… ご主人様の初の依頼達成を祝して乾杯!」
ライリの音頭でエールを一気飲みする三人。
本当に大丈夫なんだろうな……
俺はテーブルの片隅で戦いの行方を見守る事にした。
「ぷはぁ〜っ! やっぱり仕事の後の一杯は堪らないわね」
一気にエールを飲み干してジョッキをテーブルに勢い良く叩きつけるアンナ。
お前は何処のオヤジだよ……
「ふっ、ちょうど喉が渇いていた所でしたから嬉しい限りですわ」
ヴィッチも軽く飲み干しやがったな。
口元の泡を丁寧にレースのハンカチで拭きながら余裕の表情を浮かべてやがる。
「に、苦っ…… お、美味しいですね。 私も足りないくらいです!」
ちょっと待て! ライリの奴…… 本当に大丈夫なのか? 苦いとか聞こえた気がするぞ。
心無しか顔色も既に赤い気がするんだが……
「じゃあ…… 今度はシャンパンでも頂きましょうか。 ウェイターさん、シャンパンを三本お願い!」
アンナが壁際に立っている若い男性にシャンパンを頼む。
グラスが三つとシャンパンの瓶が三本運ばれて来たんだが、ウェイターが三人の前にグラスを並べるよりも早く瓶を掴むとラッパ飲みでシャンパンを飲み干すアンナ。
ウェイターも目を丸くして驚いてやがるな。
俺も驚いたよ…… 俺はまだ最初のエールすらジョッキの半分も飲んで無いからな。
「ふぅ、ジュースみたいな物ね」
余裕のアンナに続きヴィッチがラッパ飲みで飲み干したが、仮にも侯爵令嬢だよな。
そんな飲み方していいのかよ。
「これなら…… 何とか…… けふっ!」
ライリ…… お前は既に潰れてる!
冗談言ってる場合じゃねぇな。
マズイだろ…… きっとライリは飲めねぇんだよ。
そんなライリを余裕の眼差しでチラッと見るアンナ。
アンナの奴、絶対に自分に勝ち目があると思って勝負を挑みやがったんだぜ。
「一応、コース料理も頼んであるから持って来て貰いましょうよ。 ウェイターさん、そろそろ始めて頂戴!」
「か、畏まりました。 すぐにお持ち致します」
目の前で起こっている状況に呆然としていたウェイターがアンナの呼びかけで漸く自我を取り戻したようだな。
運ばれて来たのはオードブルって奴か?
何やら上に乗ってる魚が半生なんだが大丈夫なのか…… ヴィッチは慣れてるのか上品に食べてやがるな。
経験があるのかライリも無難にこなしてるがアンナは俺と変わらねぇな。
ガバッと口に運ぶだけだしよ。
「次は口直しにワインを貰おうかしら…… ウェイターさん、ワインを三本お願いね」
「グ、グラスはお持ちしますか?」
ウェイターが恐る恐る聞いてるが気持ちは分かるぜ。
「ふっ、私達には必要無いわ!」
アンナが鼻で笑って断りやがった。
一応、ここは格式高いレストランなんだぜ。
ワインを瓶で一気飲みとか変だろうが……
「か、畏まりました!」
ウェイターも少しおかしくなってるな。
走って裏に消えて行ったぞ。
事情を聞いたのかフィリックの奴が慌ててやって来やがった。
「これは一体どうしたのです?」
フィリックの背後にいるウェイターが持って来たワインを奪い取るようにしてアンナが瓶ごと一気に飲み干した。
「ふぅ…… 私は白の方が好きなんだけど…… まぁ、いいわ」
フィリックめ、呆気に取られてやがる。
「これは年代物ではありませんのね。 普段飲み慣れない味ですわ」
ヴィッチも軽く飲み干したぞ。
一気飲みしなきゃならない訳でもねぇだろうが、何考えてんだお前らは!
これはヤバイぞ、ライリには絶対に無理だ。
「フィリック! 俺達の泊まる部屋は何人部屋なんだ? コイツらは俺と二人で部屋に泊まる権利を賭けて勝負をしてやがるんだよ!」
こうなったらコイツに何とかして貰うしかねぇだろ!
俺はフィリックの肩をガッチリと掴んで問いただす。
「よ、四人部屋のファミリールームです!」
済まねぇ! 恩に着るぜ。
「おい、ライリ! もう無理に飲まなくても大丈夫だか…… ら…… な」
俺の目に映ったのはワインボトルを片手にし、腰に手を当てながら立ち上がって飲み干そうと頑張るライリの姿だった。
お、遅かったか!
「おぶっ、うっ…… ご主人様、ライリはやりました。 褒めて下さりますよね……」
飲み干したワインボトルをテーブルに置くと崩れ落ちるライリ。
だから言わんこっちゃねぇ!
「ライリ、おい! 大丈夫か、ライリ!」
とりあえずライリを両腕に抱えるとレストランを後にする俺。
飲んだ酒を吐かせなきゃならねぇだろ!
トイレに駆け込みライリを座らせると力を込めて背中をさすってやる。
そして聞こえて来るのは咳込みながらも、時折聞こえて来る苦しげな嘔吐の音。
全く無理しやがってよ。
これであらかた吐かせたと思うんだが…… 少し外で涼ませてやるか。
「確かライリはポケットにハンカチを入れてくれてたよな。 おっ、あったあった!」
まずはトイレの紙を濡らして口元を拭いて綺麗にしてやる。
そしてハンカチを濡らすと、かなり火照っていたライリの顔に当ててやった。
そのままライリを抱き抱えるとレストランに戻るとウェイターから水差しを貰って庭へと向かう。
俺はその際にテーブルに着いたまま、俺達を見つめていた二人を無言で睨みつけてやる
「あっ……」
「そ、そんな目で……」
アンナとヴィッチが悲しげな声を漏らしたが無視だ無視!
風通しの良さそうな場所にあるベンチに腰掛けるとライリを膝枕してやりながら、そっとサラサラのプラチナブロンドを撫ぜてやる。
「全く何で飲めもしないのにこんなに無理しやがるんだよ……」
しっかりしてる奴だと思ってたんだが、こう言うのは意外だぜ。
「うっ…… だって…… ご主人様を賭けた勝負から逃げる訳には…… 参りませんから……」
漸く気が付いたか、でもかなり辛そうだな。
「おい、無理して喋るな。 少しゆっくりしておけよ。 飲めるようなら水を貰って来たから口にしておくといい。 それでまた吐いても構わねぇから」
薄めりゃ楽になるだろうし、吐いたとしても胃の中も洗えるからな。
「はい…… 申し訳ありません。 今は暫くこうさせて下さいませ……」
そしてライリの寝息が聞こえて来る。
このまま少し寝れば具合も良くなるだろう。
本当にコイツは俺の事になると必死に頑張ってくれる奴だよな。
こんなに小ちゃいのによ……
んっ、何か本当に小ちゃくねぇか?
さっきよりも何か縮んだような……
「ちょっと待て! これじゃ子供じゃねぇか!」
可愛らしい寝息を立てて膝の上で眠る小ちゃなメイドの姿に俺は思わず叫んでいた。