第14話 奪われたファーストキス
「ご主人様、ライリは無事のお帰りをお待ち致しております。 どうか御武運を!」
朱雀館を出る俺を見送ってくれるライリ。
真っ直ぐ俺に向けられた黒い瞳は逸れる事が無い。
やっと再会したから俺と離れたくは無いんだろうが、隣にはアンナもいるんだから少しは構ってやってくれよ。
ちょっと不機嫌そうなんだよな。
「さぁ、行くわよ! グズグズしていたら日が暮れちゃうわ。 さっさと解決して今日の内に帰って来ましょうよ」
俺と並んで馬に跨るアンナが急かして来るが、まだ日が昇ったばかりだろ?
早く依頼を済ませるために俺達は馬を二頭借りている。
これなら早く移動出来るからな。
「分かった分かった! じゃあ、行って来る。 ライリも料理の先生頑張れよ!」
俺達は王都を出て南の街道を疾走する。
取り敢えず、目指すのは旅商人が襲われたって言う現場だ。
王都からは馬に乗れば四時間程の距離になる。
荷物が散乱して金目の物はそのままだった事から妖魔か魔獣の類に襲われたんじゃないかって推測されて冒険者ギルドに依頼が来た経緯がある。
街道での事件なら普通は王国騎士団の出番なんだが、原因が良く分からないのと隣国のアクバル帝国とは不穏な空気が流れているからな。
王国としても王国の騎士団や兵団をあまり動かしたくは無いだろうよ。
それに陳情書を提出しても余程の一大事じゃ無い限り王国軍が動くのは遅い。
俗に言うお役所仕事って奴だな。
至急の依頼を出した商工会議所も、それを分かってるって事だ。
「アンナは馬に乗れるんだな。 何処かで習ったのか? 中々見事な手綱捌きじゃねぇか!」
俺と並走するアンナに聞いてみる。
「私の故郷は北方の寂れた貴族領なんだけど、基本的に山羊や羊を飼う遊牧生活を送っているから子供の頃から馬の扱いには慣れているのよ」
ふ〜ん、そう言う生活もあるんだな。
「そんな生活が嫌になって都会に飛び出してきたのか?」
軽い気持ちで聞いてみたんだが、アンナの奴は黙っちまいやがったぞ。
聞いちゃいけなかったのか?
「済まねぇ…… 話せないなら構わねぇんだ。 俺は親父と大喧嘩して飛び出して来ちまったんだが、何となくお前とは似た者同士かもなと思っててさ」
少し寂しそうな顔をしながら俺を見て頷くアンナ。
「そうね…… 私も似たようなものよ」
漸く口を開いたアンナは、ただそれだけ言うと馬の速度を上げて俺の前に出る。
この話はここまでって事だろうよ。
どうも俺はダメだな…… 人の心の奥が分からねぇ…… どこまで踏み込んでいいのかなんて言うのは特にな。
暫くの間、会話も無いまま馬を走らせる俺達。
もうアンナの過去の話には触れないようにしようと心に誓う。
「このままだとあっと言う間に現場に着いちゃうわね」
確かにそうだな…… 既に一つ目の宿場町を通り過ぎたからな。
果たしてオーガが昼間っから街道に出て来て人を襲うとも思えねぇんだが、どうしたもんかな。
「まぁ、着いてから考えようぜ。 確かあの岩山の近くだった筈だぜ」
遠くに見える小さな岩山が徐々に大きくなって来るのが分かる。
「あの広大な岩山がオーガの住処なのかしら? あれだと洞窟なんかもありそうよね」
確かにそうなんだが…… 洞窟探検は準備もして来なかったからな。
野営なら一日くらいは可能だが、そうなると食料を調達しなきゃならなくなる。
「アンナが居ればオーガが出て来るんじゃねぇか? ああ言う奴は女子供の肉を好んで食うからな。 まぁ、そんな事は俺が絶対にさせやしないがよ」
アンナの奴め…… また無言で俺を見てやがるが、少し顔が赤い気がするぜ。
「うん…… 頼りにしてるわ」
随分と素直だな、調子が狂うだろうが……
前方に馬車が停まっているのが見えるんだが、見た事のある紋章が描かれてねぇか?
あの紫の薔薇はパープルトン侯爵家の馬車だろうよ。
領地に帰る所を襲われたのか?
「おい…… いきなり襲われてるぜ! こりゃあ、運がいい!」
襲われてるヴィッチには悪いがよ。
多分、アレに乗ってる筈だ。
御者は既に死んでやがるな…… 血塗れで地面に転がってやがる。
オーガの奴は次の獲物を欲して馬車を壊そうと棍棒で殴っているが、中に乗ってる者には堪らない恐怖だろうよ。
「アンナ! 俺がオーガを引き付けるから馬車に乗ってる奴を頼む。 多分、ヴィッチだろうよ」
「分かったわ! 無理はしないでね」
無理はしねぇよ、でも折角大剣を手に入れたんだからよ。
ライリが言ってたが、やっぱり俺はオーガを試し斬りする運命なんだな。
オーガめ、コッチに気付きやがったぞ。
借りて来た馬に怪我なんかさせられねぇからな。
俺は馬から降りると手綱をアンナに託す。
「さぁ、お嬢様! お前の未来の旦那様が助けに来たぜ!」
俺の言葉に馬車から顔を覗かせたのはやっぱりヴィッチだったが、泣いていたんだな。
涙と鼻水で折角化粧した顔がぐちゃぐちゃだぜ。
「グゥウォー!」
俺を敵だと認識したオーガと対峙する。
デカイ棍棒を棒切れみたいに振り回してやがるが、アレを食らったら流石の俺もヤバイだろ。
「うりゃああああ!」
大きく振りかぶったオーガに合わせて突進して距離を詰める。
慌てて振り下ろされた棍棒は本来の勢いを失って俺の背後の地面を抉る。
そんなチャンスを逃す筈ねぇだろ!
「食いやがれ!」
横薙ぎで放った斬撃はオーガの両脚をスッパリと両断していた。
耳をつん裂く程の咆哮をあげながらバランスを崩したオーガが横向きに転ぶ。
更に棍棒を手放してはいるが逞しい腕を振り回されても危ねぇからな。
両腕も切り落としておく。
それでもオーガは死なねぇんだから中々の生命力だせ。
「凄いわね…… オーガを軽々と倒すなんて……」
アンナが感心しながらやって来る。
まぁ、もう危険はねぇからな。
最後のトドメを刺すだけだからよ。
振り返って見ればヴィッチもアンナに寄り添うように立っているが、流石に涙と鼻水は拭いたみたいだな。
化粧は所々落ちちまってるが、元が美人だから怯えた姿にも唆られるものがあるぜ。
「最後にトドメと行くぜ…… 御者の仇は取ってやるからな!」
上段に構えた大剣を振り下ろし頭を真っ二つに割ってやったが、気持ちいいくらいの斬れ味だぜ。
普通は大剣なんか叩きつけて押し斬る感じだからな。
俺が深く深呼吸して戦いは終わりを告げた。
「大丈夫だったか? ヴィッチ侯爵令嬢。 俺はこんなだから無礼は許してくれると助かる。 馬車も壊れちまったから馬で王都まで乗せて行ってやるか、ら……」
思わず絶句する俺。
ヴィッチが俺に抱きついて来たからだ。
「もう死ぬのだと覚悟していました…… 先日私を暴漢から助けてくれた貴方の事を思いながら心の中で呼び続けていたのです。 そうしたら貴方の声が聞こえて来て…… 未来の私が貴方を選んだ理由が漸く分かりました。 私は貴方をお慕い申し上げています」
突然のヴィッチからの告白に思わず手にしていた大剣を地面に落としちまった。
「えっ、嘘!」
更に呆然とする俺を他所にアンナが見ている前で俺の唇を奪うヴィッチ。
俺のファーストキスだったんだがな……
その相手が侯爵令嬢だとは予想もして無かったぜ。