第15話 両手に花って言うけどよ
あっさりとオーガを倒した事で俺の株も上がったらしい。
オーガに襲われていたパープルトン侯爵家の馬車に乗っていたのが令嬢のヴィッチだったのも何らかの縁なんだろうな。
御者の男性には不幸だったとしか言えないが、乗り合い馬車にしろ、街道を往く馬車の御者を勤める者には良くある話だ。
それだけの危険があるのだから護衛を雇ったりするのが普通なんだが……
そう言えばパープルトン侯爵家の護衛は、この間の騒ぎで逃げちまったんだよな。
あの場にいたとしても同じようにヴィッチを置いて逃げたんだろうけどよ。
窮地を救われたヴィッチはどうしてるかと言えば…… 手綱を握り締める俺を背中から抱き締めるようにして一緒に馬に乗っていた。
アンナの奴も最初はヴィッチの変わりように目を丸くして驚いていたが、今は何となく機嫌が悪い気がするぜ。
やっぱりアレは俺に気があって嫉妬しているんだろうか? いまいち良く分からねぇんだよな。
「済まなかったな。 もう少し早く着いていれば御者も助けてやれたのによ」
遺体をあのままにはしておけば血の臭いに敏感な魔獣や野獣を引き寄せるだけだから穴を深く掘って埋めておいた。
馬車は走行不能な程に壊されていたからな。
仕方ねぇからパープルトン侯爵家の紋章は消して、あの場に放置して来たが旅商人や冒険者達の薪代わりになるだろうぜ。
馬車を牽引していた二頭の馬達はアンナが手綱を引いてくれている。
「いいえ、危険も考えず護衛も連れずに領地へと帰ろうとした私の考えが甘かったのです。 きっと貴方が来てくれなければ、私はオーガに食い殺されていた筈ですね」
俺を背後から抱き締める腕に力が込められた。
「何で急に領地へと帰ろうとしたんだよ?」
あの時の口ぶりじゃ暫く王都に居そうな感じだったしな。
「あのまま王都に逗留すれば野心家の父に政略結婚をさせられると気付いたからです。 ライリさんから話を聞いて考えてみれば…… 主導権を握るために互いに殺し合う事もあり得る気がして来ました。 いずれは父すらも手にかけてしまう気がして……」
おっかねぇな…… 貴族の権力争いって。
俺も将来は伯爵とか聞いたが、そう言う血で血を洗うような戦いは勘弁して欲しいぜ。
「だから逃げだしたのか…… 俺も一緒さ。 親と喧嘩して故郷を飛び出して来たばかりでよ。 俺達は似た者同士なのかもな」
逃げるのが悪い訳じゃねぇよな。
そうしなければならない時だってあると俺は思っている。
「似た者同士…… そうかも知れません。 うふふっ、何か嬉しい響きです」
あの冷酷そうだった女が、そうも可愛らしく笑うとはなぁ…… どんな顔で笑うんだろうか?
「こうしてるから見えねぇが今の可愛らしい笑い声を聞くと、どんな顔をして笑っているのか見たかったぜ」
女は幸せそうに笑っているのが一番だからな。
男はそれを見るために頑張るんだよ。
「可愛らしいだなんて…… うふふっ、これからはいくらでもお見せ致しますわ。 貴方が私の未来の旦那様なのでしょう?」
おいおい、ヴィッチも一緒に暮らすとか言うのか? 野心家の父親とかが取り戻しに来そうだよな。
俺まで貴族の権力争いに巻き込まれちまうのかよ…… だからと言ってヴィッチを見捨てる訳には行かねぇよ。
惚れてくれる奴を不幸にはしたく無いからな。
「ライリの話じゃ、最初は俺を殺そうとしたらしいがな。 何があったのか知らないが大した変わりようだぜ」
「貴方を殺すなんて…… 考えただけでも恐ろしいですわ」
本当に想像出来ねぇが、時間がある時にでも詳細をライリに聞いておくとするか。
今となっては違う未来の話だけどな。
最初の宿場町に到着した俺達は詰めている衛兵に事態を報告して現場に向かって貰った。
御者の遺体も掘り起こして王都の遺族の元へと運んでくれるそうだ。
更にオーガの死体も王都の冒険者ギルドに運んで貰う約束をしていた。
牙とか爪とかが売れるのと、それらが討伐を証明する部位にもなるからな。
まぁ、今回は襲われた生き証人がいるから証明部位には拘らなくても大丈夫だろうけどよ。
アンナに手綱を引いて貰った二頭の馬は王都までそうしている訳にもいかず、ここで金に換えさせて貰ってヴィッチに手渡したんだが受け取ろうはしなかった。
助けてくれた礼に受け取って欲しいそうだ。
今は貧乏な俺には断る理由も無いからな。
その代金をありがたく受け取っておいたが、その際に半分をアンナに手渡すと随分と驚いた顔をしやがった。
「そんなの仲間なら当たり前だろうが…… アンナの中じゃ、そんなに俺はセコイ奴なのか?」
甲斐性なしとは思われてそうだけどよ。
俺を見てブンブンと首を振るアンナ。
「ううん…… そんな事は無いわよ。 悪く無いって思ってるわ。 でも…… それくらいよ! まだ好きだとかは…… ちょっとは…… ううっ……」
アンナの奴が顔を赤くして最後の方は俯いちまったぞ。
「何なんだよ、ハッキリしねぇが悪く思われてはいねぇのは分かったよ」
「違う! そんな意味じゃ無くて…… その……」
俺の言葉に慌てて何かを言いかける。
「ハッキリしない奴だな! アンナ、お前は気持ちいいくらいハッキリした奴だと思ってたんだけどな……」
困ったように頭を掻く俺。
こう言う雰囲気には慣れてねぇからな。
そんな俺達のやり取りを見ていたヴィッチが俺の腕に白くて細い腕を絡ませて来た。
そして先程とは違う妖艶な笑みを浮かべる。
「それなら私が貰ってしまいますわ。 そんなアンナさんには負ける気がしませんから」
ヴィッチがアンナを挑発する。
そうとしか思えねぇんだよな。
「そんなの嫌よ! もう分かったわよ…… 貴方が好きなの! 会ったばかりで変なのは分かってるけど…… ライリちゃんやヴィッチさんが貴方と仲良くしてるのを見ると何だかイライラするし、恋してるとしか思えないんだもの」
うわっ、アンナの奴が開き直りやがったぞ。
言い終わるや否やヴィッチとは反対側の俺の腕に抱きついて来たのには驚いた。
「あらあら、両手に花とはこう言う事ですわね。 クレアさんやライリさんもいるのだから両足にも花でしょうか? いずれマリンちゃんも加わったらどうするつもりですか?」
そんな事を聞かないでくれよ!
今の俺には到底無理だぞ? 未来の俺はどうやって女達の相手をしていたんだよ…… 分からん。
こりゃあ…… いつまでも朱雀館で厄介になる訳にもいかねぇか。
ライリと二人なら一部屋で済んだが、更に二人も増えたら寝る場所も無いだろうよ。
さぁて…… どうしたもんかな。